連立一次方程式の解(1)
これまで、斉次連立一次方程式の解がどのように表せるか考えてきました。次に、一般の連立一次方程式について(解を持つ場合)解がどのような形であるか考えます。
ここでは、まず、連立一次方程式 Ax=b の解の集合と、同じ係数行列を持つ斉次連立一次方程式 Ax=0 の解の集合との関係について示します。
連立一次方程式の解#
定理 5.5(連立一次方程式の解の集合)#
連立一次方程式 Ax=b が解を持つとき、その 1 つの解を x0 とすると、任意の解は x=x0+y により与えられる。ただし、y は Ax=b と同じ係数行列を持つ斉次連立一次方程式 Ax=0 の任意の解である。
定理 5.5(連立一次方程式の解の集合)は、連立一次方程式 Ax=b が解を持つ場合、その解が、同じ係数行列を持つ斉次連立一次方程式 Ax=0 の解を用いて表せることを意味しています。
また、定理 5.5は Ax=b が解を持つことを前提としていますので、当然ながら、このとき A と b について次が成り立ちます(定理 5.1(連立一次方程式が解を持つための条件))。
rankA=rank(A,b) 一般解と特殊解#
Ax=b の任意の解 x を一般解(general solution)、ある 1 つの解 x0 を特殊解(special solution) と呼びます。この用語により、定理 5.5(連立一次方程式の解の集合)は「 Ax=b の一般解は、その特殊解と、同じ係数行列を持つ斉次連立一次方程式の解 y との和である」と表現することができます。
定理 5.5(連立一次方程式の解の集合)は、連立一次方程式の実用的な解法を与えるものというよりも、一般の連立一次方程式の解と(同じ係数行列を持つ)斉次連立一次方程式の解の関係を示す、論理的に重要な定理です。
実際に、一般の連立方程式 Ax=b を解く際に、何らかの方法によって特殊解 x0 を得て、斉次連立一次方程式 Ax=0 の解 y を求めた上で、一般解を x=x0+y として得るという解法が有効な場合はほぼありません。
具体的に与えられた連立一次方程式(斉次連立一次方程式の場合も含みます)に対しては、後に導入する基本変形を用いた解法が実用的です。
連立方程式の解と斉次連立方程式の解の関係#
証明に先立って、(定理 5.5を用いて)連立一次方程式 Ax=b の解の集合 W1 と、斉次連立一次方程式 Ax=0 の解の集合 W2 がどのような関係にあるかについて考えます。
解の集合#
いま、A が (m,n) 型行列であるとする(Ax=b と Ax=0 が、n 個の変数についての m 個の式からなる連立一次方程式であると仮定することに等しい)と、W1,W2 はそれぞれ次のように表すことができます。
W1W2={x∈Kn∣Ax=b},={y∈Kn∣Ay=0} また、 A により定まる線型写像を fA:Kn→Km とすれば、定理 5.2(斉次連立一次方程式の解空間の次元)により、W2 は Kn の部分空間であり、W2=KerfA と表すことができます。つまり、斉次連立一次方程式 Ax=0 の解の集合 W2 はベクトル空間(解空間)となります。
W2={y∈Kn∣Ay=0}={y∈Kn∣fA(y)=0}=KerfA 解の集合の間の関係#
定理 5.5(連立一次方程式の解の集合)より、Ax=b の一般解は x=x0+y と表せることから、W1 と W2 の間には次の関係式が成り立ちます。(最終行の表記は、部分空間により定められる集合の定義によります。)
W1={x∈Kn∣Ax=b}={x0+y∣Ax0=b,y∈W2}=x0+W2 以上から、連立一次方程式 Ax=b の解の集合 W1 は、同じ係数行列を持つ斉次連立一次方程式 Ax=0 の解の集合 W2 を x0 だけ平行移動したものであると捉えることができます。
注意点(W1 は必ずしもベクトル空間ではない)#
ここで注意すべき点は、W1 は、和とスカラー倍の演算について閉じておらず、ベクトル空間にならないことです。つまり W1 は Kn の部分集合ではあるものの Kn の部分空間ではないということです。
このことは、例えば次のように確かめることができます。すなわち、零ベクトル 0∈Kn が W1 の元でないことにより、任意の x∈W1 に対して、その 0 倍は W1 の元でなくなってしまいます。(ここで、x0=0 としています。)
0x=0(x0+y)=0x0+0y=0+0=0∈/W1 よって、一般の連立一次方程式の解の集合は、必ずしもベクトル空間(解空間)になるわけではないということができます。
用語(連立方程式と斉次連立方程式の関係)#
連立一次方程式(1)Ax=b に対して、同じ係数行列を持つ斉次連立一次方程式(2)Ax=0 のことを表す用語はいくつかありますが、統一的な用語はなく、教科書によりそれぞれ異なります。
