正規直交基底(1)

計量ベクトル空間の基底で 正規直交系であるものを正規直交基底といいます。

ここでは、正規直交基底を定義するとともに、任意の計量ベクトル空間に正規直交基底が存在することを示します。

正規直交基底の定義

まず、計量ベクトル空間における正規直交基底の定義を示します。


定義 7.5(正規直交基底)

$V$ を $K$ 上の計量ベクトル空間とする。$V$ の基底で正規直交系であるものを正規直交基底($\text{orthonormal}$ $\text{basis}$)という。



解説

正規直交基底とは

正規直交基底とは、計量ベクトル空間の基底をなすベクトルの組で、かつ、 正規直交系であるものです。

すなわち、計量ベクトル空間 $V$ の基底をなすベクトルのどの $2$ つも直交し、更に、どのベクトルのノルムも $1$ に等しいとき、これを正規直交基底といいます。

正規直交基底であるための条件

$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \in V$ が正規直交基底であるとき、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ は、次の($1$)$\sim$($4$)の条件を満たします。

($1$)$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ は線型独立である。
($2$)$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ は $V$ を生成する。
($3$)$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ のうち、どの $2$ つのベクトルも直交する。
($4$)$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ の、どのベクトルのノルムも $1$ に等しい。

基底であるための条件と正規直交系であるための条件

条件($1$)と($2$)は、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ が 基底であるための条件であり、条件($3$)と($4$)は、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ が 正規直交系であるための条件です。特に、条件($3$)は $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ が 直交系であること、条件($4$)は $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ が正規化されていることを、それぞれ示しています。

条件($1$)と($2$)は、一般のベクトル空間を対象に考えられる条件である一方で、条件($3$)と($4$)は、計量ベクトル空間に限って考えられる条件です。ベクトルの 直交ノルムといった概念は、 内積によって定義されているためです。

零ベクトルを含まない場合

前項定理 7.8(直交系をなすベクトル)より、零ベクトルを含まない直交系は線型独立であるといえます。

したがって、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ が零ベクトルを含まない場合、条件($3$)は条件($1$)の十分条件となります。つまり、このとき($3$)$\Rightarrow$($1$)が成り立つといえます。

応用上の重要性

正規直交基底は、計量ベクトル空間の特別な基底です。正規直交系であることから扱いやすく、力学や電磁気学などでの応用上も重要な役割を果たします。


正規直交基底の基本的性質

次に、正規直交基底の基本的性質として、任意のベクトル空間に対して、与えられた基底が正規直交基底となるような内積が必ず存在することを示します。


定理 7.9(正規直交基底の存在)

$V$ を $K$ 上のベクトル空間として、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ を $V$ の基底とする。任意の $\bm{v}, \bm{w} \in V$ に対して、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ に関する座標ベクトルを、それぞれ

$$ \begin{gather*} \bm{x} = \begin{pmatrix} \, x_{1} \, \\ \vdots \\ \, x_{n} \, \end{pmatrix}, & \bm{y} = \begin{pmatrix} \, y_{1} \, \\ \vdots \\ \, y_{n} \, \end{pmatrix} \end{gather*} $$

として、

$$ \begin{align*} \bm{v} \cdot \bm{w} &= \bm{x} \cdot \bm{y} \\ % &= \displaystyle \sum_{i} \, \bm{x}_{i} \, \overline{\bm{y}_{i} \vphantom{i}} \end{align*} \tag{7.2.3} $$

とすると、$\bm{v} \cdot \bm{w}$ は $V$ の内積であり、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ は $V$ の正規直交基底である。



解説

任意のベクトル空間に正規直交基底が存在する

定理 7.9(正規直交基底の存在)は、任意のベクトル空間に対して内積が定義でき、正規直交基底が存在することを示しています。

標準的内積により定義される内積

(7.2.3)式の $\bm{x} \cdot \bm{y}$ は、 定理 7.2(標準的内積)で導入した 標準的内積に他なりません。すなわち、$\bm{x} \cdot \bm{y}$ は、次の式により定義される、数ベクトル空間 $K^{n}$ の内積です。

$$ \begin{gather*} \bm{x} \cdot \bm{y} = \displaystyle \sum_{i} \, \bm{x}_{i} \, \overline{\bm{y}_{i} \vphantom{i}} \end{gather*} $$

ここで、 定理 4.42(ベクトル空間と数ベクトル空間の同型)より、$n$ 次元ベクトル空間 $V$ と $n$ 次元数ベクトル空間 $K^{n}$ は同型である($V \simeq K^{n}$)ので、$V$ の基底を固定することで $V$ の元と $K^{n}$ の元は $1$ 対 $1$ に対応します。

