Scisys-Math
La

文字の置換と差積（2）

前節に続き、行列式を定義する準備として、置換に対して一意に定まる置換の符号という概念を導入します。

ここでは、前項で定義した差積が交代式であり、任意の互換により正負が入れ替わることを示します。

差積の交代性

定理 3.4（差積の交代性）

任意の互換 σ\sigma に対して σΔ=−Δ\sigma \varDelta = - \varDelta が成り立つ。


解説

差積が交代式であることの証明

前項に示した通り、任意の互換に対して符号（正負）が変わる多項式を交代式といいます。

定理 3.4の主張は、差積が交代式であるということに他なりません。このことの証明は次のようになります。

証明

σ\sigma を nn 文字の互換とし、Δ\varDelta を nn 変数の差積とすると、σΔ\sigma \varDelta は次のようになる。

σΔ=σ∏1 ⩽ i < j ⩽ n(xi−xj)=∏1 ⩽ i < j ⩽ n(xσ(i)−xσ(j)) \begin{align*} \begin{split} \sigma \varDelta &= \sigma \prod_{1 \, \leqslant \, i \, \lt \, j \, \leqslant \, n} (x_{i} - x_{j}) \\ \\ &= \prod_{1 \, \leqslant \, i \, \lt \, j \, \leqslant \, n} (x_{\sigma (i)} - x_{\sigma(j)}) \\ \end{split} \end{align*}

いま、σ=( r  s )  (r<s)\sigma = (\, r \; s \,) \; (r \lt s) として、σ\sigma による Δ\varDelta の各因子の変化を調べる。（i\text{i}）i=r, j=si = r, \, j = s のとき、(xr−xs)(x_r - x_s) は σ\sigma により −(xr−xs)- (x_r - x_s) となる。その他の場合について k  (1⩽k⩽n)k \; (1 \leqslant k \leqslant n) とすると、（ii\text{ii}）k<r<sk \lt r \lt s のとき (xk−xr)(xk−xs)(x_k - x_r) (x_k - x_s) は σ\sigma により不変。（iii\text{iii}）r<k<sr \lt k \lt s のとき (xr−xk)(xk−xs)(x_r - x_k) (x_k - x_s) は σ\sigma により不変。（iv\text{iv}）r<s<kr \lt s \lt k のとき (xr−xk)(xs−xk)(x_r - x_k) (x_s - x_k) は σ\sigma により不変。（v\text{v}）xr, xsx_r, \, x_s を含まない因子も σ\sigma により不変である。よって、差積 Δ\varDelta は互換 σ\sigma により −1-1 倍される。すなわち、σΔ=−Δ\sigma \varDelta = - \varDelta が成り立つ。□\quad \square


証明の考え方

差積の各因子 (xi−xj)(x_{i} - x_{j}) に着目して場合分けします。

定義より、差積は 1⩽i<j⩽n1 \leqslant i \lt j \leqslant n という条件下での (xi−xj)(x_i - x_j) の積であるから、xi, xjx_i, \, x_j が互換 σ\sigma によりそれぞれどのように入れ替わるかという点に着目します。

また、証明の見通しを立てる際は、n=4n = 4 の差積など、nn が小さい差積を書き出してみることが有効です。また、下のイメージ図のように、互換により入れ替わる因子がどのように対応しているかを図示することも有効です。

前提事項の整理

  • σ=( r  s )  (r<s)\sigma = (\, r \; s \,) \; (r \lt s) として、σ\sigma による Δ\varDelta の各因子の変化を調べます。
    • nn 文字の互換 σ\sigma とは、nn 次の置換に他なりません。すなわち、Mn={ 1,⋯ ,n }M_n = \{\, 1, \cdots, n \,\} 上の置換全体の集合を SnS_n とすれば、σ∈Sn\sigma \in S_n となります。
    • また、σ\sigma は互換であるので、互換の定義より、1,⋯ ,n1, \cdots, n のうちの 22 つの文字を入れ替え、他の文字を動かさないような置換です。σ\sigma により入れ替わる文字を r,s  (r<s)r, s \; (r \lt s) とすれば、σ=( r  s )\sigma = (\, r \; s \,) と表すことができます。
  • 互換により入れ替わる文字を rr と ss に固定すると、差積の各因子 (xi−xj)(x_{i} - x_{j}) が互換によりどのように変化するかは、次のように場合分けできます。

xi, xjx_i, \, x_j がどちらも入れ替わる場合

  • これは、証明の（i\text{i}）i=r, j=si = r, \, j = s のとき、に該当します。

  • この場合、次のように、互換により正負が逆になります。

    σ (xr−xs)=(1)(xs−xr)=(2)−(xr−xs) \begin{align*} \begin{split} \sigma \, (x_r - x_s) &\overset{(1)}{=} (x_s - x_r) \\ &\overset{(2)}{=} - (x_r - x_s) \end{split} \end{align*}