[1] では、(2)を(1)に「対応する」斉次連立一次方程式と表現しています。[3] では、(1)に「同伴する」斉次連立一次方程式、[4] では、(1)に「随伴する」斉次連立一次方程式などと表現されています。[2] では、特定の用語は用いられていません。
また、[6] では、単に homogeneous system “associated” with (1) のように表現されています。(homogeneous system は斉次連立一次方程式のことです。)
連立一次方程式 Ax=b が解を持つとして、その 1 つの解を x0 とする。Ax=b と同じ係数行列を持つ斉次連立一次方程式 Ax=0 の解を y として、x=x0+y と置くと、次が成り立つ。
Ax=A(x0+y)=Ax0+Ay=b+0=b したがって、x=x0+y は Ax=b の解である。逆に、x=x0+y が Ax=b の解であるとすると、y について次が成り立つ。
Ay=A(x−x0)=Ax−Ax0=b−b=0 したがって、任意の Ax=b の解は x=x0+y により表せる □
証明の考え方#
x=x0+y として、(i)y が Ax=0 の解であることと(ii)x が Ax=b の解であることの同値性を示します。
前提事項の整理#
連立一次方程式 Ax=b が解を持つとして、Ax=b の 1 つの解を x0 と置きます。すなわち、次が成り立つとします。
Ax0=b Ax=b と同じ係数行列を持つ斉次連立一次方程式 Ax=0 の解を y とします。すなわち、次が成り立つとします。
Ay=0
(i)⇒(ii)の証明#
x=x0+y と置くと、x について次が成り立ちます。すなわち、x=x0+y は Ax=b の解であるといえます。
Ax=A(x0+y)=Ax0+Ay=b+0=b したがって、x=x0+y と置いたとき、(i)y が Ax=0 の解であるならば(ii)x が Ax=b の解であることが示されました。
- これは、x=x0+y が Ax=b の解の 1 つの形であることを示していますが、これ以外にも Ax=b を満たす解の形があることを否定できません。
- しかしながら、いま示したいことは Ax=b の任意の解が x=x0+y で表せることです。
- よって、逆に(ii)x が Ax=b の解であるならば(i)y が Ax=0 の解であることを示し、Ax0=b の解は x=x0+y という形のみであることを示す必要があります。
(i)⇐(ii)の証明#
x=x0+y が Ax=b の解であるとすると、y について次が成り立ちます。
Ay=A(x−x0)=Ax−Ax0=b−b=0 したがって、x=x0+y と置いたとき、(ii)x が Ax=b の解であるならば(i)y が Ax=0 の解であることが示されました。
以上から、Ax=b の任意の解は x=x0+y の形で表せるといえ、題意が示されました。
まとめ#
- 連立一次方程式 Ax=b が解を持つとき、その 1 つの解(特殊解)を x0 とすると、任意の解(一般解)は x=x0+y により与えられる。
- ここで、y は Ax=b と同じ係数行列を持つ斉次連立一次方程式 Ax=0 の任意の解。
- 一般の連立一次方程式の解の集合は、必ずしもベクトル空間(解空間)にならない
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
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[5] 三宅敏恒. 線形代数学 初歩からジョルダン標準形へ. 培風館. 2008.
[6] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[7] T. Miyake. Linear Algebra From the Beginnings to the Jordan Normal. Springer. 2022.
[8] 雪江明彦. 代数学 1 群論入門. 日本評論社. 2010.
[9] 雪江明彦. 代数学 2 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[10] 桂利行. 代数学 I 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[11] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[12] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
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初版:2023-06-24 | 改訂:2024-11-18