写像の合成と逆写像
恒等写像とは、任意の元を自身に対応させる写像です。合成写像とは、2 つの写像により定義される写像であり、逆写像とは、ある写像の逆対応であり写像であるものです。
ここでは、恒等写像・合成写像・逆写像を定義するとともに、その基本的な性質を示します。
恒等写像の定義#
まず、恒等写像の定義を示します。
定義 A.3(恒等写像)#
集合 A から A への写像 f で、任意の a∈A に対して f(a)=a となるものを A の恒等写像(identity mapping)といい、idA と表す。
恒等写像とは:任意の元を自身に移す写像#
恒等写像とは、任意の元を自身に対応させるような写像です。
恒等写像の基本的性質#
集合 A の恒等写像により、A の任意の元 a は a 自身に移されます。このことは、より簡潔に、次のように表せます。
∀a∈A,idA(a)=a(a.1.5) 上記の定義のように、集合 AAA 上で定義されている恒等写像であることを明確に表したい場合に AAA の恒等写像といいます。特に誤解の恐れがない場合は、単に、恒等写像ということもあります。
合成写像の定義#
次に、合成写像の定義を示します。
定義 A.4(合成写像)#
A,B,CA, B, CA,B,C を集合として、f:A→B,f : A \to B,f:A→B, g:B→Cg : B \to Cg:B→C を写像とする。任意の a∈Aa \in Aa∈A に対して g(f(a))∈Cg(f(a)) \in Cg(f(a))∈C を対応させる写像を、fff と ggg の合成写像(composed\text{composed}composed mapping\text{mapping}mapping)といい、g∘fg \circ fg∘f と表す。
合成写像とは:222 つの写像により定義される写像#
合成写像とは、222 つの写像の合成により定義される写像です。
集合 AAA の元 aaa に対して、写像 fff により BBB の元 f(a)f(a)f(a) が定まります。更に、この f(a)f(a)f(a) に対して、写像 ggg により CCC の元 g(f(a))g(f(a))g(f(a)) が定まります。ここで、fff と ggg はともに写像であるため、任意の AAA の元 aaa に対して CCC の元 g(f(a))g(f(a))g(f(a)) がただ 111 つに定まります。
したがって、このような集合 AAA の元 aaa から集合 CCC の元 g(f(a))g(f(a))g(f(a)) への対応は、写像であるための条件を満たしています。
合成写像の基本的性質#
fff と ggg の合成写像 g∘fg \circ fg∘f による、集合 AAA から CCC への対応は、より簡潔に、次のように表せます。
g∘f (a)=g(f(a))
\begin{align*} \tag{a.1.6a.1.6a.1.6}
g \circ f \, (a) = g(f(a))
\end{align*}
g∘f(a)=g(f(a))(a.1.6) すなわち、任意の a∈Aa \in Aa∈A は、合成写像 g∘f:A→Cg \circ f : A \to Cg∘f:A→C により g(f(a))∈Cg(f(a)) \in Cg(f(a))∈C に移ります。
合成写像のイメージ#
222 つの写像 f:A→Bf : A \to Bf:A→B と g:B→Cg : B \to Cg:B→C の合成写像 g∘f:A→Cg \circ f : A \to Cg∘f:A→C による、集合 AAA の元から集合 CCC の元への対応は、次のように図示できます。
逆写像の定義#
最後に、恒等写像と合成写像を用いて、逆写像を定義します。
定義 A.5(逆写像)#
A,BA, BA,B を集合として、f:A→B,f : A \to B,f:A→B, g:B→Ag : B \to Ag:B→A を写像とする。g∘f=idAg \circ f = \text{id}_Ag∘f=idA かつ f∘g=idBf \circ g = \text{id}_Bf∘g=idB であるとき、fff と ggg は互いの逆写像(inverse\text{inverse}inverse mapping\text{mapping}mapping)であるといい、g=f−1,g = f^{-1},g=f−1, f=g−1f = g^{-1}f=g−1 と表す。
