正規直交化(1)
計量ベクトル空間において、任意の線型独立なベクトルの組から正規直交系を作れることを示します。
これは、シュミット()の正規直交化法の根拠となる定理です。
線形独立なベクトルの正規直交化
定理 7.11(正規直交化)
を計量ベクトル空間とする。 の線型独立なベクトルの組 に対して、正規直交系であり、 について次を満たすベクトルの組 が存在する。
解説
正規直交系の構築
定理 7.11(正規直交化)は、計量ベクトル空間において、任意の線型独立なベクトルの組から、正規直交系を作ることができることを示します。
すなわち、任意の線型独立な 個のベクトルの組 に対して、(7.2.5)式を満たすような正規直交系 が存在することを示しています。
ここで、(7.2.5)式は、 が生成する部分空間と、 が生成する部分空間が等しいことを表しています。このとき、 の線型結合として表せるベクトルは、 の線型結合としても表すことができる(逆もまた成り立つ)といえます。
シュミットの正値直交化法の根拠
このように、線型独立なベクトルの組 から正規直交系 を得る方法はシュミット()の正規直交化法と呼ばれます。
線型独立なベクトルの組から正規直交系を作る手順は、下記の証明に示す通りです。そのような意味で、定理 7.11(正規直交化)は、シュミットの正規直交化法の根拠を与える定理であるといえます。
証明
線形独立なベクトルの数 に関する、数学的帰納法により証明する。
であるとき、 が線型独立であるとすると であり、
とすれば、明らかに かつ が成り立つ。
また、 であるとき、 を満たす 個の線形独立なベクトル に対して、正規直交系 が存在し、 が成り立つと仮定する。このとき、
とおくと、(
であり、
したがって、
証明の考え方
線形独立なベクトルの数
- (
)1 1 のとき、定理 4.17(線型独立なベクトルの性質)よりr = 1 r = 1 であることから、直ちに示すことができます。v 1 ≠ 0 \bm{v}_{1} \neq \bm{0} - (
)2 2 のとき、r > 1 r \gt 1 を満たす1 ⩽ s < r 1 \leqslant s \lt r 個のベクトルから正規直交系が作れると仮定し、これに、s s 個のベクトルすべてと直交するベクトルを加えることで、s s 個のベクトルからなる正規直交系を作れることを確かめます。s + 1 s+1
(1)r = 1 r = 1 の場合の証明
定理の仮定より
は線型独立です。定理 4.17(線型独立なベクトルの性質)より、線型独立なベクトルは零ベクトルではないので、v 1 \bm{v}_{1} は零ベクトルではないことがわかります。v 1 \bm{v}_{1} v 1 ≠ 0 \begin{gather*} \bm{v}_{1} \neq \bm{0} \end{gather*} このとき、
を次のようにおけば、明らかにu 1 \bm{u}_{1} が成り立ちます。したがって、u 1 ⋅ u 1 = 1 \bm{u}_{1} \cdot \bm{u}_{1} = 1 は正規直交系であるといえます。u 1 \bm{u}_{1} u 1 = v 1 ∥ v 1 ∥ \begin{gather*} \bm{u}_{1} = \frac{\, \bm{v}_{1} \,}{\, \lVert \, \bm{v}_{1} \, \rVert \,} \end{gather*} また、上式より
はu 1 \bm{u}_{1} のスカラー倍であるので、当然ながら、v 1 \bm{v}_{1} が成り立ちます。⟨ u 1 ⟩ = ⟨ v 1 ⟩ \langle \, \bm{u}_{1} \, \rangle = \langle \, \bm{v}_{1} \, \rangle 以上から、
であるとき、定理 7.11(正規直交化)の主張が成り立つことが確かめられました。r = 1 r = 1
(2)r > 1 r \gt 1 の場合の証明
- 数学的帰納法により、
を満たす、1 ⩽ s < r 1 \leqslant s \lt r 個のベクトルに関して定理 7.11(正規直交化)が成り立つと仮定し、s s 個のベクトルについても、同様に定理 7.11が成り立つことを示します。s + 1 s+1
帰納法の仮定
- 帰納法の仮定は、
を満たす、1 ⩽ s < r 1 \leqslant s \lt r 個のベクトルs s に対して、次が成り立つことです。v 1 , ⋯ , v s \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{s} - 正規直交系
が存在する。u 1 , ⋯ , u s \bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{s} が成り立つ。⟨ u 1 , ⋯ , u s ⟩ = ⟨ v 1 , ⋯ , v s ⟩ \langle \, \bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{s} \, \rangle = \langle \, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{s} \, \rangle
