内積の存在
任意のベクトル空間において、内積が定義できることを示します。
任意のベクトル空間において、適当な基底を選ぶことで定まる座標ベクトルの標準内積は、もとのベクトル空間の内積となります。
内積の存在#
定理 7.3(内積と標準内積)#
V を K 上の n 次元ベクトル空間として、v1,⋯,vn を V の基底とする。任意の x,y∈V に対して、基底 v1,⋯,vn に関する座標ベクトルを a,b∈Kn とすると、a と b の標準的内積は、x と y の内積である。
x⋅y=a⋅b(7.1.4)
任意のベクトル空間に内積が定義できる#
定理 7.3(内積と標準内積)は、任意のベクトル空間に内積が定義できることを示しています。
任意の K 上のベクトル空間 V に対して、V の基底を選ぶことで、その基底に関する座標ベクトルが定まります。ここで、V を n 次元ベクトル空間とすると、座標ベクトルは n 次元数ベクトル空間 Kn の元となります。
このとき、座標ベクトルに対して定義される標準内積がもとのベクトル空間 V の内積である、というのが定理 7.3の主張です。このことは、次のようにして理解できます。
ベクトルと座標ベクトルの対応#
定理 7.3(内積と標準内積)において、v1,⋯,vn は V の基底であるので、任意の V の元(ベクトル)はその線型結合で表せます(定理 4.28(基底であることと同値な条件))。したがって、2 つのベクトル x,y∈V は、v1,⋯,vn の線型結合により、次のように表すことができます。
xy=a1v1+⋯+anvn,=b1v1+⋯+bnvn このとき、x,y の座標ベクトル a,b∈Kn は次のように表せます(ベクトルと座標ベクトルを参照)。
a=a1⋮an,b=b1⋮bn 座標ベクトルの標準内積#
前項の定理 7.2(標準的内積)より、次の式により、座標ベクトル a と b に対して標準的内積が定義できます。
a⋅b=i∑aibi() これは Kn における内積であり、写像として捉えれば、⋅:Kn×Kn→K と表せます。
内積と標準的内積の対応#
一方で、再び、v1,⋯,vn が V の基底であることから、x,y の v1,⋯,vn の線型結合としての表し方は一意的です(定理 4.28(基底であることと同値な条件))。そのため、座標ベクトル a,b の標準的内積は、ベクトル x,y に対して一意に定まります。
したがって、2 つのベクトル x と y に対して定まる値 x⋅y を次のように定めることで、これは内積の定義の要件を満たすということがわかります。
x⋅y=a⋅b(7.1.4) すなわち、V の基底を固定することで、任意のベクトル(V の元)に対して座標ベクトル(Kn)が一意に定まるため、座標ベクトルの標準的内積はもとのベクトルの内積になるといえます。これを写像として表せば、⋅:V×V→K となります。
任意のベクトル空間に正規直交基底が存在する#
ベクトル空間 V において、定理 7.3(内積と標準内積)のように内積を定義した場合、V の基底 v1,⋯,vn は、後に示す正規直交基底となります。
つまり、定理 7.3における V の基底 v1,⋯,vn に対して、次が成り立ちます。
vi⋅vj={01(i=j)(i=j) したがって、定理 7.3は、任意のベクトル空間において正規直交基底が存在する(または、ある基底が正規直交基底となるような内積が定義できる)ことを示しているともいえます。
V の任意の元は、基底 v1,⋯,vn の線型結合として一意に表すことができるから、x,y∈V の v1,⋯,vn に関する座標ベクトル a,b は一意に定まり、次のように表せる。
a=a1⋮an,b=b1⋮bn このとき、定理 7.2(標準的内積)より、a,b∈Kn に対して、次の式により標準的内積が定義できる。
a⋅b=i∑aibi() したがって、x⋅y=a⋅b とすれば、x⋅y は 2 つのベクトル x と y に対して一意に定まる値であり、内積の公理を満たす。□
証明の考え方#
定理 4.28(基底であることと同値な条件)と定理 7.2(標準的内積)により、明らかといえます。
まとめ#
- K 上の n 次元ベクトル空間 V の基底を v1,⋯,vn とし、2 つのベクトル x,y∈V に対して、基底 v1,⋯,vn に関する座標ベクトルを a,b∈Kn とすると、a と b の標準的内積は、x と y の内積である。
x⋅y=a⋅b
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初版:2023-10-25 | 改訂:2025-02-19