基本的な性質(1)
三角行列の固有値全体は、その対角成分の全体に一致します。
このことは、表現行列が n 次の三角行列となるような線型変換(または、n 次の三角行列により定まる線型変換)が、重複を含めて n 個の固有値を持つことを示しています。
三角行列の固有値#
定理 6.4(三角行列の固有値)#
A を n 次の三角行列とすると、A の固有値全体は A の対角成分全体に等しい。
三角行列とは(定義の確認)#
まず、三角行列の定義を確認します。
すなわち、次のような、対角線より左下の成分がすべて 0 であるような行列 Au を上三角行列(upper / right triangular matrix)、対角線より右上の成分がすべて 0 であるような行列を Al 下三角行列(lower / left triangular matrix)といいます。
AuAl=a11a12a21O⋯⋯a1na2n⋱⋮ann,=a11a21a22⋮an1⋮an2O⋱⋯ann また、上三角行列と下三角行列をまとめて、三角行列(triangular matrix)といいます。(三角行列の定義)
三角行列とその固有値(定理 6.4 の意味)#
定理 6.4(三角行列の固有値)は、三角行列の固有値が、その対角成分に一致することを示しています。つまり、上記のような三角行列 Au, Al の固有値は、その対角成分 a11,a11,⋯,ann であるということです。
ここで、a11,a11,⋯,ann は重複を含む可能性があります。したがって、定理 6.4では、あくまで「三角行列の固有値全体は、その対角成分の全体に等しい」と表現されています。
三角行列により定まる線形写像の固有値(定理 6.4 の意義)#
定理 6.1(線型写像とその表現行列の固有値)に示した通り、線型変換とその表現行列の固有値全体は一致します。
このことから、定理 6.4(三角行列の固有値)は、表現行列が n 次の三角行列となるような線型変換(または、n 次の三角行列により定まる線型変換)が重複を含めて n 個の固有値を持つことを示していると捉えられます。
これは、後に行列が三角化可能であるための条件(三角行列に変形することができる行列の満たすべき条件)を導く際に重要な役割を果たします。
定理 6.4(三角行列の固有値)は、前項に示した固有方程式の形と、行列式の基本的な性質(系 3.18(三角行列の行列式))から、比較的簡単に証明することができます。
詳しくは、下記の証明に示す通りです。
A を n 次の上三角行列とすると、A の固有多項式 ϕA(t) は次のようになる。
ϕA(t)=A−tE=a11−ta12a22−tO⋯⋯a1na2n⋱⋮ann−t ここで、系 3.18(三角行列の行列式)より、上三角行列の行列式は対角成分の積に等しいから、次が成り立つ。
ϕA(t)=(a11−t)(a22−t)⋯(ann−t) したがって、A の固有値全体は a11,a22,⋯,ann であり、A の対角成分全体に等しい。これは、A が下三角行列の場合も同様に成り立つ。□
証明の考え方#
定理 6.3(固有方程式)より、(1)行列 A の固有多項式を求め、(2)行列式の基本的性質に関する系 3.18(三角行列の行列式)を用います。
(1)固有多項式を求める#
- A を n 次の上三角行列として、A の固有多項式 ϕA(t) を求めます。
- 定理 6.3(固有方程式)より、A の固有多項式は、次のようになります。
ϕA(t)=A−tE=a11−ta12a22−tO⋯⋯a1na2n⋱⋮ann−t
(2)三角行列の性質を利用する#
行列式の基本的性質を用いて、固有多項式 ϕA(t) を簡単にします。
系 3.18(三角行列の行列式)より、上三角行列の行列式は対角成分の積に等しくなります。したがって、ϕA(t) は次のようになります。
ϕA(t)=(a11−t)(a22−t)⋯(ann−t) 再び、定理 6.3(固有方程式)より、ϕA(t)=0 を満たす t が行列 A の固有値となるので、A の固有値は a11,a22,⋯,ann となります。
以上から、上三角行列 A の固有値全体が A の対角成分に等しいことが示されました。
下三角行列の場合も、同様の考察が成り立つことを確認します。
A を下三角行列とすると、固有多項式 ϕA(t) は次のようになる。
ϕA(t)=a11−ta21a22−t⋮an1⋮an2O⋱⋯ann−t 系 3.18(三角行列の行列式)は下三角行列に対しても成り立つので、ここまでの考察は A が下三角行列の場合も同様に成り立ちます。
したがって、A が下角行列のときも、A の固有値全体は A の対角成分に等しくなります。
以上から、三角行列の固有値全体が、その対角成分全体に等しいことが示されました。
まとめ#
- 三角行列の固有値全体は、その対角成分の全体に等しい。
- 表現行列が n 次の三角行列となるような線型変換(または、n 次の三角行列により定まる線型変換)は、重複を含めて n 個の固有値を持つ。
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初版:2024-09-29 | 改訂:2025-01-15