基本行列の性質
基本行列が正則であることを示します。すなわち、基本行列はいずれも逆行列を持ち、逆行列もまた基本行列となります。
これは、基本行列の重要な性質であり、行列の基本変形が可逆な操作であることを表しています。
基本行列の正則性#
定理 5.9(基本行列の正則性)#
基本行列はいずれも正則であり、逆行列もまた基本行列である。
基本行列は正則行列#
定理 5.9(基本行列の正則性)は、前項に定義した、すべての基本行列が正則であることを示しています。基本行列が正則であるということは、基本行列がそれぞれ逆行列を持つということに他なりません(正則行列の定義)。
基本行列が正則であることの意味#
基本行列が正則であるということは、行列の基本変形が可逆な操作であることを意味しています。
定理 5.8(基本変形と基本行列の対応)に示した通り、基本行列は、行列の基本変形の各操作に対応しています。
ある行列に基本行列を掛けることがその行列に基本変形の操作を行うことに対応している(定理 5.8(基本変形と基本行列の対応))ように、基本行列の逆行列を掛けることは、基本変形の逆の操作(つまり元に戻す操作)を行うことに対応しています。
このように考えると、定理 5.9(基本行列の正則性)は、定理 5.7(基本変形の可逆性)を、行列の目線から言い換えたものと捉えることができます。
(1)n 次の基本行列 Pn(i;c) に対して、Pn(i;c1) を考えると、これらの行列の積は、次のように表せる。
Pn(i;c)Pn(i;c1)=Pn(i;c1)Pn(i;c)=En したがって、Pn(i;c) は正則であり、その逆行列 Pn(i;c1) も基本行列である。
(2)n 次の基本行列 Pn(i,j;c) に対して、Pn(i,j;−c) を考えると、これらの行列の積は、次のように表せる。
Pn(i,j;c)Pn(i,j;−c)=Pn(i,j;−c)Pn(i,j;c)=En したがって、Pn(i,j;c) は正則であり、その逆行列 Pn(i,j;−c) も基本行列である。
(3)n 次の基本行列 Pn(i,j) と Pn(i,j) 自身の積は、次のように表せる。
Pn(i,j)Pn(i,j)=En すなわち、Pn(i,j) は正則であり、その逆行列は Pn(i,j) 自身である。□
証明の考え方#
正則行列の定義にしたがって、基本行列に対してそれぞれ逆行列が存在することを示します。
前提事項の整理(証明の準備)#
- A の行ベクトルを a1′,⋯,am′、列ベクトルを a1,⋯,an とします。
- このとき、A は、行ベクトルまたは列ベクトルを用いて、次のように表すことができます。
A=a1′⋮am′=(a1,⋯,an)
(1)Pn(i;c) の逆行列#
定理 5.8(基本変形と基本行列の対応)より、基本行列 Pn(i;c) は、ある行列の第 i 行(または第 i 列)を c 倍する基本変形に対応します。
したがって、Pn(i;c) に対して、n 次正方行列 A を右から掛けた行列の積は、次のように表せます。
Pm(i;c)A=a1′⋮cai′⋮am′ このとき、Pm(i;c)A=En が成り立つためには、A の行ベクトルが、次を満たせば良いと考えられます。
⎩⎨⎧a1′a2′ai′am′=(1,0,0,⋯⋯,0)=(0,1,0,⋯⋯,0)⋮=(0,⋯,c1,⋯,0)⋮=(0,⋯⋅⋯,0,1) - すなわち、1⩽j⩽m とすると、j=i ならば、aj′ は j 番目の成分が 1 でそれ以外の成分が 0 であるような行ベクトルとなります。
- また、j=i ならば、ai′ は i 番目の成分が c1 でそれ以外の成分が 0 であるような行ベクトルとなります。
このようにして得られた行ベクトル a1′,⋯,am′ を縦に並べることで、Pn(i;c)A=En を満たす行列 A が得られます。
このとき、A=Pn(i;c1) が成り立ちます。すなわち、Pn(i;c)A=En を満たす行列 A は、次のように基本行列として表せるということです。

