固有値と固有ベクトル
固有ベクトルとは線型変換によりスカラー倍されるベクトルであり、このとき、スカラー倍の値を固有値といいます。
ここでは、線型変換と正方行列それぞれに対して固有値と固有ベクトルを定義します。また、線型変換とその表現行列(正方行列)の固有値が一致することを示します。
固有値と固有ベクトルの定義
まず、線型変換と正方行列、それぞれに対して固有値と固有ベクトルを定義します。
定義 6.1(固有値と固有ベクトル 1)
をベクトル空間とする。 の線型変換 について、 でない が次を満たすとき、 を の固有値()といい、 を の固有ベクトル()という。
解説
線型変換の固有値と固有ベクトル
固有ベクトルとは、線型変換による像がもとのベクトルのスカラー倍になるベクトルです。端的には、線型変換によりスカラー倍されるベクトルであるともいえます。
固有ベクトルが線型変換によりスカラー倍されるとき、そのスカラー倍の値を固有値といいます。
固有値と固有ベクトルの関係
固有値 の値が異なれば、(6.1.1)式を満たす固有ベクトル も異なります。したがって、固有値と固有ベクトルは、バラバラにではなく、それぞれ対応する組み合わせとして考える必要があります。
特にその対応関係を明示する場合、(6.1.1)式を満たす を固有値 に属する固有ベクトルなどと呼びます。
固有値と固有ベクトルの制約
零ベクトルは固有ベクトルになり得ない
定義 6.1より、零ベクトル は固有ベクトルになり得ません。
定義 6.1において、 は線型変換(すなわち線型写像)であるので、任意の について が成り立ちます(定理 4.9(零ベクトルの像))。したがって、仮に、零ベクトル を固有ベクトルの定義に含むとすると、「任意の線型変換は固有ベクトルとして零ベクトル を持ち、対応する固有値として任意のスカラーを持つ」ことになります。しかしながら、このような場合について考えることに、あまり意味はありません。
このような理由から、固有ベクトルは零ベクトル を含まないものとして定義されています。
零は固有値になり得る
一方で、(スカラーの) は固有値になり得ます。
線型変換 が を固有値として持つとき、(6.1.1)式は となります。すなわち、固有値 に属する固有ベクトルとは、線型変換 の核()の元に他なりません。
定義 6.2(固有値と固有ベクトル 2)
を 次の正方行列とする。 でない が次を満たすとき、 を の固有値()といい、 を の固有ベクトル()という。
解説
正方行列の固有値と固有ベクトル
定義 6.2において、固有値と固有ベクトルは正方行列に対して定義されています。
ここで、固有ベクトルとは正方行列 との積によりスカラー倍されるベクトルであり、このとき、スカラー倍の値を固有値といいます。
つの定義の同値性
上記の定義 6.1と定義 6.2において、固有値と固有ベクトルの 通りの定義を示しました。それぞれの定義は次の通りです。
- 定義 6.1:線型変換の固有ベクトルと固有値
- 固有ベクトル:線型変換によりスカラー倍されるベクトル
- 固有値:スカラー倍の値
- 定義 6.2:正方行列の固有ベクトルと固有値
- 固有ベクトル:正方行列との積によりスカラー倍されるベクトル
- 固有値:スカラー倍の値
実は、これら つの定義は同値なものであり、線型変換とその表現行列(正方行列)の固有値は一致します。このことについては、下記の定理 6.1(線型写像とその表現行列の固有値)に示します。
基本的な性質
次に、線型変換とその表現行列(正方行列)の固有値が一致することを示します。これは、固有値と固有ベクトルに関する基本的な性質の つです。
定理 6.1(線型写像とその表現行列の固有値)
をベクトル空間とする。 の線型変換 の固有値全体の集合は、その表現行列 の固有値全体の集合に等しい。
解説
固有値の定義の同値性(定理 6.1の意味)
定理 6.1(線型写像とその表現行列の固有値)は、線型変換とその表現行列(正方行列)それぞれに対して定義される固有値全体が一致することを示しています。
定理 6.1により、上記の定義 6.1と定義 6.2が同値であるということができます。
線型変換とその表現行列の固有値
いま、定理 4.51(線型変換の行列表示)より、ベクトル空間 の基底を固定することで、線型変換 とその表現行列 は 対 に対応します。また、 は線型変換であるためその表現行列 は正方行列になります。
したがって、線型変換 に対して(定義 6.1 により)定まる固有値は、その表現行列(正方行列) に対して(定義 6.2 により)定まる固有値に一致するということです。
相似な行列の固有値
また、固有値と固有ベクトルに関して、線型変換と表現行列の対応関係は基底のとり方によりません。
