計量同型写像の定義
計量を保つ線型写像であり全単射であるものを、計量同型写像といいます。
ここでは、計量同型写像を定義するとともに、ある写像が計量同型写像であることと同値な条件を示します。
計量同型写像の定義#
まず、計量同型写像の定義を示します。
定義 7.8(計量同型写像)#
V,W を計量ベクトル空間、f:V→W を線形写像とする。f が V から W への同型写像であり、かつ、計量を保つとき、f を V から W への計量同型写像という。
また、V から W への計量同型写像が存在するとき、V と W は計量同型であるという。
計量同型写像とは#
計量同型写像とは、計量を保つ同型写像です。
ある写像 f が同型写像であるならば、f は線型写像であり、かつ全単射です(同型写像の定義)。また、写像 f が計量を保つならば、f は線型写像であり、かつ内積の値を保存します(計量を保つ線型写像の定義)。
したがって、写像 f が計量同型であるということは、f が次の 3 つの条件を満たすということに他なりません。
(
i)
線型写像である。
(
ii)全単射である。
(
iii)内積の値を保存する。
特に、条件(iii)は、任意の x,y∈V について、次が成り立つことと同値です。
f(x)⋅f(y)=x⋅y 計量同型であるための条件(定義)#
下記の定理 7.17(計量同型であることと同値な条件)に示すように、ある写像が計量同型写像であることと同値な条件には、様々な表現があります。
しかしながら、計量同型写像の定義は、あくまで上記の条件(i)∼(iii)を満たすことです。
計量同型であるための条件#
次に、ある写像が計量同型写像であることと同値な条件(必要十分条件)を示します。
定理 7.17(計量同型であることと同値な条件)#
V,W を次元の等しい計量ベクトル空間、f:V→W を線形写像とすると、次の 4 つの条件は互いに同値である。
(
1)
f は計量同型写像である。
(
2)
f は内積の値を保存する。
(
3)
f はノルムの値を保存する。
(
4)
f は単位ベクトルを単位ベクトルに移す。
計量同型であることと同値な条件#
定理 7.17(計量同型であることと同値な条件)は、ある写像が、計量同型であることと同値な条件を示すものです。
前提条件#
定理 7.17(計量同型であることと同値な条件)において、次の 2 つの条件は前提となっています。
- f の定義域と値域にあたる計量ベクトル空間 V と W の次元が等しいこと。
- f が線型写像であること、すなわち f が和とスカラー倍の演算を保存すること。
特に、V と W の次元が等しいことは、V と W が同型であるための必要条件です(定理 4.41(ベクトル空間が同型であることと同値な条件))。逆にいえば、V と W の次元が異なるとき、V と W は同型になり得ません。
このような前提条件の下、次の 4 つの条件は互いに同値となります。
(1)計量同型であること(定義)#
条件(1)は、計量同型写像の定義の条件そのものです。つまり、条件(1)は、上記の定義の条件(i)∼(iii)に更に分解できます。
(
i)
線型写像である。
(
ii)全単射である。
(
iii)内積の値を保存する。
ただし、定理 7.17(計量同型であることと同値な条件)では、f が線形写像であることは前提条件である点に注意が必要です。
(2)計量を保つ線形写像であること#
条件(2)は、写像 f が計量を保つことを表しています。これは、任意の x,y∈V について f(x)⋅f(y)=x⋅y が成り立つということに他なりません(計量を保つ線型写像)。
(3)長さを保つ線形写像であること#
条件(3)は、写像 f が長さを保つことを表しています。これは、任意の x∈V について ∥f(x)∥=∥x∥ が成り立つということに他なりません(長さを保つ線型写像の定義)。
定理 7.15(計量を保つ線型写像)より、条件(2)と条件(3)が同値であることは既に示されています。
(4)単位ベクトルの像が単位ベクトルであること#
条件(4)は、単位ベクトルの像が単位ベクトルであることを表しています。
ここで、単位ベクトルとは、ノルムが 1 であるベクトルのことです。f が単位ベクトルを単位ベクトルに移すということは、任意の x∈V について ∥x∥=1 ならば ∥f(x)∥=1 が成り立つということに他なりません。
