線型写像の行列表示(5)
合成写像の行列表示に関する定理を示します。
$2$ つの線型写像の合成もまた線型写像であることは既にわかっています。また、線型写像が行列により表現されることがわかりました。これらのことから、$2$ つ線型写像の合成がそれぞれの表現行列の積により表されることを示します。
合成写像の行列表示
定理 4.53(合成写像の行列表示)
$U, V, W$ をベクトル空間、$f : U \to V, \, g : V \to W$ を線型写像とする。$\bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{n} \in U$、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \in V$、$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{l} \in W$ をそれぞれ $U, V, W$ の基底をとして、それらの基底に関する $f, g$ および $g \circ f$ の行列表示をそれぞれ $A, B, C$ とすれば、次が成り立つ。
$U, V, W$ の基底をそれぞれ $\bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{n} \in U$、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \in V$、$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{l} \in W$ に固定したとき、$g \circ f : U \to W$ の行列表示 $C$ は、$f : U \to V, \, g : V \to W$ の行列表示 $A, B$ の積に等しくなります。写像の合成の順序は、行列の積の順序と等しく、合成写像を $h$ とすれば、$h = g \circ f$ に対応して $C = B A$ となります。
また定理 4.53の前提として、線型写像の合成もまた線型写像であることは定理 4.10(線型写像の合成)により、線型写像に対応する表現行列が存在することは定理 4.50(線型写像の行列表示)により、それぞれ担保されています。
証明
定理の仮定から、$f, g$ および $g \circ f$ の表現行列 $A, B ,C$ について次のことが成り立つ。
いま $g$ は線型写像であるから($\text{i}$)より次が成り立つ。
このことと($\text{iii}$)より、
であり、$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{l}$ は線型独立であるから $C = B A$ が成り立つ。$\quad \square$
証明の骨子
線型写像の行列表示に関する関係式(定理 4.50(線型写像の行列表示))によります。考え方は前項の定理 4.52(対等な行列)の証明と同じです。
$f, g$ および $g \circ f$ の表現行列 $A, B ,C$ に関する関係式を整理します。
- 定理 4.50(線型写像の行列表示)より、線型写像 $f$ の表現行列 $A, B$ について、次の関係式が成り立ちます。$$ \begin{align*} (\, f(\bm{u}_{1}), \cdots, f(\bm{u}_{n}) \,) &= (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \,) \, A \tag{\text{i}} \\ (\, g(\bm{v}_{1}), \cdots, g(\bm{v}_{m}) \,) &= (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{l} \,) \, B \tag{\text{ii}} \\ (\, g \circ f(\bm{u}_{1}), \cdots, g \circ f(\bm{u}_{n}) \,) &= (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{l} \,) \, C \tag{\text{iii}} \\ \end{align*} $$
- 定理 4.50(線型写像の行列表示)より、線型写像 $f$ の表現行列 $A, B$ について、次の関係式が成り立ちます。
これらの関係式を組み合わせて $C = B A$ を導きます。
($\text{i}$)と($\text{ii}$)より、次が成り立ちます。
$$ \begin{gather*} (\, g(f(\bm{u}_{1})), \cdots, g(f(\bm{u}_{n})) \,) \overset{(1)}{=} (\, g(\bm{v}_{1}), \cdots, g(\bm{v}_{m}) \,) \, A \\ \Rightarrow \quad (\, g \circ f(\bm{u}_{1}), \cdots, g \circ f(\bm{u}_{n}) \,) \overset{(2)}{=} (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{l} \,) \, B A \tag{$\ast$} \end{gather*} $$($1$)は、($\text{i}$)式に定理 4.45(線型結合の行列表記)を適用することで得られます。
$f(\bm{u}_{1}), \cdots, f(\bm{u}_{n})$ をベクトル($V$ の元)としてみれば、$g$ が線型写像であることから、次が成り立ちます。
$$ \begin{gather*} (\, f(\bm{u}_{1}), \cdots, f(\bm{u}_{n}) \,) = (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \,) \, A \\ \; \Rightarrow \; (\, g(f(\bm{u}_{1})), \cdots, g(f(\bm{u}_{n})) \,) = (\, g(\bm{v}_{1}), \cdots, g(\bm{v}_{m}) \,) \, A \end{gather*} $$これは、($\text{i}$)式の両辺を $V$ の元とみなして、それぞれの $g$ による像が等しいことを示しているとも理解できます。
($2$)の左辺は合成写像の表記法によります。右辺は、上で得られた関係式に($\text{ii}$)式を適用することで得られます。
($\ast$)式と($\text{iii}$)式より、$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{l}$ に関して次が成り立つことがわかります。
$$ (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{l} \,) \, C = (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{l} \,) \, B A $$いま、$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{l}$ は $W$ の基底であるから線型独立であるので、定理 4.47(線型独立なベクトルの組 $2$)より、$C = B A$ が成り立ちます。
可換図式
合成写像の行列表示について可換図式で表すと次のようになります。可換図式については初出の項を参照ください。
ここで、$\bm{u} \in U$ を基底 $\bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{n}$ の線型結合として表したときの座標ベクトルを $\bm{x}$、$\bm{v} \in V$ を基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m}$ の線型結合として表したときの座標ベクトルを $\bm{y}$、$\bm{w} \in W$ を基底 $\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{l}$ の線型結合として表したときの座標ベクトルを $\bm{z}$ とします。$U$ から $K^{n}$ への同型写像を $\psi$、$V$ から $K^{m}$ への同型写像を $\phi$、$W$ から $K^{l}$ への同型写像を $\theta$ とすると、$\bm{u}, \bm{v}, \bm{w}$ とそれぞれに対応する座標ベクトル $\bm{x}, \bm{y}, \bm{z}$ との間には $\bm{x} = \psi(\bm{u}), \; \bm{y} = \phi(\bm{v}), \; \bm{z} = \theta(\bm{w})$ が成り立ちます。このとき、$f, g$ および $g \circ f$ の表現行列 $A, B, C$ は(4.6.8)式により、それぞれ次のように表せます。
したがって、次が成り立ち、上の定理 4.53の主張と整合することが確かめられます。
まとめ
- $U, V, W$ をベクトル空間、$f : U \to V, \, g : V \to W$ を線型写像とする。$\bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{n} \in U$、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \in V$、$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{l} \in W$ をそれぞれ $U, V, W$ の基底をとして、それらの基底に関する $f, g$ および $g \circ f$ の行列表示 $A, B, C$ について次が成り立つ。$$ C = B A $$
参考文献
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.