写像の合成と逆写像
恒等写像とは、任意の元を自身に対応させる写像です。合成写像とは、$2$ つの写像により定義される写像であり、逆写像とは、ある写像の逆対応であり写像であるものです。
ここでは、恒等写像・合成写像・逆写像を定義するとともに、その基本的な性質を示します。
恒等写像の定義
まず、恒等写像の定義を示します。
定義 A.3(恒等写像)
集合 $A$ から $A$ への写像 $f$ で、任意の $a \in A$ に対して $f(a) = a$ となるものを $A$ の恒等写像($\text{identity}$ $\text{mapping}$)といい、$\text{id}_A$ と表す。
解説
恒等写像とは:任意の元を自身に移す写像
恒等写像とは、任意の元を自身に対応させるような写像です。
恒等写像の基本的性質
集合 $A$ の恒等写像により、$A$ の任意の元 $a$ は $a$ 自身に移されます。このことは、より簡潔に、次のように表せます。
上記の定義のように、集合 $A$ 上で定義されている恒等写像であることを明確に表したい場合に $A$ の恒等写像といいます。特に誤解の恐れがない場合は、単に、恒等写像ということもあります。
合成写像の定義
次に、合成写像の定義を示します。
定義 A.4(合成写像)
$A, B, C$ を集合として、$f : A \to B,$ $g : B \to C$ を写像とする。任意の $a \in A$ に対して $g(f(a)) \in C$ を対応させる写像を、$f$ と $g$ の合成写像($\text{composed}$ $\text{mapping}$)といい、$g \circ f$ と表す。
解説
合成写像とは:$2$ つの写像により定義される写像
合成写像とは、$2$ つの写像の合成により定義される写像です。
集合 $A$ の元 $a$ に対して、写像 $f$ により $B$ の元 $f(a)$ が定まります。更に、この $f(a)$ に対して、写像 $g$ により $C$ の元 $g(f(a))$ が定まります。ここで、$f$ と $g$ はともに写像であるため、任意の $A$ の元 $a$ に対して $C$ の元 $g(f(a))$ がただ $1$ つに定まります。
したがって、このような集合 $A$ の元 $a$ から集合 $C$ の元 $g(f(a))$ への対応は、 写像であるための条件を満たしています。
合成写像の基本的性質
$f$ と $g$ の合成写像 $g \circ f$ による、集合 $A$ から $C$ への対応は、より簡潔に、次のように表せます。
すなわち、任意の $a \in A$ は、合成写像 $g \circ f : A \to C$ により $g(f(a)) \in C$ に移ります。
合成写像のイメージ
$2$ つの写像 $f : A \to B$ と $g : B \to C$ の合成写像 $g \circ f : A \to C$ による、集合 $A$ の元から集合 $C$ の元への対応は、次のように図示できます。

逆写像の定義
最後に、恒等写像と合成写像を用いて、逆写像を定義します。
定義 A.5(逆写像)
$A, B$ を集合として、$f : A \to B,$ $g : B \to A$ を写像とする。$g \circ f = \text{id}_A$ かつ $f \circ g = \text{id}_B$ であるとき、$f$ と $g$ は互いの逆写像($\text{inverse}$ $\text{mapping}$)であるといい、$g = f^{-1},$ $f = g^{-1}$ と表す。
解説
逆写像とは:ある写像の逆対応で、写像であるもの
逆写像とは、ある写像の逆対応であり、写像であるものです。
ある写像 $f$ に対して写像 $g$ が存在し、合成写像 $g \circ f$ が恒等写像であるとき、$g$ を $f$ の逆写像と呼び、$g = f^{-1}$ のように表します。
逆写像の基本的性質
集合 $A$ から $B$ への写像 $f$ と、その逆写像 $f^{-1}$ について、次が成り立ちます。
合成写像 $g \circ f,$ $f \circ g$ がそれぞれ恒等写像になるということは、任意の $A$ の元 $a \in A$ が、$f$ により $f(a) \in B$ に移り、さらに $g$ により $a \in A$ に戻ってくるということです。任意の $B$ についても同様です。
逆写像のイメージ
ある写像 $f : A \to B$ とその逆写像 $f^{-1} : B \to A$ による、集合 $A$ の元と集合 $B$ の対応は、次のように図示できます。