- 正規直交系
- いま、
個のベクトルs + 1 s + 1 のうち、v 1 , ⋯ , v s + 1 \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{s+1} 個のベクトルs s が上記(帰納法の仮定)を満たすとします。v 1 , ⋯ , v s \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{s}
s s 個のベクトルと直交するベクトル
個目のベクトルs + 1 s + 1 に対して、次のようなv s + 1 \bm{v}_{s+1} を考えます。u s + 1 \bm{u}_{s+1} v s + 1 ′ = v s + 1 − ∑ i ( v s + 1 ⋅ u i ) u i u s + 1 = v s + 1 ′ ∥ v s + 1 ′ ∥ \begin{align*} \bm{v}^{\prime}_{s+1} &= \bm{v}_{s+1} - \displaystyle \sum_{i} \, (\bm{v}_{s+1} \cdot \bm{u}_{i}) \, \bm{u}_{i} \tag{ } \\ \bm{u}_{s+1} &= \frac{\, \bm{v}^{\prime}_{s+1} \,}{\, \lVert \, \bm{v}^{\prime}_{s+1} \, \rVert \,} \tag{∗ \ast } \end{align*}∗ ∗ \ast \ast これらの式は、(
)まず∗ \ast のいずれにも直交するベクトルu 1 , ⋯ , u s \bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{s} を作った後で、(v s + 1 ′ \bm{v}^{\prime}_{s+1} )ノルムが∗ ∗ \ast \ast に等しくなるように整えて(正規化して)1 1 を作るという考え方に則っています。u s + 1 \bm{u}_{s+1} 特に、
のいずれにも直交するベクトルを作る操作は、次のように幾何ベクトルの場合について考えるとイメージしやすいです。u 1 , ⋯ , u s \bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{s}

すなわち、
とu 1 \bm{u}_{1} が張る平面u 2 \bm{u}_{2} に対してπ \pi の正射影を求めてv 3 \bm{v}_{3} とその正射影の差を取ることで、v 3 \bm{v}_{3} とu 1 \bm{u}_{1} の何れにも直交するベクトルu 2 \bm{u}_{2} を作ります。v 3 ′ \bm{v}^{\prime}_{3} ここで、
の平面v 3 \bm{v}_{3} への正射影はπ \pi により表されます。したがって、( v 3 ⋅ u 1 ) u 1 + ( v 3 ⋅ u 2 ) u 2 (\bm{v}_{3} \cdot \bm{u}_{1}) \, \bm{u}_{1} + (\bm{v}_{3} \cdot \bm{u}_{2}) \, \bm{u}_{2} は、次のようになります。v 3 ′ \bm{v}^{\prime}_{3} v 3 ′ = v 3 − { ( v 3 ⋅ u 1 ) u 1 + ( v 3 ⋅ u 2 ) u 2 } \begin{align*} \bm{v}^{\prime}_{3} &= \bm{v}_{3} - \{\, (\bm{v}_{3} \cdot \bm{u}_{1}) \, \bm{u}_{1} + (\bm{v}_{3} \cdot \bm{u}_{2}) \, \bm{u}_{2} \, \} \end{align*} 更に、
のノルムがv 3 ′ \bm{v}^{\prime}_{3} になるよう正規化することで、1 1 が得られるというわけです。u 3 \bm{u}_{3} u 3 = v 3 ′ ∥ v 3 ′ ∥ \begin{align*} \bm{u}_{3} &= \frac{\, \bm{v}^{\prime}_{3} \,}{\, \lVert \, \bm{v}^{\prime}_{3} \, \rVert \,} \end{align*}
生成する部分空間が等しいことの証明
(