- 同様の考え方により、APn(i;c)=En が成り立つことも確かめられます。
- 以上から、Pn(i;c) は正則であり、その逆行列 Pn(i;c1) も基本行列であることが確かめられました。
Pn(i;c)Pn(i;c1)=Pn(i;c1)Pn(i;c)=En
(2)Pn(i,j;c) の逆行列#
定理 5.8(基本変形と基本行列の対応)より、基本行列 Pn(i,j;c) は、ある行列の第 i 行に第 j 行の c 倍を加える(または、第 j 列に第 i 列のc 倍を加える)という基本変形に対応します。
したがって、Pn(i,j;c) に対して、n 次正方行列 A を右から掛けた行列の積は、次のように表せます。
Pm(i,j;c)A=a1′⋮ai′+caj′⋮aj′⋮am′ このとき、Pn(i,j;c)A=En が成り立つためには、A の行ベクトルが、次を満たせば良いと考えられます。
第 i 行目と第 j 行目以外、すなわち、ai′ と aj′ 以外は、k 番目の成分が 1 でそれ以外の成分が 0 であるような行ベクトルであれば良いです。(ここで、1⩽k⩽m とします。)
⎩⎨⎧a1′a2′am′=(1,0,0,⋯⋯,0)=(0,1,0,⋯⋯,0)⋮=(0,⋯⋅⋯,0,1) 第 i 行目と第 j 行目については、次が成り立つ必要があります。
{ai′+caj′aj′=(0,⋯,1,⋯,0,⋯)=(0,⋯,0,⋯,1,⋯) これを満たすためには、ai′ と aj′ は、次のようになれば良いと考えられます。
{ai′aj′=(0,⋯,1,⋯,−c,⋯)=(0,⋯,0,⋯,1,⋯)
このようにして得られた行ベクトル a1′,⋯,am′ を縦にを並べることで、Pn(i,j;c)A=En を満たす行列 A が得られます。
このとき、A=Pn(i,j;−c) が成り立ちます。すなわち、Pn(i,j;c)A=En を満たす行列 A は、次のように基本行列として表せるということです。

- 同様の考え方により、APn(i,j;c)=En が成り立つことも確かめられます。
- 以上から、Pn(i,j;c) は正則であり、その逆行列 Pn(i,j;−c) も基本行列であることが確かめられました。
Pn(i,j;c)Pn(i,j;−c)=Pn(i,j;−c)Pn(i,j;c)=En
(3)Pn(i,j) の逆行列#
定理 5.8(基本変形と基本行列の対応)より、基本行列 Pn(i,j) は、ある行列の第 i 行と第 j 行を入れ替える(または、第 i 列と第 j 列を入れ替える)という基本変形に対応します。
したがって、Pn(i,j) に対して、n 次正方行列 A を右から掛けた行列の積は、次のように表せます。
Pm(i,j)A=a1′⋮aj′⋮ai′⋮am′ Pn(i,j)A=En が成り立つためには、A の行ベクトルについて次のようになれば良いと考えられます。
第 i 行目と第 j 行目以外、すなわち、ai′ と aj′ 以外は、k 番目の成分が 1 でそれ以外の成分が 0 であるような行ベクトルであれば良いです。(ここで、1⩽k⩽m とします。)
⎩⎨⎧a1′a2′am′=(1,0,0,⋯⋯,0)=(0,1,0,⋯⋯,0)⋮=(0,⋯⋅⋯,0,1) 第 i 行目と第 j 行目については、次が成り立つ必要があります。
{aj′ai′=(0,⋯,1,⋯,0,⋯)=(0,⋯,0,⋯,1,⋯) つまり、aj′ は i 番目の成分が 1 でそれ以外の成分が 0 であるような行ベクトルであり、ai′ は j 番目の成分が 1 でそれ以外の成分が 0 であるような行ベクトルであれば良いです。
このようにして得られた行ベクトル a1′,⋯,am′ を縦にを並べることで、Pn(i,j)A=En を満たす行列 A が得られます。
このとき、A=Pn(i,j) が成り立ちます。すなわち、Pn(i,j)A=En を満たす行列 A は Pn(i,j) 自身であるということです。

- 以上から、Pn(i,j) は正則であり、その逆行列 Pn(i,j) も基本行列であることが確かめられました。
Pn(i,j)Pn(i,j)=En
証明のまとめ#
- 以上から、基本行列(1)∼(3)がいずれも正則であり、それぞれの逆行列もまた基本行列であることが確かめられました。
- なお、定理の前半(基本行列が正則であること)のみであれば、行列式の値を求めることで、直ちに示すことができます。
(参考)基本行列が正則であることのみの証明#
定理 3.22(逆行列を持つための条件)と行列式の基本的性質(特に、系 3.18(三角行列の行列式))から直ちに導くことができます。
すなわち、系 3.18(三角行列の行列式)より、基本行列(1)∼(3)の行列式は、それぞれ次のようになります。
(1)(2)(3)detPn(i;c)detPn(i,j;c)detPn(i,j)=c=0=1=0=1=0 いずれも行列式の値が 0 ではないことから、定理 3.22(逆行列を持つための条件)より、基本行列(1)∼(3)は正則である(逆行列を持つ)といえます。
まとめ#
- 基本行列はいずれも正則であり、逆行列もまた基本行列である。
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初版:2023-07-02 | 改訂:2025-04-07