逆写像の逆写像はもとの写像
いま、写像 $g$ が $f$ の逆写像であるとすると、写像 $f$ は $g$ の逆写像でもあり、合成写像 $f \circ g$ も恒等写像となります。
つまり、逆写像の逆写像はもとの写像であるといえます。
逆写像を持つための条件
すべての写像が逆写像を持つわけではありません。
ある写像 $f$ が逆写像を持つ($f$ の逆対応が写像である)ためには、$f$ が 全単射であることが必要にして十分です( 定理 A.1(逆写像を持つことと同値な条件))。
写像の逆対応は必ずしも写像ではない
前項の例に示したような、平仮名と母音の対応(写像)は、逆写像を持たないような写像の $1$ つです。
この例において考察したように、具体的に与えられた写像の逆対応は、必ずしも写像ではありません(前項の例の 考察を参照)。
逆写像を持たない写像
ここでは、 前項の例を一般化し、逆写像を持たない写像とはどのような写像であるか考えます。
いま、$f : A \to B$ を写像として、$a_1 \neq a_2 \wedge f(a_1) = f(a_2)$ となるような $a_1, a_2 \in A$ が存在するとします。つまり、$A$ の異なる元 $a_1, a_2$ の($f$ による)行き先が同じになるような場合です(下図を参照)。

このような場合、$f$ が逆写像を持たないことを、以下に確かめます。
背理法の仮定
$f$ の逆写像 $g$ が存在すると仮定します。すなわち、「 $g \circ f = \text{id}_A$ かつ $f \circ g = \text{id}_B$ となる写像 $g : B \to A$ が存在する」と仮定します。
合成写像と恒等写像の定義を用いた演繹
このとき、合成写像 $g \circ f$ について (a.1.6)式より、次が成り立ちます。
また、仮定より $g \circ f$ は恒等写像 $\text{id}_{A}$ に等しいので、 (a.1.5)式より、次が成り立ちます。
さらに、仮定より $g : B \to A$ は写像であるので、次が成り立ちます。これは、$g$ が写像であれば、同じ元 $f(a_1), f(a_2) \in B$ の行き先は同じであることを表しています( 写像の条件($\text{ii}$)一意性)。
矛盾の導出
以上から、
となりますが、これは $a_1 \neq a_2$ であることに矛盾します。
したがって、「 $g \circ f = \text{id}_A$ かつ $f \circ g = \text{id}_B$ となる写像 $g : B \to A$ は存在する」という仮定が否定されます。すなわち、$f$ の逆写像は存在しない、ということです。
つまり、写像 $f$ による行き先が同じ元 $a_1, a_2$ が存在すると、それぞれの像 $f(a_1),$ $f(a_2)$ を逆対応 $g$ により戻そうとしても、行き先がただ $1$ つに定まらないため、$g$ は写像になりえないということです。
逆対応が写像であるための条件
以上考察から、写像 $f$ が逆写像を持つためには、少なくとも単射である必要があることがわかります。
実は、写像 $f$ が逆写像を持つのは写像 $f$ が 全単射( 全射かつ 単射)である場合に限られます。このことは、単射および全射の概念を導入した後に改めて示します。
まとめ
集合 $A$ から $A$ への写像 $f$ で、任意の $a \in A$ に対して $f(a) = a$ となるものを $A$ の恒等写像といい、$\text{id}_A$ と表す。
- $A$ の恒等写像 $\text{id}_{A}$ について、次が成り立つ。$$ \begin{align*} {}^{\forall} a \in A, \quad \text{id}_{A} (a) = a \end{align*} $$
- $A$ の恒等写像 $\text{id}_{A}$ について、次が成り立つ。
$A, B, C$ を集合として、$f : A \to B,$ $g : B \to C$ を写像とする。任意の $a \in A$ に対して $g(f(a)) \in C$ を対応させる写像を、$f$ と $g$ の合成写像といい、$g \circ f$ と表す。
- $f$ と $g$ の合成写像 $g \circ f$ について、次が成り立つ。$$ \begin{align*} g \circ f \, (a) = g(f(a)) \end{align*} $$
- $f$ と $g$ の合成写像 $g \circ f$ について、次が成り立つ。
$A, B$ を集合として、$f : A \to B,$ $g : B \to A$ を写像とする。$g \circ f = \text{id}_A$ かつ $f \circ g = \text{id}_B$ であるとき、$f$ と $g$ は互いの逆写像であるといい、$g = f^{-1},$ $f = g^{-1}$ と表す。
$f$ とその逆写像 $f^{-1}$ について、次が成り立つ。
$$ \begin{align*} f^{-1} \circ f &= \text{id}_{A} \\ f \circ f^{-1} &= \text{id}_{B} \end{align*} $$すべての写像が逆写像を持つわけではない。
参考文献
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