線型写像の性質(行列の階数)
ある線型写像が単射あるいは全射であるために、その表現行列が満たすべき条件を示します。
これらの定理は、線型写像の基本的な性質を、その表現行列の観点から言い換えたものです。
階数の基本的性質
定理 4.66(線型写像と階数)
$V, W$ をベクトル空間、$f : V \to W$ を線型写像とすると、$f$ の表現行列を $A$ について次が成り立つ。
($1$)$f$ が単射であるための必要十分条件は $\text{rank} \, A = \dim V$
($2$)$f$ が全射であるための必要十分条件は $\text{rank} \, A = \dim W$
解説
定理の主張
定理 4.66は、線型写像 $f$ が単射または全射であるために、その表現行列の階数が満たすべき条件を示しています。
すなわち、$f$ が単射であるためには $f$ の表現行列の階数が $\dim V$ に等しいことが必要にして十分であり、また、$f$ が全射であるためには $f$ の表現行列の階数が $\dim W$ に等しいことが必要にして十分であるといえます。
線型写像の性質の言い換え
定理 4.66は、線型写像の基本的な性質に関する定理を、その表現行列(とくに表現行列の階数)の観点から言い換えたものといえます。
すなわち、既に示した次の諸定理を再整理したものともいえます。
- 定理 4.12(線型写像と単射)
- 線型写像が単射であるための必要十分条件。
- 定理 4.35(部分空間の次元)
- $2$ つの部分空間が同型であるための必要十分条件。
- $2$ つの部分空間が同型であるということは、その間に同型写像(線型写像かつ全単射)が存在するということに他ならない。
- 定理 4.37(線型写像の基本定理)
- 線型写像の像と核の次元について成り立つ基本的な性質。
このことは、以下の証明からも明らかです。
証明
($1$)$f : V \to W$ は線型写像であるから、定理 4.37(線型写像の基本定理)より $\dim V = \dim \text{Ker} f + \dim \text{Im} f$ が成り立つ。また、定理 4.12(線型写像と単射)より、$f$ が単射であることと $\text{Ker} f = \{ \bm{0} \}$ であることは同値であるから、$f$ が単射であることと $\dim \text{Ker} f = 0$ であることも同値である。したがって、$f$ が単射であれば $\dim V = \dim \text{Im} f$ であり、逆に $\dim V = \dim \text{Im} f$ が成り立つとき $\dim \text{Ker} f = 0$ であり $f$ は単射となる。また、定義より $\text{rank} A = \dim \text{Im} f$ である。したがって、$f$ が単射であるためには $\text{rank} \, A = \dim V$ であることが必要にして十分である。
($2$)$f$ が全射であるとき $\text{Im} f = W$ であるので、定理 4.35(部分空間の次元)より $\dim \text{Im} f = \dim W$ が成り立つ。逆に、$\dim \text{Im} f = \dim W$ であるとき、同様に定理 4.35より $\text{Im} f = W$ が成り立ち、$f$ は全射となる。したがって、$f$ が全射であるためには $\text{rank} \, A = \dim W$ であることが必要にして十分である。$\quad \square$
証明の考え方
線型写像の性質に関する諸定理を、階数の定義に引き付けて表し直します。
($1$)の証明
前提事項の整理
- $f : V \to W$ は線型写像であるので、定理 4.37(線型写像の基本定理)より次が成り立ちます。$$ \dim V = \dim \text{Ker} f + \dim \text{Im} f $$
$f$ が単射 $\Leftrightarrow$ $\dim \text{Ker} f = 0$
定理 4.12(線型写像と単射)より、$f$ が単射であることと $\text{Ker} f = \{ \bm{0} \}$ であることは同値です。
$$ f : \text{injection} \; \Leftrightarrow \; \text{Ker} f = \{ \bm{0} \} $$また、定理 4.35(部分空間の次元)より、$\text{Ker} f = \{ \bm{0} \}$ であること $\dim \text{Ker} f = 0$ であることは同値です。すなわち、$f$ が単射であることと $\dim \text{Ker} f = 0$ は同値といえます。
$$ \begin{split} f : \text{injection} \; &\Leftrightarrow \; \text{Ker} f = \{ \bm{0} \} \\ &\Leftrightarrow \; \dim \text{Ker} f = 0 \end{split} $$
$f$ が単射 $\Leftrightarrow$ $\dim \text{Im} f = \dim V$
- 上述の通り、$f$ が線型写像であることから、定理 4.37(線型写像の基本定理)より $\dim V = \dim \text{Ker} f + \dim \text{Im} f$ が次が成り立ちます。
