基本的な性質(3)
相似な行列の固有多項式は等しく、したがって、それぞれの固有値全体も等しくなります。
相似な行列とは、同じ線型変換の異なる基底に関する表現行列に他なりません。したがって、この定理は、固有多項式や固有値が、表現行列によらずに定まるものであることを表しています。
相似な行列の固有多項式
定理 6.6(相似な行列の固有多項式)
つの正方行列 が互いに相似であるとき、それぞれの固有多項式は等しい。
解説
相似な行列の固有値は等しい
定理 6.6(相似な行列の固有多項式)は、相似な行列の固有多項式が等しいことを示しています。
つの行列 の固有多項式が等しければ、当然ながら であり、固有方程式およびその解(固有値)も等しくなります。
したがって、定理 6.6から、「 つの正方行列 が互いに相似であれば、それぞれの固有値全体の集合も等しい」ということが直ちにいえます。
基底変換行列を用いた表現
相似な行列と基底変換行列
相似な行列とは、同じ線型変換の異なるの基底に関する表現行列に他なりません(定理 4.56(相似な行列))。
すなわち、ある線型変換 に対して、 の基底 に関する表現行列が 、別の基底 に関する表現行列が であるとき、行列 と は互いに相似であるということになります。このとき、 から への基底変換行列を とすれば、次が成り立ちます(定理 4.56(相似な行列))。
ここで、定理 4.49(基底の変換)より基底変換行列は正則行列です。
定理 6.6 の言い換え
このように考えると、定理 6.6(相似な行列の固有多項式)は、基底変換行列(正則行列)を用いて、次のように言い換えることができます。
すなわち、定理 6.6より、「 つの正方行列 について、 を満たす正則行列 が存在するならば 」が成り立ちます。
固有多項式は線型変換に対して定まる
また、定理 6.6(相似な行列の固有多項式)は、固有多項式や固有値といった概念が(表現行列によらず)線型変換に対して一意に定まるものであることを意味しています。
すなわち、同じ線型写像の異なる表現行列は、同じ固有多項式と固有値を持つということです。
行列の標準化の問題との関係(定理 6.6 の意義)
これは、行列の対角化や三角化といった、行列の標準化の問題において非常に重要な考え方となります。つまり、定理 6.6により、行列の標準化の問題は、どのような基底を選べば与えられた線型変換がより簡単な形の表現行列として表せるかという問題に帰着します。
証明
定理 4.56(相似な行列)より、 が互いに相似であれば、 を満たす正則行列 が存在する。また、定理 2.2(行列の積)より、行列の積について分配法則が成り立つので、 の固有多項式について、次が成り立つ。
証明の考え方
定理 4.56(相似な行列)より、相似な行列について
定理 4.56(相似な行列)などにより
の固有多項式B B を変形すると、次のように、ϕ B ( t ) \phi_{B} (t) の固有多項式A A の形を抽出できます。ϕ A ( t ) \phi_{A} (t) ϕ B ( t ) = ( 1 ) ∣ B − t E ∣ = ( 2 ) ∣ P − 1 A P − t E ∣ = ( 3 ) ∣ P − 1 A P − P − 1 ( t E ) P ∣ = ( 4 ) ∣ P − 1 ( A − t E ) P ∣ = ( 5 ) ∣ P − 1 ∣ ∣ A − t E ∣ ∣ P ∣ = ( 6 ) ∣ A − t E ∣ = ( 7 ) ϕ A ( t ) \begin{align*} \phi_{B} (t) &\overset{(1)}{=} \big\lvert \, B - t E \, \big\rvert \\ &\overset{(2)}{=} \big\lvert \, P^{-1} A P - t E \, \big\rvert \\ &\overset{(3)}{=} \big\lvert \, P^{-1} A P - P^{-1} \, (t E) \, P \, \big\rvert \\ &\overset{(4)}{=} \big\lvert \, P^{-1} \, (A - t E) \, P \, \big\rvert \\ &\overset{(5)}{=} \big\lvert \, P^{-1} \, \big\rvert \big\lvert \, A - t E \, \big\rvert \big\lvert \, P \, \big\rvert \\ &\overset{(6)}{=} \big\lvert \, A - t E \, \big\rvert \\ &\overset{(7)}{=} \phi_{A} (t) \end{align*} (