定義より(1)⇒(2)は明らか。また、定理 7.15(計量を保つ線型写像)より(2)⇔(3)が成り立つ。
よって、まず(2)⇒(1)を示す。定理 7.16(計量を保つ線型写像の単射性)より、f が計量を保つならば f は単射である。したがって、dimV=n として、v1,⋯,vn を V の基底とすると、f(v1),⋯,f(vn)∈W について、次が成り立つ。
⇒⇒⇒c1f(v1)+⋯+cnf(vn)=0f(c1v1+⋯+cnvn)=0c1v1+⋯+cnvn=0c1=⋯=cn=0 よって、f(v1),⋯,f(vn) は線型独立である。また、定理の仮定より dimW=dimV=n であるから、定理 4.32(次元が明らかな場合の基底の条件)より、f(v1),⋯,f(vn) は W の基底である。このとき、任意の w∈W は、f(v1),⋯,f(vn) の線型結合として表すことができ、次が成り立つ。
w=d1f(v1)+⋯+dnf(vn)=f(d1v1+⋯+dnvn) これに対して、f(v)=w を満たす v=d1v1+⋯+dnvn が存在するから、f は全射である。したがって(2)⇒(1)が成り立つ。
次に(3)⇔(4)を示す。長さを保つ線形写像の定義より(3)⇒(4)は明らか。逆に、f が単位ベクトルを単位ベクトルに移すとすると、任意の v=0 に対して、v′=∥v∥v は単位ベクトルであり、次が成り立つ。
∥f(v′)∥=f(∥v∥v)=∥v∥1f(v)=∥v∥1∥f(v)∥=1() よって、∥f(v)∥=∥v∥ が成り立つ。したがって(4)⇒(3)が成り立つ。以上から(1)∼(4)は同値である。□
証明の考え方#
計量同型写像の定義より(1)⇒(2)は明らかといえます。また、定理 7.15(計量を保つ線型写像)より(2)⇔(3)は既に示されています。よって、(2)⇒(1)と(3)⇔(4)をそれぞれ示す必要があります。
(2)⇒(1)の証明#
- (2)f が内積の値を保存することを仮定し、(1)f が計量同型写像であることを導きます。
- 計量同型写像の定義にしたがって、f が計量を保つ線形写像であり、かつ全単射であることを確かめます。
前提事項の確認#
- 定理の仮定より、f が計量を保つ線型写像であることは明らかです。
- また、定理 7.16(計量を保つ線型写像の単射性)より、計量を保つ線型写像は単射であるので、f は単射であるといえます。
- したがって、あとは f が全射であることを確かめれば、f が計量同型であることが示されたことになります。
全射性の証明#
全射の定義にしたがって、任意の w∈W に対して f(v)=w となるような v∈V が存在することを確かめます。
v1,⋯,vn を V の基底として、v1,⋯,vn の f による像 f(v1),⋯,f(vn) が W の基底になることを示します。ここで、V の次元を n とおいています(dimV=n)。
いま、f(v1),⋯,f(vn) の線型関係を考えると、f が線型写像であることから、次が成り立ちます。
⇔c1f(v1)+⋯+cnf(vn)=0f(c1v1+⋯+cnvn)=0 f は単射であるので、定理 4.12(線型写像と単射)より、Kerf={0} であるため、次が成り立ちます。
⇒f(c1v1+⋯+cnvn)=0c1v1+⋯+cnvn=0 また、v1,⋯,vn は V の基底であり線型独立なので、自明でない線型関係をもたず、次が成り立ちます。
⇒c1v1+⋯+cnvn=0c1=⋯=cn=0 以上から、f(v1),⋯,f(vn) について、次が成り立ちます。よって、f(v1),⋯,f(vn) は線型独立であるといえます。
⇒c1f(v1)+⋯+cnf(vn)=0c1=⋯=cn=0
定理の仮定より、V と W の次元は等しく、dimV=dimW=n となります。
また、f(v1),⋯,f(vn)∈W は n 個の線型独立なベクトルであるから、定理 4.32(次元が明らかな場合の基底の条件)より、f(v1),⋯,f(vn) は W の基底であるといえます。
このとき、任意の w∈W は f(v1),⋯,f(vn) の線型結合として表すことができ、f が線型写像であることから、次が成り立ちます。
w=d1f(v1)+⋯+dnf(vn)=f(d1v1+⋯+dnvn) - v1,⋯,vn は V の基底であるので、v=d1v1+⋯+dnvn となる v∈V が存在するといえます。
以上から、任意の w∈W に対して f(v)=w を満たす v∈V が存在することが確かめられました。よって、f は全射であるといえます。