一般に、線型変換の表現行列は、基底の選び方により様々な(異なる)形をとり得ます(定理 4.56(相似な行列))。しかしながら、下記の証明に示す通り、線型変換とその表現行列の固有値は、基底のとり方によらず一致します。(相似な行列(同じ線型変換の異なる表現行列)の固有値が互いに等しいことは、後に、改めて定理としてまとめて証明します。)
これは、固有値と固有ベクトルが、第一義的には、線型変換に対して定義されるものであることを表している捉えられます。
証明
を の基底として、 に関する の表現行列を とする。また、任意の の座標ベクトルを として、次のように表すこととする。
このとき、定理 4.51(線型写像の行列表示と座標ベクトル)より、 として、方程式 と は同値である。すなわち、 の固有値は の固有値であり、 の固有値は の固有値である。また、これは基底のとり方によらない。したがって、 の固有値全体の集合は の固有値全体の集合に等しい。
証明の考え方
定理 4.51(線型写像の行列表示と座標ベクトル)により、線型写像に関する方程式 と行列に関する方程式 が同値であることを用います。
() に基底を導入して()方程式の同値性を示した上で、これが基底のとり方によらないことを確かめます。
(1)基底の導入
に基底を導入して、 の元を座標ベクトル( の元)で表します。
を の つの基底とすると、任意の は の線型結合として表すことができます。 を座標ベクトルを用いて表せば、次のようになります。
の座標ベクトルを とすると、次の()式が成り立ちます。
このとき、定理 4.47(線型写像の行列表示)より、
のf A f_{A} に関する表現行列をv 1 , ⋯ , v n \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} とすると、次の(A A )式が成り立ちます。∗ ∗ \ast \ast ( f A ( v 1 ) , ⋯ , f A ( v n ) ) = ( v 1 , ⋯ , v n ) A \begin{gather*} \tag{ } (\, f_{A} (\bm{v}_{1}), \cdots, f_{A} (\bm{v}_{n}) \,) = (\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}) \, A \end{gather*}∗ ∗ \ast \ast
(2)方程式の同値性の証明
定理 4.51(線型写像の行列表示と座標ベクトル)を用いて、
つの方程式2 2 とf A ( v ) = λ v f_{A} (\bm{v}) = \lambda \bm{v} が同値であることを導きます。A x = λ x A \bm{x} = \lambda \bm{x} いま、定理 4.48より、
とf A ( v ) f_{A} (\bm{v}) について、それぞれ次が成り立ちます。λ v \lambda \bm{v} f A ( v ) = ( i ) f A ( x 1 v 1 + ⋯ + x n v n ) = ( ii ) x 1 f A ( v 1 ) + ⋯ + x n f A ( v n ) = ( iii ) ( f A ( v 1 ) , ⋯ , f A ( v n ) ) ( x 1 ⋮ x n ) = ( iv ) ( v 1 , ⋯ , v n ) A ( x 1 ⋮ x n ) λ v = ( i ) λ ( x 1 v 1 + ⋯ + x n v n ) = ( ii ) ( λ x 1 ) v 1 + ⋯ + ( λ x n ) v n = ( iii ) ( v 1 , ⋯ , v n ) λ ( x 1 ⋮ x n ) \begin{split} f_{A} (\bm{v}) &\overset{(\text{i})}{=} f_{A} (x_{1} \bm{v}_{1} + \cdots + x_{n} \bm{v}_{n}) \\ &\overset{(\text{ii})}{=} x_{1} f_{A} (\bm{v}_{1}) + \cdots + x_{n} f_{A}(\bm{v}_{n}) \\ &\overset{(\text{iii})}{=} (\, f_{A} (\bm{v}_{1}), \cdots, f_{A} (\bm{v}_{n}) \,) \begin{pmatrix} \, x_{1} \, \\ \vdots \\ \, x_{n} \, \\ \end{pmatrix} \\ &\overset{(\text{iv})}{=} (\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}) \, A \begin{pmatrix} \, x_{1} \, \\ \vdots \\ \, x_{n} \, \\ \end{pmatrix} \\ \\ \lambda \bm{v} &\overset{(\text{i})}{=} \lambda \, (x_{1} \bm{v}_{1} + \cdots + x_{n} \bm{v}_{n}) \\ &\overset{(\text{ii})}{=} (\lambda x_{1}) \, \bm{v}_{1} + \cdots + (\lambda x_{n}) \, \bm{v}_{n} \\ &\overset{(\text{iii})}{=} (\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}) \, \lambda \begin{pmatrix} \, x_{1} \, \\ \vdots \\ \, x_{n} \, \\ \end{pmatrix} \\ \end{split} - (
