参考文献

線型代数に関する記事の全体を通して、執筆の参考にした教科書は下記の通りです。

各教科書の特徴や気になる点を紹介し、論理構成や解説の丁寧さ、練習問題の量などの観点から比較します。学習の参考にしていただければ幸いです。

線型代数学の教科書

まずは、線型代数学の教科書を紹介します。


齋藤正彦 『線型代数入門』

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.

基礎情報

出版社東京大学出版会
出版年1966年
判型 / ページ数A5 / 292ページ

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概要

線型代数学の標準的な教科書。素直な章立てと論理展開で、重要事項が網羅されています。

丁寧な解説と豊富な具体例

定理の証明や解説は丁寧です。初版が1966年ということもあって、少し硬い表現に感じる箇所もありますが、全体的に読みやすいです。

「ベクトル空間」や「線型写像」など、抽象的な概念の定義には併せて豊富な具体例が記載されており、とても理解しやすいです。また、巻末の索引も詳しく、辞書的にも使えます。見出し項目に英名が併記されているのも、個人的には助かりました。

論理と計算のバランスが良い

論理が主であるものの、計算とのバランスもよく、章末の練習問題も豊富です。付録の略解は簡素ですが、大学の教科書としては、割としっかり(9ページ分)書かれている方だと思います。

また、同じ著者による演習書「線型代数演習(1985)」があり、セットで使うことができます。「線型代数入門」とほぼ同じ目次構成で、336ページとかなりの分量があります。
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特徴的な点

22 章「行列」と第 33 章「行列式」の分量が多く、抽象的なベクトルの概念を導入する、第 44 章「線型空間」より先に、行列の基本変形により階数を定義しています。これは、他の新しい教科書に比べて特徴的だと思います。「あとがき」を読むとわかるのですが、これには、時代的な背景もあるようです。

気になった点

「行列」と対応する「線型写像」に関する記載が若干離れています。例えば、ユニタリ行列の定義からユニタリ変換の定義までは、約60ページほど空きます。

復習時など、全体を俯瞰した上読む分にはよいのですが、初学の際は少し気を付ける必要があるかもしれません。



永田雅宣 他 『理系のための線型代数の基礎』

[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.

基礎情報

出版社紀伊國屋書店
出版年1986年
判型 / ページ数A5 / 246ページ

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概要

主要テーマごとに要点がまとまっている教科書です。証明や解説は簡潔ですが、わかりやすいです。

テーマごとのまとまりの良さ

各章のまとまりが良く、必要な内容が集約されています。例えば、「行列の標準化」は線型代数の様々な概念を動員するテーマですが、必要となる定義や定理がまとめて整理されており、読みやすいです。「行列と一次変換」や「連立一次方程式」なども同様です。

簡潔で要点を抑えた解説

定理の証明や解説は、簡潔で要点を抑えています。特に、行列の対角化に関連する定理やハミルトン・ケーリーの定理の証明などは(他の教科書に比べて)簡潔ではあるものの、大事な考え方が際立っており、個人的にはわかりやすかったです。

豊富な練習問題

練習問題が豊富で、解説も丁寧です。巻末の「略解とヒント」には35ページが割かれています。

特徴的な点

理学部の学生を主な対象としているだけあって、線型代数から数学の各分野への拡がりが意識されています。

各章に「研究」という節があり、応用例や発展的な内容が記載されています。特に、代数学への発展的な内容を含むものが多い印象です。個人的には、コラム的な「行列式の歴史」が面白かったです。

気になった点

かなり早い段階で(行列の定義より先に)ベクトル空間が定義されます。数ベクトル空間の自然な拡張としてベクトル空間が定義されますが、公理的な定義に慣れていないと、初学時には躓く人もいると思います。

私は学部一回生・前期の指定教科書が本書でしたが、やはり、「体」や「空間」の理解に苦しんだ記憶があります。一通り線型代数を勉強した後、復習として使う時の方がしっかり読めました。

また、発展的な内容が盛り込まれている反面、線型代数そのものの説明がコンパクトすぎるきらいがあります。特に、行列の標準形や Jordan\text{Jordan} 標準形に関する説明はちょっと少ないと思いました。

些細ですが、索引がアルファベット順で使いにくい気がします。「Cramer\text{Cramer} の公式(Cramer’s\text{Cramer’s} rule\text{rule})」が C\mathbf{C} の列にあるのはわかるのですが、「ベクトル(vector\text{vector})」が B\mathbf{B} の列、「ユニタリ行列(unitary\text{unitary} matrix\text{matrix})」が Y\mathbf{Y} の列にあるのは(個人的には)混乱しました。


川久保勝夫 『線形代数学 [新装版]』

[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.