したがって、$V$ の基底を固定したとき、$\bm{v}, \bm{w} \in V$ に対して定まる座標ベクトルを $\bm{x}, \bm{y} \in K^{n}$ とすれば、座標ベクトル $\bm{x}, \bm{y}$ の標準的内積は、もとのベクトル $\bm{v}, \bm{w}$ の内積となります( 定理 7.3(内積と標準内積))。

$$ \begin{gather*} \bm{v} \cdot \bm{w} = \bm{x} \cdot \bm{y} \end{gather*} $$

つまり、任意のベクトル空間 $V$ において、$V$ の基底を固定することで座標ベクトルの標準的内積が定義でき、標準的内積によりもとのベクトルの内積が定義できる、というのが 定理 7.9(正規直交基底の存在)の前半の主張です。

座標ベクトルを定める基底が正規直交基底となる

標準的内積により内積が定義されるとき、与えられたベクトル空間の基底は正規直交基底となる、というのが 定理 7.9(正規直交基底の存在)の後半の主張です。

ここで、もとのベクトル $\bm{v}, \bm{w} \in V$ に対して、その座標ベクトル $\bm{x}, \bm{y} \in K^{n}$ を定める基底( 定理 7.9において、与えられている基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ )が、そのまま正規直交基底となります。

つまり、 定理 7.9は、全体として、ベクトル空間 $V$ において、基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ を固定することで、標準的内積により内積が定義でき(前半)、このとき、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ は正規直交基底となる(後半)ことを示しています。

定理 7.3(内積と標準内積)の拡張

以上から、 定理 7.9(正規直交基底の存在)は、 定理 7.3(内積と標準内積)の内容を拡張したものであるといえます。

すなわち、任意のベクトル空間 $V$ において内積が定義できる、という 定理 7.9の前半の主張は、 定理 7.3の主張と同じです。これに加えて、 定理 7.9の後半では、更に、任意のベクトル空間 $V$ に正規直交基底が存在することを示しています。



証明

$\bm{x}, \bm{y} \in K^{n}$ は、$V$ の基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ に関する、$\bm{v}, \bm{w} \in V$ の 座標ベクトルである。したがって、$\bm{v}, \bm{w}$ は $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ の線型結合として、一意に表すことができる。

$$ \begin{align*} \bm{v} &= x_{1} \bm{v}_{1} + \cdots + x_{n} \bm{v}_{n} \\ \bm{w} &= y_{1} \bm{v}_{1} + \cdots + y_{n} \bm{v}_{n} \\ \end{align*} $$

いま、$\phi : V \times V \to K$ を次のようにおくと、 定理 7.3(内積と標準内積)より、$\phi \, (\bm{v}, \bm{w})$ は $V$ の内積となる。

$$ \begin{align*} \phi \, (\bm{v}, \bm{w}) &= \bm{x} \cdot \bm{y} \\ &= \displaystyle \sum_{i} \, \bm{x}_{i} \, \overline{\bm{y}_{i} \vphantom{i}} \end{align*} $$

また、このとき、$1 \leqslant i, j \leqslant n$ について次が成り立つ。

$$ \begin{gather*} \phi \, (\bm{v}_{i}, \bm{v}_{j}) = \left\{ \begin{array} {cc} 1 & (\, i = j \,) \\ 0 & (\, i \neq j \,) \\ \end{array} \right. \end{gather*} $$

つまり、$V$ の基底をなすベクトル $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ のノルムはすべて $1$ に等しく、どの $2$ つのベクトルも直交する。したがって、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ は $V$ の正規直交基底である。$\quad \square$



証明の考え方

$V$ と $K^{n}$ が同型である($\bm{v}, \bm{w} \in V$ と $\bm{x}, \bm{y} \in K^{n}$ が $1$ 対 $1$ に対応する)ことを考慮すると、 定理 7.3(内積と標準内積)正規直交基底の定義より、直ちに証明できます。

($1$)$V$ のベクトルとその座標ベクトルの対応関係を整理し、($2$) 定理 7.3(内積と標準内積)を用いて、標準的内積により内積を定義すると、($3$)$V$ の基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ が 正規直交基底の定義を満たしていることが確かめられます。

(1)ベクトルと座標ベクトルの対応関係

  • ベクトル空間の基底を固定することで、座標ベクトルが一意に定まることを確かめます。

  • $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ が $V$ の基底であるので、$\bm{v}, \bm{w}$ は $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ の線型結合として一意に表すことができます( 定理 4.28(基底であることと同値な条件))。

    $$ \begin{align*} \bm{v} &= x_{1} \bm{v}_{1} + \cdots + x_{n} \bm{v}_{n} \\ \bm{w} &= y_{1} \bm{v}_{1} + \cdots + y_{n} \bm{v}_{n} \\ \end{align*} $$