)ii \text{ii} の線型性によります。定義より、線型写像は和とスカラー倍の演算を保存します。f A f_{A} - (
)ベクトルの線型結合を座標ベクトルを用いて表しています。iii \text{iii} - (
)(iv \text{iv} )式によります。(∗ ∗ \ast \ast )式は、∗ ∗ \ast \ast がA A のf A f_{A} に関する表現行列であること自体を示す式です。v 1 , ⋯ , v n \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}
- (
以上から、線型写像に関する方程式
と、行列に関する方程式f A ( v ) = λ v f_{A} (\bm{v}) = \lambda \bm{v} は同値であることが確かめられました。A x = λ x A \bm{x} = \lambda \bm{x} f A ( v ) = λ v ⇔ A ( x 1 ⋮ x n ) = λ ( x 1 ⋮ x n ) ⇔ A x = λ x \begin{alignat*} {3} && f_{A} (\bm{v}) &= \lambda \bm{v} \\ \\ % \Leftrightarrow & (\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}) \, A \begin{pmatrix} \, x_{1} \, \\ \vdots \\ \, x_{n} \, \\ \end{pmatrix} &= (\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}) \, \lambda \begin{pmatrix} \, x_{1} \, \\ \vdots \\ \, x_{n} \, \\ \end{pmatrix} \\ & \Leftrightarrow \quad & A \begin{pmatrix} \, x_{1} \, \\ \vdots \\ \, x_{n} \, \\ \end{pmatrix} &= \lambda \begin{pmatrix} \, x_{1} \, \\ \vdots \\ \, x_{n} \, \\ \end{pmatrix} \\ \\ & \Leftrightarrow & A \bm{x} &= \lambda \bm{x} \\ \end{alignat*} したがって、
の固有値はf A f_{A} の固有値であり、逆にA A の固有値はA A の固有値であるといえます。f A f_{A} また、これはどのような
の基底についても成り立つので、基底のとり方によりません。V V 以上から、線型変換
と、その表現行列f A f_{A} の固有値全体が等しいといえます。A A
まとめ
固有値と固有ベクトルは、線型変換および正方行列、それぞれに対して定義できる。
をベクトル空間とする。V V の線型変換V V について、f : V → V f : V \to V でない0 \bm{0} が次を満たすとき、v ∈ V \bm{v} \in V をλ ∈ K \lambda \in K の固有値といい、f f をv \bm{v} の固有ベクトルという。f f f ( v ) = λ v \begin{equation*} f (\bm{v}) = \lambda \bm{v} \end{equation*} をA A 次の正方行列とする。n n でない0 \bm{0} が次を満たすとき、x ∈ K n \bm{x} \in K^{n} をλ ∈ K \lambda \in K の固有値といい、f f をx \bm{x} の固有ベクトルという。f f A x = λ x \begin{equation*} A \bm{x} = \lambda \bm{x} \end{equation*}
線型変換とその表現行列(正方行列)の固有値全体は一致する。すなわち、上記の
つの定義は同値である。2 2
参考文献
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