逆写像とは:ある写像の逆対応で、写像であるもの#
逆写像とは、ある写像の逆対応であり、写像であるものです。
ある写像 fff に対して写像 ggg が存在し、合成写像 g∘fg \circ fg∘f が恒等写像であるとき、ggg を fff の逆写像と呼び、g=f−1g = f^{-1}g=f−1 のように表します。
逆写像の基本的性質#
集合 AAA から BBB への写像 fff と、その逆写像 f−1f^{-1}f−1 について、次が成り立ちます。
f−1∘f=idAf∘f−1=idB(a.1.7)
\begin{align*}
f^{-1} \circ f &= \text{id}_{A} \\
f \circ f^{-1} &= \text{id}_{B}
\end{align*} \tag{a.1.7a.1.7a.1.7}
f−1∘ff∘f−1=idA=idB(a.1.7) 合成写像 g∘f,g \circ f,g∘f, f∘gf \circ gf∘g がそれぞれ恒等写像になるということは、任意の AAA の元 a∈Aa \in Aa∈A が、fff により f(a)∈Bf(a) \in Bf(a)∈B に移り、さらに ggg により a∈Aa \in Aa∈A に戻ってくるということです。任意の BBB についても同様です。
逆写像のイメージ#
ある写像 f:A→Bf : A \to Bf:A→B とその逆写像 f−1:B→Af^{-1} : B \to Af−1:B→A による、集合 AAA の元と集合 BBB の対応は、次のように図示できます。
逆写像の逆写像はもとの写像#
いま、写像 ggg が fff の逆写像であるとすると、写像 fff は ggg の逆写像でもあり、合成写像 f∘gf \circ gf∘g も恒等写像となります。
つまり、逆写像の逆写像はもとの写像であるといえます。
逆写像を持つための条件#
すべての写像が逆写像を持つわけではありません。
ある写像 fff が逆写像を持つ(fff の逆対応が写像である)ためには、fff が全単射であることが必要にして十分です。(このことは、後に改めて定理としてまとめます。)
写像の逆対応は必ずしも写像ではない#
前項の例に示したような、平仮名と母音の対応(写像)は、逆写像を持たないような写像の 111 つです。
この例において考察したように、具体的に与えられた写像の逆対応は、必ずしも写像ではありません(前項の例の考察を参照)。
逆写像を持たない写像#
ここでは、前項の例を一般化し、逆写像を持たない写像とはどのような写像であるか考えます。
いま、f:A→Bf : A \to Bf:A→B を写像として、a1≠a2∧f(a1)=f(a2)a_1 \neq a_2 \wedge f(a_1) = f(a_2)a1=a2∧f(a1)=f(a2) となるような a1,a2∈Aa_1, a_2 \in Aa1,a2∈A が存在するとします。つまり、AAA の異なる元 a1,a2a_1, a_2a1,a2 の(fff による)行き先が同じになるような場合です(下図を参照)。
このような場合、fff が逆写像を持たないことを、以下に確かめます。
背理法の仮定#
fff の逆写像 ggg が存在すると仮定します。すなわち、「 g∘f=idAg \circ f = \text{id}_Ag∘f=idA かつ f∘g=idBf \circ g = \text{id}_Bf∘g=idB となる写像 g:B→Ag : B \to Ag:B→A が存在する」と仮定します。
合成写像と恒等写像の定義を用いた演繹#
このとき、合成写像 g∘fg \circ fg∘f について(a.1.6)式より、次が成り立ちます。
g∘f(a1)=g(f(a1)) ,g∘f(a2)=g(f(a2))
\begin{align*}
g \circ f(a_1) &= g(f(a_1)) \, , \\
g \circ f(a_2) &= g(f(a_2))
\end{align*}
g∘f(a1)g∘f(a2)=g(f(a1)),=g(f(a2)) また、仮定より g∘fg \circ fg∘f は恒等写像 idA\text{id}_{A}idA に等しいので、(a.1.5)式より、次が成り立ちます。
g∘f(a1)=a1 ,g∘f(a2)=a2
\begin{align*}
g \circ f(a_1) &= a_1 \, , \\
g \circ f(a_2) &= a_2
\end{align*}