  • すなわち、ベクトル $\bm{v}, \bm{w} \in V$ に対して、その座標ベクトル $\bm{x}, \bm{y} \in K^{n}$ は一意に定まります。

(2)標準的内積による内積の定義

  • 定理 7.3(内積と標準内積)より、座標ベクトルの標準的内積により、もとのベクトル空間の内積を定義します。

  • すなわち、$\phi : V \times V \to K$ を次のようにおくと、$\phi \, (\bm{v}, \bm{w})$ は $V$ の内積となります。

    $$ \begin{align*} \phi \, (\bm{v}, \bm{w}) &= \bm{x} \cdot \bm{y} \\ &= \displaystyle \sum_{i} \, \bm{x}_{i} \, \overline{\bm{y}_{i} \vphantom{i}} \end{align*} $$

    • 定理 7.3(内積と標準内積)より、座標ベクトル $\bm{x}$ と $\bm{y}$ の標準的内積は、ベクトル $\bm{v}$ と $\bm{w}$ に対して一意に定まり、 内積の定義の条件を満たします。

      $$ \begin{array} {cl} (\text{i}) & \bm{x} \cdot \bm{y} = \overline{\bm{y} \cdot \bm{x} \vphantom{Z}} \\ (\text{ii}) & (\bm{x} + \bm{y}) \cdot \bm{z} = \bm{x} \cdot \bm{z} + \bm{y} \cdot \bm{z} \\ (\text{iii}) & (c \, \bm{x}) \cdot \bm{y} = c \, (\bm{x} \cdot \bm{y}) \\ (\text{iv}) & \bm{x} \cdot \bm{x} \geqslant 0 \\ \end{array} $$

    • したがって、$\phi \, (\bm{v}, \bm{w}) = \bm{x} \cdot \bm{y}$ とすれば、$\phi \, (\bm{v}, \bm{w})$ は $V$ の内積となります。

(3)正規直交基底の条件を満たすことの確認

  • $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ が 正規直交基底の定義を満たすことをを確かめます。

  • $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \in V$ の($V$ の基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ に関する)座標ベクトルは、次のようになります。

    $$ \begin{gather*} \bm{v}_{1} = \begin{pmatrix} \, 1 \, \\ \, 0 \, \\ \vdots \\ \, 0 \, \end{pmatrix}, & \bm{v}_{2} = \begin{pmatrix} \, 0 \, \\ \, 1 \, \\ \vdots \\ \, 0 \, \end{pmatrix}, & \cdots, & \bm{v}_{n} = \begin{pmatrix} \, 0 \, \\ \vdots \\ \, 0 \, \\ \, 1 \, \end{pmatrix} \end{gather*} $$

    • ここで、もとのベクトル($V$ の元)とその座標ベクトル($K^{n}$ の元)を、同じ文字 $\bm{v}_{i}$ により表している点に注意が必要です。
  • したがって、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ のうちの $2$ つのベクトルの内積をとれば、$1 \leqslant i, j \leqslant n$ について、次が成り立ちます。

    $$ \begin{gather*} \phi \, (\bm{v}_{i}, \bm{v}_{j}) = \left\{ \begin{array} {cc} 1 & (\, i = j \,) \\ 0 & (\, i \neq j \,) \\ \end{array} \right. \end{gather*} $$

    • つまり、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ のノルムはすべて $1$ に等しく、どの(異なる)$2$ つのベクトルも直交するということです。
    • これは、$V$ の基底をなすベクトル $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ が 正規直交基底の定義を満たす、ということに他なりません。
  • 以上から、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ が正規直交基底であることが示されました。


まとめ

  • $V$ を $K$ 上の計量ベクトル空間とする。$V$ の基底で正規直交系であるものを正規直交基底という。
  • $V$ を $K$ 上のベクトル空間とする。任意の $\bm{v}, \bm{w} \in V$ に対して、$V$ の基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ に関する座標ベクトルを $\bm{x}, \bm{y} \in K^{n}$ とすると、$\bm{v} \cdot \bm{w} = \bm{x} \cdot \bm{y}$ は $V$ の内積であり、このとき、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ は $V$ の正規直交基底である。
    • すなわち、任意のベクトル空間に対して内積が定義でき、正規直交基底が存在する。

参考文献

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初版:2023-11-07   |   改訂:2025-03-07