三角不等式
ベクトルに関する三角不等式を示します。すなわち、 つのベクトルの和の長さは、それぞれのベクトルの長さの和を超えません。
三角不等式は、ベクトルの和と長さに関する基本的で重要な不等式の つです。
三角不等式
定理 1.6(三角不等式)
任意の つのベクトル について、次が成り立つ。
解説
ベクトルの和と長さの関係(定理 1.6 の主張)
定理 1.6(三角不等式)は、 つのベクトルの和の長さが、それぞれのベクトルの長さの和を超えないことを表しています。
(1.2.6)式は、ベクトルの和と長さに関する重要な不等式であり、三角不等式( )と呼ばれます。
三角不等式の形式
三角不等式は、一般に、平面幾何において三角形の辺の長さに関する重要な関係を表す不等式です。(1.2.6)式は、これを平面上のベクトルを用いて表現したものともいえます。
平面幾何における三角不等式
平面幾何において、三角不等式は三角形の辺の長さに関する つの不等式として表されます。すなわち、平面上の三角形 の つの辺について、それぞれ次が成り立ちます。
ベクトルの三角不等式との対応
下図のように、有向線分 により定まるベクトルを 、有向線分 により定まるベクトルを とすると、 となり、(1.2.6)式 の不等式 は(1.2.7)式の 行目 をベクトルにより表したものとなります。

の つの辺とベクトルの対応( のうちどの つを に対応させるか)は任意に決めることができます。したがって、(1.2.6)式の不等式 は(1.2.7)式のすべての不等式を表し得ます。このような意味で、(1.2.6)式と(1.2.7)式は同等であるといえます。
三角不等式の証明方法
平面幾何における証明
平面幾何において三角不等式を証明するためには、先に、「三角形の外角定理」(三角形の外角は、内対角のいずれよりも大きい)や、「辺と対角の定理」(三角形において、大きい辺に対する内角は小さい辺に対する内角よりも大きい)を示す必要があります。
これらの定理は、「平行線の公理」(与えられた直線上に無い点を通り、与えられた直線に平行な直線がだだ つ存在する)を仮定せずに証明できるものの、一連の証明はそこそこ骨が折れます(記載量も多いです)。
内積の演算規則による証明
ここでは、定理 1.6(三角不等式)をあくまでベクトルの和と長さに関する不等式として捉えて、これまでに示してきたベクトルの性質や内積に関する考察に基づき、これを証明します。
下記の証明は、幾何的な考察に基づくものではなく、定理 1.4(内積の演算法則)と定理 1.5(シュワルツの不等式)を用いた証明です。
また、このことは、定理 1.6(三角不等式)が、(有向線分により定まる)幾何ベクトルだけでなく、抽象的なベクトル(計量ベクトル空間の元)についても成り立つことを示唆しています。(計量ベクトル空間において三角不等式が成り立つことは、定理 7.6(三角不等式)に改めて示します。)
証明
つのベクトル について、定理 1.5(シュワルツの不等式)より、 であることから、次が成り立つ。
いま、 かつ であるから、
証明の考え方
定理 1.4(内積の演算法則)と定理 1.5(シュワルツの不等式)を用います。
(1.2.6)式の両辺を
乗した2 2 を示すことを考えます。∥ a + b ∥ 2 ⩽ ( ∥ a ∥ + ∥ b ∥ ) 2 \lVert \, \bm{a} + \bm{b} \, \rVert^{2} \leqslant \left( \, \lVert \, \bm{a} \, \rVert + \lVert \, \bm{b} \, \rVert \, \right)^{2} つのベクトルの和2 2 のa + b \bm{a} + \bm{b} 乗について、次が成り立つことがわかります。2 2 ∥ a + b ∥ 2 = ( i ) ( a + b ) ⋅ ( a + b ) = ( ii ) ∥ a ∥ 2 + ∥ b ∥ 2 + 2 a ⋅ b ⩽ ( iii ) ∥ a ∥ 2 + ∥ b ∥ 2 + 2 ∥ a ∥ ∥ b ∥ = ( iv ) ( ∥ a ∥ + ∥ b ∥ ) 2 \begin{align*} \lVert \, \bm{a} + \bm{b} \, \rVert^{2} &\overset{(\text{i})}{=} (\bm{a} + \bm{b}) \cdot (\bm{a} + \bm{b}) \\ &\overset{(\text{ii})}{=} \lVert \, \bm{a} \, \rVert^{2} + \lVert \, \bm{b} \, \rVert^{2} + 2 \, \bm{a} \cdot \bm{b} \\ &\overset{(\text{iii})}{\leqslant} \lVert \, \bm{a} \, \rVert^{2} + \lVert \, \bm{b} \, \rVert^{2} + 2 \, \lVert \, \bm{a} \, \rVert \, \lVert \, \bm{b} \, \rVert \\ &\overset{(\text{iv})}{=} \left( \lVert \, \bm{a} \, \rVert + \lVert \, \bm{b} \, \rVert \right)^{2} \end{align*} (
)定理 1.4(内積の演算法則)によります。ii \text{ii} (
)定理 1.5(シュワルツの不等式)より、次が成り立ちます。iii \text{iii} a ⋅ b ⩽ ∣ a ⋅ b ∣ ⩽ ∥ a ∥ ∥ b ∥ \begin{align*} \bm{a} \cdot \bm{b} \leqslant \lvert \, \bm{a} \cdot \bm{b} \, \rvert \leqslant \lVert \, \bm{a} \, \rVert \, \lVert \, \bm{b} \, \rVert \end{align*} (
)iv \text{iv} の∥ a ∥ + ∥ b ∥ \lVert \, \bm{a} \, \rVert + \lVert \, \bm{b} \, \rVert 乗の形に因数分解します。2 2
これにより、(1.2.6)式の両辺を
乗した次の式が成り立つことが示されました。2 2 ∥ a + b ∥ 2 ⩽ ( ∥ a ∥ + ∥ b ∥ ) 2 \begin{gather*} \lVert \, \bm{a} + \bm{b} \, \rVert^{2} \leqslant \left( \lVert \, \bm{a} \, \rVert + \lVert \, \bm{b} \, \rVert \right)^{2} \end{gather*} ここで、
かつ∥ a + b ∥ ⩾ 0 \lVert \, \bm{a} + \bm{b} \, \rVert \geqslant 0 であることから、上式の両辺を∥ a ∥ + ∥ b ∥ ⩾ 0 \lVert \, \bm{a} \, \rVert + \lVert \, \bm{b} \, \rVert \geqslant 0 した次の式も成り立つといえます。1 2 \frac{\, 1 \,}{\, 2 \,} ∥ a + b ∥ ⩽ ∥ a ∥ + ∥ b ∥ \begin{gather*} \lVert \, \bm{a} + \bm{b} \, \rVert \leqslant \lVert \, \bm{a} \, \rVert + \lVert \, \bm{b} \, \rVert \end{gather*} 以上から、題意が示されました。
まとめ
任意の
つのベクトル2 2 について、次が成り立つ(三角不等式)。a , b \bm{a}, \bm{b} ∥ a + b ∥ ⩽ ∥ a ∥ + ∥ b ∥ \begin{equation*} \lVert \, \bm{a} + \bm{b} \, \rVert \leqslant \lVert \, \bm{a} \, \rVert + \lVert \, \bm{b} \, \rVert \end{equation*}
参考文献
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