- したがって、$f$ が単射であれば $\dim V = \dim \text{Im} f$ が成り立ち、逆に $\dim V = \dim \text{Im} f$ が成り立つとき $\dim \text{Ker} f = 0$ となり$f$ は単射となります。
- すなわち、$f$ が単射であることと、$\dim \text{Im} f = \dim V$ であることが同値であるといえます。
$f$ が単射 $\Leftrightarrow$ $\text{rank} A = \dim V$
- 階数の定義より $\text{rank} A = \dim \text{Im} f$ です。
- したがって、これまでの考察から、$f$ が単射であることと $\text{rank} \, A = \dim V$ が同値であるといえます。$$ f : \text{injection} \; \Leftrightarrow \; \text{rank} \, A = \dim V $$
($2$)の証明
前提事項の整理
$f$ が全射であることと $\text{Im} f = W$ が成り立つことは同値です。
$$ f : \text{surjection} \; \Leftrightarrow \; \text{Im} f = W $$このことは自明であり証明において省略していますが、詳しくは、次のように確かめることができます。
まず、$f : V \to W$ が写像であるので、$f$ による $V$ の像はすべて $W$ に入ります。つまり、$\text{Im} f$ は $W$ の部分集合となります。
$$ \text{Im} f \subset W $$次に、$f$ が全射であるならば、すべての $\bm{w} \in W$ に対して $f (\bm{v}) = \bm{w}$ となるような $\bm{v} \in V$ が存在します。つまり、任意の $W$ の元について $\bm{w} \in W$ ならば $\bm{w} \in f(V)$ が成り立つので、$W$ は $\text{Im} f$ の部分集合となります。
$$ W \subset \text{Im} f $$よって、$f$ が全射ならば、$\text{Im} f \subset W$ かつ $W \subset \text{Im} f$、すなわち $\text{Im} f = W$ が成り立つことが確かめられました。
同様にして、逆に「 $\text{Im} f = W$ ならば $f$ は全射」が成り立つことも確かめられます。
$f$ が全射 $\Leftrightarrow$ $\dim \text{Im} f = \dim W$
定理 4.35(部分空間の次元)より、$\text{Im} f = W$ であることと $\dim \text{Im} f = \dim W$ であることは同値であり、次が成り立ちます。
$$ \begin{split} f : \text{surjection} \; &\Leftrightarrow \; \text{Im} f = W \\ &\Leftrightarrow \; \dim \text{Im} f = \dim W \end{split} $$- 定理 4.35(部分空間の次元)は部分空間について成り立つ定理です。
- 上の考察で $\text{Im} f$ と $W$ が集合として等しいことを導きましたが、いうまでもなく、$f$ の像は $W$ の部分空間でもある(定理 4.11(線型写像の像と核))ので、$\text{Im} f = W$ に対して定理 4.35(部分空間の次元)を適用することができるというわけです。
したがって、$f$ が全射であれば $\dim \text{Im} f = \dim W$ であり、逆に $\dim \text{Im} f = \dim W$ が成り立つとき $\text{Im} f = W$ となり $f$ は全射となります。
$f$ が全射 $\Leftrightarrow$ $\text{rank} A = \dim W$
- 階数の定義より $\text{rank} A = \dim \text{Im} f$ です。
- したがって、これまでの考察から、$f$ が全射であることと $\text{rank} \, A = \dim W$ が同値であるといえます。$$ f : \text{surjection} \; \Leftrightarrow \; \text{rank} \, A = \dim W $$
まとめ
- $f : V \to W$ を線型写像とすると、$f$ の表現行列を $A$ について次が成り立つ。
- $f$ が単射であるための必要十分条件は $\text{rank} \, A = \dim V$
- $f$ が全射であるための必要十分条件は $\text{rank} \, A = \dim W$
参考文献
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[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
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[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
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[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.