)式と(∗ \ast )式より、∗ ∗ \ast \ast はu s + 1 \bm{u}_{s+1} とu 1 , ⋯ , u s \bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{s} の線型結合により表されるので、次が成り立ちます。v s + 1 \bm{v}_{s+1} ⟨ u 1 , ⋯ , u s , u s + 1 ⟩ = ( i ) ⟨ u 1 , ⋯ , u s , v s + 1 ⟩ = ( ii ) ⟨ v 1 , ⋯ , v s , v s + 1 ⟩ \begin{align*} \langle \, \bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{s}, \bm{u}_{s+1} \, \rangle &\overset{(\text{i})}{=} \langle \, \bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{s}, \bm{v}_{s+1} \, \rangle \\ &\overset{(\text{ii})}{=} \langle \, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{s}, \bm{v}_{s+1} \, \rangle \end{align*} - (
)i \text{i} はu s + 1 \bm{u}_{s+1} とu 1 , ⋯ , u s \bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{s} の線型結合により表されます。v s + 1 \bm{v}_{s+1} - (
)帰納法の仮定より、ii \text{ii} が成り立ちます。⟨ u 1 , ⋯ , u s ⟩ = ⟨ v 1 , ⋯ , v s ⟩ \langle \, \bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{s} \, \rangle = \langle \, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{s} \, \rangle
- (
これは、
が生成する部分空間と、v 1 , ⋯ , v s , v s + 1 \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{s}, \bm{v}_{s+1} が生成する部分空間が等しいことを意味しています。u 1 , ⋯ , u s , u s + 1 \bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{s}, \bm{u}_{s+1} すなわち、
の場合について、(7.2.5)式が成り立つことが示されました。s + 1 s + 1
正規直交系であることの証明
同様に、(
)式と(∗ \ast )式より、∗ ∗ \ast \ast が正規直交系となることを確かめます。u 1 , ⋯ , u s , u s + 1 \bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{s}, \bm{u}_{s+1} いま、
について、次が成り立ちます。1 ⩽ i ⩽ s 1 \leqslant i \leqslant s u s + 1 ⋅ u i = ( i ) 1 ∥ v s + 1 ′ ∥ v s + 1 ′ ⋅ u i = ( ii ) 1 ∥ v s + 1 ′ ∥ { v s + 1 ⋅ u i − ∑ j ( v s + 1 ⋅ u j ) u j ⋅ u i } = ( iii ) 1 ∥ v s + 1 ′ ∥ { v s + 1 ⋅ u i − ∑ j ( v s + 1 ⋅ u j ) δ i j } = ( iv ) 1 ∥ v s + 1 ′ ∥ { v s + 1 ⋅ u i − v s + 1 ⋅ u i } = ( v ) 0 1 ∥ v ∥ \begin{align*} \bm{u}_{s+1} \cdot \bm{u}_{i} &\overset{(\text{i})}{=} \frac{\, 1 \,}{\, \lVert \, \bm{v}^{\prime}_{s+1} \, \rVert \,} \; \bm{v}^{\prime}_{s+1} \cdot \bm{u}_{i} \\ &\overset{(\text{ii})}{=} \frac{\, 1 \,}{\, \lVert \, \bm{v}^{\prime}_{s+1} \, \rVert \,} \Big\{\, \bm{v}_{s+1} \cdot \bm{u}_{i} - \displaystyle \sum_{j} \, (\bm{v}_{s+1} \cdot \bm{u}_{j}) \, \bm{u}_{j} \cdot \bm{u}_{i} \,\Big\} \\ &\overset{(\text{iii})}{=} \frac{\, 1 \,}{\, \lVert \, \bm{v}^{\prime}_{s+1} \, \rVert \,} \Big\{\, \bm{v}_{s+1} \cdot \bm{u}_{i} - \displaystyle \sum_{j} \, (\bm{v}_{s+1} \cdot \bm{u}_{j}) \, \delta_{ij} \,\Big\} \\ &\overset{(\text{iv})}{=} \frac{\, 1 \,}{\, \lVert \, \bm{v}^{\prime}_{s+1} \, \rVert \,} \Big\{\, \bm{v}_{s+1} \cdot \bm{u}_{i} - \bm{v}_{s+1} \cdot \bm{u}_{i} \,\Big\} \\ &\overset{(\text{v})}{=} 0 \vphantom{\, \frac{\, 1 \,}{\, \lVert \, \bm{v} \, \rVert \,} \,} \end{align*} (
