対角化の十分条件
行列が対角化可能であるための十分条件を示します。すなわち、相異なる 個の固有値を持つならば、 次の正方行列は対角化可能です。このとき、 次の正方行列は、 個の固有値を対角成分に持つ対角行列に変形できます。
相異なる 個の固有値を持つことは、対角化可能であるための十分条件ではありますが、必要条件ではありません。つまり、他にも対角化可能な場合があるということです。
行列が対角化可能であるための十分条件
定理 6.10(対角化可能であるための十分条件)
を 次の正方行列とする。 が相異なる 個の固有値を持つならば、 は対角化可能である。すなわち、次の式を満たすような正則行列 が存在する。ここで、 は の固有値を表す。
解説
行列の対角化とは
正方行列 が対角化可能であるということは、(6.3.1)式を満たすような正則行列 が存在するということに他なりません。
このとき、定理 4.56(相似な行列)より、 は対角行列に相似になります。すなわち、対角化可能な行列とは、対角行列に相似な行列であるともいえます。
対角行列の対角成分と固有値
次の正方行列 が、定理 6.10(対角化可能であるための十分条件)を満たし、相異なる 個の固有値を持つとき、(6.3.1)式右辺の対角行列の対角成分は の固有値に等しくなります。
このことは、次のように確かめられます。
相似な行列の固有多項式は等しい
まず、 が対角行列に相似であるとすると、定理 6.6(相似な行列の固有多項式)より、相似な行列の固有多項式は等しいので、 の固有多項式 は の固有多項式 に等しくなります。
したがって、 の固有値も の固有値に等しくなります。
対角行列の固有多項式
次に、 が対角行列であることから、定理 6.3(固有方程式)より、固有多項式 は、次のようになります。
したがって、対角行列 の対角成分 は の固有値に等しくなります。また、上記の考察より、相似な行列の固有値は等しいので、 は の固有値でもあるということになります。
対角化可能であるための十分条件
相異なる 個の固有値を持つこと
定理 6.10(対角化可能であるための十分条件)は、 次の正方行列が対角化可能であるための十分条件を示す定理です。端的に表せば、次の通りです。
が相異なる 個の固有値を持つならば、 が対角化可能であるということが成り立ちますが、その逆は必ずしも成り立ちません。つまり、相異なる 個の固有値を持つことは、 次の正方行列 が対角化可能であるための十分条件ではありますが、必要条件ではないということです。
固有値の重複と対角化可能性
次の正方行列の対角化可能性について考えるとき、定理 6.10(対角化可能であるための十分条件)の「相異なる 個の固有値を持つ」ことは、比較的に厳しい条件であるといえます。仮に、固有値に重複があった場合、直ちにこれを満たさなくなるからです。
実際には、固有値に重複があっても正方行列が対角化可能である場合は充分あります。このように、固有値に重複がある場合を含め、正方行列が対角化可能であることと同値な条件(必要十分条件)は、後に改めて整理します。
対角化可能性の判定(十分条件の意義)
定理 6.10(対角化可能であるための十分条件)は、具体的に与えられた行列に対して、対角化可能であるかを手っ取り早く判定するのに便利です。
例えば、 次の正方行列が具体的に与えられたとき、その固有方程式( 次方程式)を解いて つの異なる解が得られたとすると、この正方行列は対角化可能であることが直ちに判ります。与えられた正方行列は相異なる つの相異なる固有値を持つので、定理 6.10より、もとの正方行列を対角化するような正則行列が存在するといえるからです。
固有方程式の解が重解を含む場合、対角化可能であるかを判定するには、もう少し踏み込んだ確認が必要になります(定理 6.13(対角化の条件)を参照)。
線型変換が対角行列で表現されるための条件
また、定理 6.10(対角化可能であるための十分条件)は、線型変換が対角行列により表現されるための条件を示していると捉えることができます。すなわち、 次元ベクトル空間 の線型変換 が 個の相異なる固有値を持つならば、 は対角行列により表現することができる、ということです。
定理 6.10において、正方行列 を線型変換 の表現行列と考えれば、正則行列 はベクトル空間 の基底変換行列に対応します。
したがって、線型変換 の表現行列 が適当な基底変換行列 により対角化されるということは、適当な基底を選ぶことで を対角行列により表現することができるということを意味しています。
証明
の相異なる固有値を として、それぞれに属する固有ベクトルを とする。 をそれぞれ列ベクトルとして、これを行列としてまとめて表すと、次が成り立つ。
また、 について、 であることから、次が成り立つ。
したがって、固有ベクトル を列ベクトルとする行列を とすると、次が成り立つ。
いま、 は、相異なる固有値 に属する固有ベクトルであるから、定理 6.9(相異なる固有値に属する固有ベクトル)より、線型独立である。したがって、 は正則であり、次が成り立つ。
証明の考え方
正方行列
前項の定理 6.9(相異なる固有値に属する固有ベクトル)より、相異なる固有ベクトルは線型独立であることから、これらを
(1)固有値と固有ベクトルに成り立つ関係式の整理
まず、正方行列
の固有値と固有ベクトルについて成り立つ関係を整理します。A A の相異なる固有値をA A として、それぞれに属する固有ベクトルをλ 1 , ⋯ , λ n \lambda_{1}, \cdots, \lambda_{n} とします。このとき、定義より、次が成り立ちます。x 1 , ⋯ , x n \bm{x}_{1}, \cdots, \bm{x}_{n} A x i = λ i x i ( 1 ⩽ i ⩽ n ) ( ∗ ) \begin{gather*} A \bm{x}_{i} = \lambda_{i} \bm{x}_{i} & (\, 1 \leqslant i \leqslant n \,) \end{gather*} \tag{ }∗ \ast 上記(
)式の左辺について、∗ \ast をそれぞれ列ベクトルとして、これを行列としてまとめて表すと、次のようになります。A x 1 , ⋯ , A x n A \bm{x}_{1}, \cdots, A \bm{x}_{n} ( A x 1 , ⋯ , A x n ) = A ( x 1 , ⋯ , x n ) 1 ◯ \begin{align*} (\, A \bm{x}_{1}, \cdots, A \bm{x}_{n} \,) = A \, (\, \bm{x}_{1}, \cdots, \bm{x}_{n} \,) \end{align*} \tag*{\textcircled{\scriptsize{1}}} また、(