)、(1 1 )固有多項式の定義によります(定理 6.3(固有方程式))。7 7 (
)定理 4.56(相似な行列)より、2 2 とA A が相似であることとB B を満たす正則行列B = P − 1 A P B = P^{-1} A P が存在することは同値です。P P (
)正則行列の定義より3 3 であること、および、定理 2.2(行列の積)より、単位行列が任意の行列と積に関して可換であることによります。P − 1 P = E P^{-1} P = E - すなわち、(
)式の第2 2 項(2 2 )について、次が成り立ちます。t E t E t E = ( t E ) E = ( t E ) P − 1 P = P − 1 ( t E ) P \begin{split} t E &= (t E) \, E \\ &= (t E) \, P^{-1} P \\ &= P^{-1} \, (t E) \, P \end{split}
- すなわち、(
(
)同じく定理 2.2(行列の積)より、行列の積について分配法則が成り立つことによります。4 4 - すなわち、(
)式について、次が成り立ちます。3 3 P − 1 A P − P − 1 ( t E ) P = P − 1 { A P − ( t E ) P } = P − 1 { A − ( t E ) } P = P − 1 ( A − t E ) P \begin{split} P^{-1} A P - P^{-1} \, (t E) \, P &= P^{-1} \, \{\, A P - (t E) \, P \,\} \\ &= P^{-1} \, \{\, A - (t E) \,\} \, P \\ &= P^{-1} \, ( A - t E ) \, P \end{split}
- すなわち、(
(
)定理 3.15(行列式の積)より、行列の積の行列式はそれぞれの行列式の積に分解できます。5 5 ∣ A B ∣ = ∣ A ∣ ∣ B ∣ \begin{gather*} \big\lvert A B \, \big\rvert = \big\lvert \, A \, \big\rvert \, \big\lvert \, B \, \big\rvert \end{gather*} (
)正則行列の定義より、6 6 であること、および、定理 3.15(行列式の積)よりP − 1 P = E P^{-1} P = E であることによります。∣ P − 1 P ∣ = ∣ P − 1 ∣ ∣ P ∣ \lvert \, P^{-1} P \, \rvert = \lvert \, P^{-1} \, \rvert \lvert \, P \, \rvert - すなわち、(
)式について、次が成り立ちます。5 5 ∣ P − 1 ∣ ∣ A − t E ∣ ∣ P ∣ = ∣ A − t E ∣ ∣ P − 1 ∣ ∣ P ∣ = ∣ A − t E ∣ ∣ P − 1 P ∣ = ∣ A − t E ∣ ∣ E ∣ = ∣ A − t E ∣ \begin{split} \big\lvert \, P^{-1} \, \big\rvert \big\lvert \, A - t E \, \big\rvert \big\lvert \, P \, \big\rvert &= \big\lvert \, A - t E \, \big\rvert \big\lvert \, P^{-1} \, \big\rvert \big\lvert \, P \, \big\rvert \\ &= \big\lvert \, A - t E \, \big\rvert \big\lvert \, P^{-1} P \, \big\rvert \\ &= \big\lvert \, A - t E \, \big\rvert \big\lvert \, E \, \big\rvert \\ &= \big\lvert \, A - t E \, \big\rvert \\ \end{split}
- すなわち、(
以上から、
が導かれ、題意が示されました。ϕ A ( t ) = ϕ B ( t ) \phi_{A} (t) = \phi_{B} (t)
まとめ
つの正方行列2 2 が互いに相似であれば、それぞれの固有多項式は等しい。A , B A, B ϕ A ( t ) = ϕ B ( t ) \begin{equation*} \phi_{A} (t) = \phi_{B} (t) \end{equation*} すなわち、固有多項式や固有値が(表現行列によらず)線型変換に対して一意に定まる。
参考文献
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