)、(i \text{i} )ii \text{ii} に対して(u s + 1 \bm{u}_{s+1} )式と(∗ \ast )式を適用することで得られます。∗ ∗ \ast \ast (
)帰納法の仮定より、iii \text{iii} は正規直交系であるので、u 1 , ⋯ , u s \bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{s} ついて次が成り立ちます(正規直交系の性質)。1 ⩽ i ⩽ s 1 \leqslant i \leqslant s u i ⋅ u j = δ i j = { 1 ( i = j ) 0 ( i ≠ j ) \begin{align*} \bm{u}_{i} \cdot \bm{u}_{j} &= \delta_{ij} \\ &= \left\{ \begin{array} {cc} 1 & (\, i = j \,) \\ 0 & (\, i \neq j \,) \end{array} \right. \end{align*} (
)結局、iv \text{iv} とu i \bm{u}_{i} の内積はu j \bm{u}_{j} の項しか残らず、これも、第i = j i = j 項と打ち消し合って1 1 となります。u s + 1 ⋅ u i = 0 \bm{u}_{s+1} \cdot \bm{u}_{i} = 0
一方で、(
)式より、∗ ∗ \ast \ast が成り立ちます。したがって、u s + 1 ⋅ u s + 1 = 1 \bm{u}_{s+1} \cdot \bm{u}_{s+1} = 1 は正規直交系であるといえます。u 1 , ⋯ , u s , u s + 1 \bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{s}, \bm{u}_{s+1} 以上から、
は正規直交系でありu 1 , ⋯ , u s , u s + 1 \bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{s}, \bm{u}_{s+1} が成り立つことが示されました。⟨ u 1 , ⋯ , u s , u s + 1 ⟩ = ⟨ v 1 , ⋯ , v s , v s + 1 ⟩ \langle \, \bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{s}, \bm{u}_{s+1} \, \rangle = \langle \, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{s}, \bm{v}_{s+1} \, \rangle すなわち、
個のベクトルについても定理 7.11(正規直交化)が成り立つことが示されましたので、帰納法により題意が示されたことになります。s + 1 s+1
まとめ
を計量ベクトル空間とする。V V の線型独立なベクトルの組V V に対して、正規直交系であり、v 1 , ⋯ , v r \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{r} について次を満たすベクトルの組1 ⩽ i ⩽ r 1 \leqslant i \leqslant r が存在する。u 1 , ⋯ , u r \bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{r} ⟨ u 1 , ⋯ , u r ⟩ = ⟨ v 1 , ⋯ , v r ⟩ \begin{align*} \langle \, \bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{r} \, \rangle = \langle \, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{r} \, \rangle \end{align*} - すなわち、計量ベクトル空間において、任意の線型独立なベクトルの組から、正規直交系を作ることができる。
参考文献
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