これにより(2)⇒(1)が示されたことになります。
(3)⇔(4)の証明#
- (3)f がノルムの値を保存することと、(4)f が単位ベクトルを単位ベクトルに移すことの同値性を証明します。
(3)⇒(4)の証明#
長さを保つ線型写像の定義より(3)⇒(4)は明らかといえます。
定理の仮定より、f は長さを保つので、任意の v∈V について ∥f(v)∥=∥v∥ が成り立ちます。
したがって、∥v∥=1 とすると、次が成り立ちます。
∥f(v)∥=∥v∥=1 - これは、f による単位ベクトル(ノルムが 1 のベクトル)の像が単位ベクトル(ノルムが 1 のベクトル)であることを表す式に他なりません。
以上から(3)⇒(4)が成り立つといえます。
(3)⇐(4)の証明#
- 逆に、(4)f が単位ベクトルを単位ベクトルに移すことを仮定して、(3)f がノルムの値を保存すること、すなわち、任意の v∈V について、∥f(v)∥=∥v∥ が成り立つことを示します。
v=0 の場合#
v=0 であるとすると、任意の v(=0) に対して v′=∥x∥v が存在するといえます。
このとき、v′ は単位ベクトルであり、次が成り立ちます。
∥f(v′)∥=(i)f(∥v∥v)=(ii)∥v∥1f(v)=(iii)∥v∥1∥f(v)∥=(iv)1() - (ii)ノルムの定義より、∥v∥ は実数であり、v=0 ならば ∥v∥>0 が成り立ちます(定理 7.4(ベクトルのノルム))。
- また、f は線型写像なので、f(∥v∥v)=∥v∥1f(v) が成り立ちます。
- (iii)同様に、定理 7.4(ベクトルのノルム)より、∥cv∥=∣c∣∥v∥ が成り立ちます。
- 特に、いま ∥v∥ が実数なので、∥v∥1=∥v∥1 となります。
したがって(上記の(iv)より)、任意の v=0 について、∥f(v)∥=∥v∥ が成り立つことが確かめられました。
これは、任意の v=0 について、f がノルムの値を保存することを表しています。
v=0 の場合#
v=0 の場合 ∥f(v)∥=∥v∥ が成り立つことは明らかといえます。
まず、f が線型写像であることから f(0)=0 となります(定理 4.9(零ベクトルの像))。
また、ノルムの定義より、零ベクトル 0 のノルムの値は 0 に等しく、∥0∥=0 となります。
したがって、v=0 のとき、∥f(v)∥ と ∥v∥ はそれぞれ 0 に等しく、∥f(v)∥=∥v∥ が成り立ちます。
∥f(v)∥∥v∥=∥f(0)∥=∥0∥=0,=∥0∥=0 以上から、任意の v∈V について ∥f(v)∥=∥v∥ が成り立ちます。
よって(4)⇒(3)が成り立つといえます。
まとめ#
- V,W を計量ベクトル空間、f:V→W を線形写像とする。f が V から W への同型写像であり、かつ、計量を保つとき、f を V から W への計量同型写像という。
- V から W への計量同型写像が存在するとき、V と W は計量同型であるという。
- f が計量同型であるということは、f が次の 3 つの条件を満たすということに他ならない。
(
i)
線型写像である。
(
ii)全単射である。
(
iii)内積の値を保存する。
- V,W を次元の等しい計量ベクトル空間、f:V→W を線形写像とすると、次の 4 つの条件は互いに同値である。
(
1)
f は計量同型写像である。
(
2)
f は内積の値を保存する。
(
3)
f はノルムの値を保存する。
(
4)
f は単位ベクトルを単位ベクトルに移す。
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
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[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
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[13] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2002.
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初版:2023-11-29 | 改訂:2025-03-30