基本変形の性質

ある行列に基本変形の操作を施しても、行列の階数は変わらないことを示します。

基本変形が階数を保存する操作であることは、基本変形の重要な性質の $1$ つです。

基本変形と階数


定理 5.10(基本変形と階数)

基本変形によって行列の階数は不変である。



解説

任意の行列に対して、次の $6$ つの操作(行列の基本変形)を行っても、その行列の階数は変わりません。

($1$)ある行を $c$ 倍($c \neq 0$)する。
($2$)ある行を $c$ 倍して他の行に加える。
($3$)$2$ つの行を入れ替える。
($1^{\prime}$)ある列を $c$ 倍($c \neq 0$)する。
($2^{\prime}$)ある列を $c$ 倍して他の列に加える。
($3^{\prime}$)$2$ つの列を入れ替える。

定理の意義

定理 5.8(基本変形と基本行列の対応)でみたように、ある行列に対して基本変形を行うことは対応する基本行列を掛けることと同じです。

このように考えると、定理 5.10は次のように表すことができます。すなわち、$A$ を $(m, n)$ 型行列、$P_{1} \cdots P_{s}$ を $m$ 次の基本行列、$Q_{1} \cdots Q_{t}$ を $n$ 次の基本行列とすると(5.2.1)式が成り立ちます。

$$ \begin{equation} \tag{5.2.1} \text{rank} \, A = \text{rank} \, (\, P_{s} \cdots P_{1} \, A \, Q_{1} \cdots Q_{t} \,) \end{equation} $$

ここで、$P_{s} \cdots P_{1} \, A \, Q_{1} \cdots Q_{t}$ は、$A$ に対して複数の基本変形を施した結果得られる行列を表しており、$P_{1} \cdots P_{s}$ は $A$ に対する行基本変形、$Q_{1} \cdots Q_{t}$ は $A$ に対する列基本変形をそれぞれ表しています。

階数の定義との関係

次項で改めて考察するように、基本変形により保持される特性(値)の一つとして行列の階数を定義することができます。すなわち、線型写像や次元といったベクトル空間の概念を持ち出さず、基本変形という操作のみから、行列の階数を定義することができるということです。

このような定義を採用している教科書としては、例えば [1] などがあります。

基本変形により行列の階数を定義することで、かなり早い段階で(ベクトル空間に先立って)階数の概念を導入できます。しかしながら、行列の階数の重要性は、行列と線型写像の対応などのベクトル空間の概念と合わせて考えてこそ理解できるものです。したがって、基本変形のみから階数を導入する利点は、連立一次方程式に関する計算手段が早めに手に入ることくらいしか挙げられません。



証明

$A$ を $(m, n)$ 型行列とすると、$A$ に対して基本変形を行った行列 $A^{\prime}$ は次のように表すことができる。ここで、$P_{1} \cdots P_{s}$ は $m$ 次の基本行列であり、$Q_{1} \cdots Q_{t}$ は $n$ 次の基本行列である。

$$ A^{\prime} = P_{s} \cdots P_{1} \, A \, Q_{1} \cdots Q_{t} $$

定理 5.9(基本行列の正則性)より、基本行列は正則であるからその積も正則である。また、定理 4.62(対等な行列の階数)より、対等な行列の階数は等しいので、$A^{\prime}$ の階数は $A$ の階数に等しい。

$$ \begin{split} \text{rank} \, A^{\prime} &= \text{rank} \, (\, P_{s} \cdots P_{1} \, A \, Q_{1} \cdots Q_{t} \,) \\ &= \text{rank} \, A \\ \end{split} $$

以上から、基本変形によって行列の階数は変わらない。$\quad \square$



証明の骨子

ある行列に対する基本変形は対応する基本行列の積として表すことができます。定理 5.9(基本行列の正則性)より、基本行列は正則であることがわかっていますので、定理 4.62(対等な行列の階数)を利用して、階数が変わらないことを導きます。

  • ある行列 $A$ に対して、基本変形を行った行列 $A^{\prime}$ を $A$ と基本行列の積として表します。

    • $A$ を $(m, n)$ 型行列として、$A$ に対して基本変形を行った行列を $A^{\prime}$ とします。

    • 定理 5.8(基本変形と基本行列の対応)より、$A$ に対する基本変形は、$A$ に基本行列を掛けることと同じです。したがって、$A^{\prime}$ は次のように表せます。

      $$ A^{\prime} = P_{s} \cdots P_{1} \, A \, Q_{1} \cdots Q_{t} $$

      • ここで、$P_{1} \cdots P_{s}$ は $m$ 次の基本行列であり、$Q_{1} \cdots Q_{t}$ は $n$ 次の基本行列です。
      • $P_{1} \cdots P_{s}$ は $A$ に対する行基本変形に、$Q_{1} \cdots Q_{t}$ は $A$ に対する列基本変形にそれぞれ対応しています。
  • 基本変形を行った行列 $A^{\prime}$ の階数が、もとの行列 $A$ の階数と等しいことを導きます。

    • 定理 5.9(基本行列の正則性)より、基本行列は正則であるからその積も正則であるといえます。

      • すなわち、$P = P_{1} \cdots P_{s}, \, Q = Q_{1} \cdots Q_{t}$ とすれば、$P, \, Q$ もまた正則行列であるといえます。
      • このとき $A^{\prime} = P A Q$ と表すことができます。つまり、$A^{\prime}$ は $A$ に対等な行列であるということができます(定理 4.49(対等な行列))。
    • 定理 4.62(対等な行列の階数)より、対等な行列の階数は等しいので、$A^{\prime}$ の階数は $A$ の階数に等しいといえます。

      $$ \begin{split} \text{rank} \, A^{\prime} &= \text{rank} \, (\, P_{s} \cdots P_{1} \, A \, Q_{1} \cdots Q_{t} \,) \\ &= \text{rank} \, (\, P \, A \, Q \,) \\ &= \text{rank} \, A \\ \end{split} $$

    • 以上から、題意が示されました。


まとめ

  • 基本変形によって行列の階数は不変である。

  • このことは、次のように表せる。

    $$ \text{rank} \, A = \text{rank} \, (\, P_{s} \cdots P_{1} \, A \, Q_{1} \cdots Q_{t} \,) $$

    • ここで、$A$ は $(m, n)$ 型行列、$P_{1} \cdots P_{s}$ は(行基本変形に対応する)$m$ 次の基本行列、$Q_{1} \cdots Q_{t}$ は(列基本変形に対応する)$n$ 次の基本行列。

参考文献

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.

初版:2023-07-04   |   改訂:2024-10-29