g∘f(a1)g∘f(a2)=a1,=a2 さらに、仮定より g:B→Ag : B \to Ag:B→A は写像であるので、次が成り立ちます。これは、ggg が写像であれば、同じ元 f(a1),f(a2)∈Bf(a_1), f(a_2) \in Bf(a1),f(a2)∈B の行き先は同じであることを表しています(写像の条件(ii\text{ii}ii)一意性)。
f(a1)=f(a2) ⇒ g(f(a1))=g(f(a2))
\begin{align*}
f(a_1) = f(a_2) \; \Rightarrow \; g(f (a_1)) = g(f (a_2))
\end{align*}
f(a1)=f(a2)⇒g(f(a1))=g(f(a2)) 矛盾の導出#
以上から、
a1=g∘f(a1)=g(f(a1))=g(f(a2))=g∘f(a2)=a2
\begin{split}
a_1 &= g \circ f (a_1) \\
&= g(f(a_1)) \\
&= g(f(a_2)) \\
&= g \circ f (a_2) \\
&= a_2 \\
\end{split}
a1=g∘f(a1)=g(f(a1))=g(f(a2))=g∘f(a2)=a2 となりますが、これは a1≠a2a_1 \neq a_2a1=a2 であることに矛盾します。
したがって、「 g∘f=idAg \circ f = \text{id}_Ag∘f=idA かつ f∘g=idBf \circ g = \text{id}_Bf∘g=idB となる写像 g:B→Ag : B \to Ag:B→A は存在する」という仮定が否定されます。すなわち、fff の逆写像は存在しない、ということです。
つまり、写像 fff による行き先が同じ元 a1,a2a_1, a_2a1,a2 が存在すると、それぞれの像 f(a1),f(a_1),f(a1), f(a2)f(a_2)f(a2) を逆対応 ggg により戻そうとしても、行き先がただ 111 つに定まらないため、ggg は写像になりえないということです。
逆対応が写像であるための条件#
以上考察から、写像 fff が逆写像を持つためには、少なくとも単射である必要があることがわかります。
実は、写像 fff が逆写像を持つのは写像 fff が全単射(全射かつ単射)である場合に限られます。このことは、単射および全射の概念を導入した後に改めて示します。
まとめ#
集合 AAA から AAA への写像 fff で、任意の a∈Aa \in Aa∈A に対して f(a)=af(a) = af(a)=a となるものを AAA の恒等写像といい、idA\text{id}_AidA と表す。
- AAA の恒等写像 idA\text{id}_{A}idA について、次が成り立つ。
∀a∈A,idA(a)=a
\begin{align*}
{}^{\forall} a \in A, \quad \text{id}_{A} (a) = a
\end{align*}
∀a∈A,idA(a)=a
A,B,CA, B, CA,B,C を集合として、f:A→B,f : A \to B,f:A→B, g:B→Cg : B \to Cg:B→C を写像とする。任意の a∈Aa \in Aa∈A に対して g(f(a))∈Cg(f(a)) \in Cg(f(a))∈C を対応させる写像を、fff と ggg の合成写像といい、g∘fg \circ fg∘f と表す。
- fff と ggg の合成写像 g∘fg \circ fg∘f について、次が成り立つ。
g∘f (a)=g(f(a))
\begin{align*}
g \circ f \, (a) = g(f(a))
\end{align*}
g∘f(a)=g(f(a))
A,BA, BA,B を集合として、f:A→B,f : A \to B,f:A→B, g:B→Ag : B \to Ag:B→A を写像とする。g∘f=idAg \circ f = \text{id}_Ag∘f=idA かつ f∘g=idBf \circ g = \text{id}_Bf∘g=idB であるとき、fff と ggg は互いの逆写像であるといい、g=f−1,g = f^{-1},g=f−1, f=g−1f = g^{-1}f=g−1 と表す。
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初版:2022-11-01 | 改訂:2025-06-06