基礎情報

出版社日本評論社
出版年2010年
(初版:1999年)
判型 / ページ数A5 / 376ページ

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概要

独自の章立てが特徴的な教科書。解説はかなり丁寧で、線型代数学の重要事項を網羅しています。

丁寧な解説と論理展開

定理の証明や解説は丁寧です。大学の教科書ではふつう省略されるような、途中の式展開が記載されており、理解の躓きを最小限にするよう工夫されています。

特に、「行列式の基本的性質」や「連立一次方程式の解法」、「行列の対角化」等については、途中式が細かく書かれています。初学時も迷うことはないと思います。

計算問題が豊富

練習問題が豊富で、特に計算問題が多いです。巻末の「解答とヒント」には33ページ割かれています。ただし(大学の教科書によくあるように)解答には誤りも含まれている点に注意する必要があります。

特徴的な点

章立てが独特です。「まえがき」にある通り、これは、著者が意図的に「人の思考順・学習する順」に全体を構成したものです。

関連する事項が近くに配置されているので、初めから最後まで、通して読み進めやすいです。反面、テーマごとのまとまりは悪く、例えば、「連立一次方程式の解法」は、第 55 章と第 88 章に分かれています(その間に「ベクトル空間」の章が挟まります)。そのため、体系的に整理されている教科書とはいい難いです。

気になった点

論理展開が丁寧な反面、定理が多すぎる感はあります。他の教科書では 11 つにまとまっている定理が、22 つ以上に分割されていたりします。また、同じ内容の定理が、実数の場合と複素数の場合とで別々になっていたりして、少し冗長です。

独自の構成をとっているため、他の教科書の記載との対応が取りづらい点も気になりました。

また、ベクトル空間の次元が一意に定まることを導く際の論理展開は少し独特で、行列式と線型独立なベクトルとの対応を利用する流れをとっています。次元の一意性の導出は、他の教科書の方が素直で理解しやすい論理展開だと思います。


松坂和夫 『線型代数入門 [新装版]』

[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.

基礎情報

出版社岩波書店
出版年2018年
(初版:1980年)
判型 / ページ数菊判 / 458ページ

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概要

詳細な解説と充実した内容を備えた教科書。初歩的な内容から、論理的な厳密さを備えた基礎理論まで対応しています。

圧倒的に充実した内容

線型代数の教科書としては、圧倒的に充実した内容の教科書です。初歩的な内容から導入が始まり、具体例も豊富に記載されています。定理の証明や解説も丁寧で、大変わかりやすいです。

約460ページと分量も多いですが、内容は体系的に整理されているので、どこから読んでも読みやすく、初学時も復習にも使いやすいです。

基礎的で厳密な論理展開

全体を通して論理的な厳密さが備わっており、論理の飛躍を感じることはほぼ無いです。

特に、「行列式の基礎理論」や「計量ベクトル空間の定義」などの、緻密な論理展開には惚れ惚れするほどです。他の教科書では、なんとなく読み飛ばしてしまう箇所も、なぜそのように定義するのか、定義の意味や必然性についてしっかり納得できるよう書かれています。

特徴的な点

はじめから、行列式を写像として定義している点は特徴的です。

他の多くの教科書では、置換の符号を用いて行列式を天下り的に定義した後、その基本的な性質(多重線型性など)について考察しています。これに対して、本書では、多重線型性と交代性を備えた写像として行列式を定義し、それが置換の符号により機械的に計算される値と一致することを確かめています。

初学時は読み飛ばすことが推奨されていますが、行列式がなぜあのような形で定義されるのか、しっかり納得できます。

気になった点

分量が多い分、やはり読むのに時間がかかります。また、圧倒的な分量にしては、練習問題が少ないかもしれません。巻末の「解答」は、計算問題に限って12ページ割かれています。


三宅敏恒 『線形代数学 初歩からジョルダン標準形へ』

基礎情報

出版社培風館
出版年2008年
判型 / ページ数A5 / 221ページ

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概要

要点を抑えたコンパクトな教科書。標準的な内容を網羅しつつ、簡潔にまとまっています。

簡潔で要点を抑えた解説

定理の証明や解説は、簡潔で要点を抑えています。定理の証明や例題の解答が1ページに収まるように工夫されており、全体的に読みやすいです。

証明のない定理もありますが、重要な事項には丁寧な証明や解説が付いています。例えば、「行列の簡約化」の説明や「対称行列の対角化」に関する定理の証明などは、他の教科書に比べてもわかりやすいです。

標準的な内容を網羅したコンパクトな構成

全221ページとコンパクトな教科書ですが、内容が薄い訳ではなく、タイトルの通り「行列」から「ジョルダン標準形」まで、線型代数の標準的な内容を網羅しています。

特徴的な点

同じ著者による類書がいくつかあり、学習状況や好みにより選べます。

本書の前身にあたる「入門 線形代数(1991)」は、全160ページと、更にコンパクトです。しかしながら、「複素ベクトル空間」や「ジョルダン標準形」など、いくつかの重要な章が抜け落ちています。
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また、「線形代数概論(2023)」は、本書の構成を継承しつつ、詳細な解説と多数の練習問題が加えられています。いくつかの定理は、証明の仕方も変わっています。反面、全412ページに増補されており、コンパクトさは失われています。
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気になった点

計量ベクトル空間に関する説明が、実ベクトルの場合(第 66 章「内積空間」 )と複素ベクトルの場合(第 99 章「エルミート空間」 )で分割されいる点は少し気になりました。

上記のような経緯から)後から第 99 章が書き足されたためと推察されますが、若干読みにくいです。


S. Lang 『Linear Algebra Third Edition』

[6] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.