)式の右辺について、同様に行列としてまとめて表すと、次が成り立ちます。∗ \ast ( A x 1 , ⋯ , A x n ) = ( i ) ( λ 1 x 1 , ⋯ , λ n x n ) = ( ii ) ( x 1 , ⋯ , x n ) ( λ 1 O ⋱ O λ n ) \begin{align*} (\, A \bm{x}_{1}, \cdots, A \bm{x}_{n} \,) &\overset{(\text{i})}{=} (\, \lambda_{1} \bm{x}_{1}, \cdots, \lambda_{n} \bm{x}_{n} \,) \\ &\overset{(\text{ii})}{=} (\, \bm{x}_{1}, \cdots, \bm{x}_{n} \,) \begin{pmatrix} \; \lambda_{1} & & \large{O} \; \\ & \ddots & \\ \; \large{O} & & \lambda_{n} \; \\ \end{pmatrix} \tag*{\textcircled{\scriptsize{2}}} \end{align*} - (
)線型結合の行列表記において、ii \text{ii} の各列ベクトルを( λ 1 x 1 , ⋯ , λ n x n ) (\, \lambda_{1} \bm{x}_{1}, \cdots, \lambda_{n} \bm{x}_{n} \,) の線型結合として表したものです。x 1 , ⋯ , x n \bm{x}_{1}, \cdots, \bm{x}_{n}
- (
したがって、次が成り立ちます(
)。ここで、固有ベクトル1 ◯ = 2 ◯ \textcircled{\scriptsize{1}} = \textcircled{\scriptsize{2}} を列ベクトルとする行列をx 1 , ⋯ , x n \bm{x}_{1}, \cdots, \bm{x}_{n} とすると(P P )式のように表せます。∗ ∗ \ast \ast A ( x 1 , ⋯ , x n ) = ( x 1 , ⋯ , x n ) ( λ 1 O ⋱ O λ n ) ⇔ A P = P ( λ 1 O ⋱ O λ n ) \begin{alignat*} {3} && A \, (\, \bm{x}_{1}, \cdots, \bm{x}_{n} \,) &= (\, \bm{x}_{1}, \cdots, \bm{x}_{n} \,) \begin{pmatrix} \; \lambda_{1} & & \large{O} \; \\ & \ddots & \\ \; \large{O} & & \lambda_{n} \; \\ \end{pmatrix} \\ \\ & \Leftrightarrow & A P &= P \begin{pmatrix} \; \lambda_{1} & & \large{O} \; \\ & \ddots & \\ \; \large{O} & & \lambda_{n} \; \\ \end{pmatrix} \tag{ } \end{alignat*}∗ ∗ \ast \ast
(2)正則性の証明
次に、定理 6.9(相異なる固有値に属する固有ベクトル)を用いて、
が正則行列であることを示します。P P は相異なる固有値x 1 , ⋯ , x n \bm{x}_{1}, \cdots, \bm{x}_{n} に属する固有ベクトルなので、線型独立となります(定理 6.9(相異なる固有値に属する固有ベクトル))。λ 1 , ⋯ , λ n \lambda_{1}, \cdots, \lambda_{n} - また、
が線形独立であることから、x 1 , ⋯ , x n \bm{x}_{1}, \cdots, \bm{x}_{n} が成り立ちます(定理 4.27(行列式と線型独立性))。det P ≠ 0 \det P \neq 0 - 更に、
であることから、det P ≠ 0 \det P \neq 0 は正則であるといえます(定理 3.22(逆行列を持つための条件))。P P
したがって、
は逆行列P P を持ち、これを(P − 1 P^{-1} )式の両辺に左から掛けることで、次が得られます。∗ ∗ \ast \ast P − 1 A P = ( λ 1 O ⋱ O λ n ) \begin{align*} P^{-1} A P = \begin{pmatrix} \; \lambda_{1} & & \large{O} \; \\ & \ddots & \\ \; \large{O} & & \lambda_{n} \; \\ \end{pmatrix} \end{align*} 以上から、正方行列
に対して(6.3.1)式を満たすような正則行列A A が存在すること、すなわち、正方行列P P が対角化可能であることが示されました。A A
対角行列との関係式について
証明の前半(
つまり、固有値に重複がある場合も、
まとめ
次の正方行列n n が相異なるA A 個の固有値を持つならば、n n は対角化可能である。A A - すなわち、次を満たすような正則行列
が存在する。P P はλ 1 , ⋯ , λ n \lambda_{1}, \cdots, \lambda_{n} の固有値。A A P − 1 A P = ( λ 1 O ⋱ O λ n ) \begin{equation*} P^{-1} A P = \begin{pmatrix} \; \lambda_{1} & & \large{O} \; \\ & \ddots & \\ \; \large{O} & & \lambda_{n} \; \\ \end{pmatrix} \end{equation*}
- すなわち、次を満たすような正則行列
相異なる
個の固有値を持つことは、対角化可能であるための十分条件ではあるが、必要条件ではない。n n
参考文献
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