置換の積
置換の積とは、2 つの置換の合成写像のことです。置換の積もまた置換となります。
ここでは、置換の積を定義するとともに、その計算方法を示します。置換の積により、置換の集合を群(対称群)として捉えることができるようになります。
置換の積の定義#
まず、置換の積の定義を示し、置換の積もまた 1 つの置換であることを確かめます。
定義 3.2(置換の積)#
M を集合として、σ,τ を M 上の置換とする。2 つの置換 σ と τ の合成写像を、σ と τ の積(product)といい、τσ と表す。
置換の積とは:2 つの置換の合成写像#
置換の積とは、2 つの置換の合成写像に他なりません。
前項でみたように、M 上の置換とは、M から M への全単射です(置換の定義)。したがって、2 つの置換 σ,τ に対して合成写像 τ∘σ が定義でき、この合成写像を 2 つの置換の積と呼ぶということです。
置換の積の表記#
2 つの置換 σ と τ の積は、τσ のように表します。
σ と τ の積 τσ では、σ と τ の合成写像 τ∘σ と同じ順に、σ と τ が並びます。置換の積が合成写像であることを考えれば、わかりやすいです。
置換の積もまた置換#
2 つの置換の積も、また 1 つの置換となります。このことは、置換の定義と全単射の性質から明らかといえます。
置換の積が置換であることの確認#
いま、M 上の置換全体の集合を S として、2 つの置換 σ,τ∈S に対して、置換の積 τσ が M 上の置換であることを確かめます。すなわち、次が成り立つことを確かめます。
σ,τ∈S⇒τσ∈S(3.1.3) まず、σ,τ は M上の置換であるので、σ,τ はともに M から M への写像となります(置換の定義)。よって、σ と τ の合成写像 τ∘σ が定義でき、τ∘σ は M から M への写像となります。つまり、置換の積 τσ は、M から M への写像であるということです。
同様に、σ,τ が M 上の置換であることから、σ,τ はともに全単射となります(置換の定義)。全単射の合成写像は全単射であるので、置換の積 τσ は全単射となります。
以上から、置換の積 τσ は M から M への写像であり、かつ全単射であることが確かめられました。したがって、τσ は M 上の置換であり、τσ∈S が成り立ちます。
置換の積の計算#
次に、具体的に与えられた置換の積を計算する方法と、その具体例を示します。
置換の積の計算方法#
Mn={1,2,⋯,n} として、σ,τ を Mn 上の 2 つの置換とする。
στ=(1σ(1)2σ(2)⋯⋯nσ(n)),=(1τ(1)2τ(2)⋯⋯nτ(n)) このとき、2 つの置換の積 τσ は、次のように表すことができる。
τσ=(1τ(σ(1))2τ(σ(2))⋯⋯nτ(σ(n)))(3.1.4)
置換の積の表記#
2 つの置換の積は、前項の置換の表記法にしたがって(3.1.3)式のように表せます。
このような表記は、置換の積が 2 つの置換の合成であることから明らかといえます。
計算手順#
(3.1.3)式は、具体的に与えられた置換の積の計算手順を示すものでもあります。
いま、Mn を n 文字の集合として、Mn 上の置換 σ,τ の積について考えます。このとき、2 つの置換の積 τσ が(3.1.3)式により表せることは、次のようにして確かめられます。
τσ=(i)(1τ(1)⋯⋯nτ(n))(1σ(1)⋯⋯nσ(n))=(ii)(σ(1)τ(σ(1))⋯⋯σ(n)τ(σ(n)))(1σ(1)⋯⋯nσ(n))=(iii)(1τ(σ(1))⋯⋯nτ(σ(n))) (i)対象となる置換の表記#
まず、2 つの置換 σ,τ を、それぞれ前項の置換の表記法により表して並べます。ここで、置換を並べる順序は、積の順序の通りです。
(ii)文字の対応の並び変え#
次に、置換 τ を、次のように変形します。
τ=(1τ(1)2τ(2)⋯⋯nτ(n))=(σ(1)τ(σ(1))σ(2)τ(σ(2))⋯⋯σ(n)τ(σ(n))) 前項に示した通り、Mn 上の置換は、Mn の要素(文字)がそれぞれどこに移るかによって決定されるため、要素(文字)の対応の組み合わせが変わらなければ、並び順を変えても問題ありません(置換の表記法)。
したがって、ここでは、置換 τ の表記において、上段を 1,⋯,n の順から σ(1),⋯,σ(n) の順に並び替えています。この並び替えに伴って、下段は τ(1),⋯,τ(n) の順から、τ(σ(1)),⋯,τ(σ(n)) の順になります。
12σ(1)↦τ(1),↦τ(2),⋮↦τ(σ(1)),⋮⇒σ(1)σ(2)σ(i)↦τ(σ(1)),↦τ(σ(2)),⋮↦τ(σ(i)),⋮ ここで、1 が τ(1) に移り、2 が τ(2) に移り、⋯ σ(1) が τ(σ1) に移り、⋯ という文字の対応関係は変わらず、並び順だけが変わっています。
(iii)1 つの置換として表記#
最後に、上記(ii)の結果を踏まえて表記を整理し、2 つの置換の積を 1 つの置換として表します。
上記(ii)では、積の第 1 項にあたる置換 τ を対象に変形を行います。(置換の積の第 1 項は、これを写像の合成と考えたときの第 2 関数、すなわち、後から適用される関数に対応します。)
これにより、第 1 項(並び替えた τ )の上段と、第 2 項( σ )の下段が一致しますので、これを 1 つの置換として書き直すことができます。
置換の積の計算(例)#
上記の計算方法にしたがって、具体的に与えられた置換の積を計算する例を示します。
M4 上の置換の積の計算#
例えば、M4 を 4 文字の集合として、σ,τ を、次のような M4 上の置換とします。
στ=(13223441),=(12213443) このとき、2 つの置換の積 τσ は、次のように表せます。
τσ=(i)(12213443)(13223441)=(ii)(34214312)(13223441)=(iii)(14213342)
上記の計算方法にしたがって、(i)対象となる置換の表記を並べて(ii)文字の対応を並び変え、(iii)1 つの置換として表すことで、置換の積が計算できます。
τσ=(i)(12213443)(13223441)=(ii)(34214312)(13223441)=(iii)(14213342) (i)対象となる置換の表記#
まず、2 つの置換 σ,τ を、それぞれ前項の置換の表記法により表し、積の順序に並べます。
(ii)文字の対応の並び変え#
次に、置換 τ を、次のように変形します。
τ=(12213443)=(34214312) この変形により、上下の文字の対応は変わりません。また、τ の上段の文字が、σ の下段の文字と同じ順に並ぶようにします。
1234↦2,↦1,↦4,↦3 (iii)1 つの置換として表記#
最後に、第 1 項(並び替えた τ )の上段と、第 2 項( σ )の下段が一致していることから、これを 1 つの置換として書き直します。
まとめ#
- M 上の 2 つの置換 σ,τ の合成写像を、σ と τ の積といい、τσ と表す。
- M上の 2 つの置換 σ, τ の積 τσ もまた M 上の 1 つの置換である。
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初版:2022-10-25 | 改訂:2025-06-19