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著名な数学者で、解析学の教科書でも有名なラング教授(イェール大学名誉教授)の教科書。

学部生向けの教科書ではあるものの、計算よりも理論に重点が置かれており、初学者向けの導入書というよりも、すでに行列や線形写像の基本を学んだ学生向けです。

同じ著者の入門書「Introduction to Linear Algebra(1986)」もありますが、こちらは、行列の標準化に関する内容が少なく、Jordan\text{Jordan} 標準形に関する記載はありません。
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T. Miyake 『Linear Algebra From the Beginnings to the Jordan Normal』

[7] T.Miyake. Linear Algebra. Springer. 2022.

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線形代数学 初歩からジョルダン標準形へ」と同じ著者による、英語で書かれた教科書。

内容的には、「線形代数学 初歩からジョルダン標準形へ」の構成を継承しつつ、詳細な解説と多数の練習問題が加えられたものです。同著者による「線形代数概論(2023)」とほぼ同じ内容(英語版)です。(英語で書かれた、本書の方が先に出版されています。)


代数学の教科書

次に、代数学の教科書を紹介します。これらは、あくまで、線型代数に関する記事を執筆する際に参考としたものです。

雪江明彦 『代数学 11 群論入門』

[8] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.

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代数学の標準的な教科書。名著として名高く、解説も丁寧でわかりやすいです。

11 章「集合論」は、線型代数を学ぶ上でも基礎となります。また、第 22 章「群論の基本」は、行列式の定義において、置換を扱う際に参考になります。

雪江明彦 『代数学 22 環と体とガロア理論』

[9] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.

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上記「代数学 11 群論入門」の続巻。分量は多いですが、相変わらず解説は丁寧でわかりやすいです。

ガロア理論がメインの本ですが、第 22 章「環上の加群」では、行列や行列式、ベクトル空間や加群の準同型(線型写像)等が詳しく解説されています。

代数学の目線から線型代数の概念がどのように整理されるかがわかります。これは、線型代数の学習にも非常に有効です。

桂利行 『代数学 I\text{I} 群と環』

[10] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.

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代数学の標準的な教科書。解説はコンパクトですが、具体例が豊富です。

主に、行列式の定義において、置換や巡回置換、対称群等の概念を扱う際に参考になります。

松坂和夫 『代数系入門』

[11] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.

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代数学の入門的な教科書。「線型代数入門」と同じ著者で、解説が丁寧で読みやすいです。整数や実数、複素数等の体系が意識された、特徴的な教科書でもあります。

44 章に「ベクトル空間、加群」という章があり、ベクトル空間や基底と次元、線型写像と行列、Jordan\text{Jordan} 標準形など、線型代数の概念が扱われています。

高木貞治 『代数学講義 [改訂新版]』

[12] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.

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古い代数学の教科書。初版が1930年というのもあり、他の新しい教科書とは構成が異なります。主に方程式論が扱われています。

55 章「対称式、置換」には、置換や巡回置換のわかりやすい解説があります。

88 章「行列式」では、行列式の起源から、定義や基本的性質、連立方程式の解法等についての詳しく解説されています。この章は大変面白く、「線型代数入門 [新装版]」のように、写像としての行列式の定義を理解するための参考になります。

ただし、定価5,900円と、結構値が張ります。まずは、図書館などで借りることをおすすめします。

S. Lang 『Algebra Revised Third Edition』

[13] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2002.

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大学院レベルの代数学の教科書。著者は「Linear Algebra Third Edition」と同じラング教授。

群、環、体、加群、ガロア理論、表現論、ホモロジー代数など、代数学の主要なトピックを網羅する名著として広く認知されています。内容は高度であるものの、解説はとても丁寧です。

全929ページと、かなり重厚な教科書であることと、圏論が意識された教科書であることは要注意です。

M. Artin 『Algebra Second Edition』

[13] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2002.

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線型代数と代数学を統合的に学べる教科書。著者はアルティン教授(MIT名誉教授)。

学部上級生から大学院初年度の学生を対象に広く用いられている教科書です。行列やベクトル空間といった線型代数の内容から、群、環、体、ガロア理論などの代数学の内容へスムーズに移行できます。演習問題も充実しており、理論と計算のバランスもいいと思います。


その他の参考文献

最後に、その他の参考文献を紹介します。

青本和彦 他 『数学入門辞典』

[15] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.

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数学用語がまとめられた辞典で、比較的新しいものです。入門といいつつ、充分な量の用語が集録されていると思います。本サイトの記事の執筆、校正・校閲の際に参考にしました。


初版:2025-04-17   |   改訂:2025-05-27