    • 等号（11）は互換による文字の入れ替え、等号（22）は文字の順序の入れ替えに対応しています。
    • 文字の入れ替えによりマイナスが 11 つ出て来ることがわかります。

xi, xjx_i, \, x_j のどちらか一方のみ入れ替わる場合

  • この場合、xi, xjx_i, \, x_j のどちらかが xrx_r か xsx_s に入れ替わるわけですが、入れ替わらない残りの 11 文字に着目すると、さらに 33 つの場合に分かれます。
  • 入れ替わらない残りの 11 文字を、便宜上 kk とします。もちろん 1⩽k⩽n1 \leqslant k \leqslant n です。
（ii\text{ii}）k<r<sk \lt r \lt s のとき

  • この場合、差積の因子には (xk−xr)(x_k - x_r) という項が含まれていると考えられますが、k<r<sk \lt r \lt s ならば k<rk \lt r かつ k<sk\lt s であるので、同時に (xk−xs)(x_k - x_s) という項も必ず含まれているはずです。

  • これらをペアにして (xk−xr)(xk−xs)(x_k - x_r) (x_k - x_s) とすると、このペアは互換により不変であることがわかります。

    σ (xk−xr)(xk−xs)=(1)(xk−xs)(xk−xr)=(2)(xk−xr)(xk−xs) \begin{split} \sigma \, (x_k - x_r) (x_k - x_s) &\overset{(1)}{=} (x_k - x_s) (x_k - x_r) \\ &\overset{(2)}{=} (x_k - x_r) (x_k - x_s) \\ \end{split}

    • 等号（11）は互換による文字の入れ替え、等号（22）の等号は積の順序の入れ替えです。
    • 文字の入れ替えにより差積の因子どうしが入れ替わるため、ペアとしては不変です。
（iii\text{iii}）r<k<sr \lt k \lt s のとき

  • この場合、差積の因子には (xr−xk)(x_r - x_k) という項が含まれていると考えられますが、同時に (xk−xs)(x_k - x_s) という項も必ず含まれているはずです。

  • これらをペアにして (xr−xk)(xk−xs)(x_r - x_k) (x_k - x_s) とすると、このペアは互換により不変であることがわかります。

    σ (xr−xk)(xk−xs)=(1)(xs−xk)(xk−xr)=(2){−(xk−xs)}{−(xr−xk)}=(3)(xr−xk)(xk−xs) \begin{split} \sigma \, (x_r - x_k) (x_k - x_s) &\overset{(1)}{=} (x_s - x_k) (x_k - x_r) \\ &\overset{(2)}{=} \{-(x_k - x_s)\} \{-(x_r - x_k)\} \\ &\overset{(3)}{=} (x_r - x_k) (x_k - x_s) \\ \end{split}

    • 等号（11）は互換による文字の入れ替え、等号（22）は文字の順序の入れ替え、等号（33）は積の順序の入れ替えです。
    • 文字の入れ替えによりそれぞれの項出てくるマイナスが打ち消しあうので、結果として、ペアは不変です。
（iv\text{iv}）r<s<kr \lt s \lt k のとき

  • この場合、差積の因子には (xr−xk)(x_r - x_k) という項が含まれていると考えられますが、r<s<kr \lt s \lt k ならば r<kr \lt k かつ s<ks \lt k であるので、同時に (xs−xk)(x_s - x_k) という項も必ず含まれているはずです。

  • これらをペアにして (xr−xk)(xs−xk)(x_r - x_k) (x_s - x_k) とすると、このペアは互換により不変であることがわかります。

    σ (xr−xk)(xs−xk)=(1)(xs−xk)(xr−xk)=(2)(xr−xk)(xk−xs) \begin{split} \sigma \, (x_r - x_k) (x_s - x_k) &\overset{(1)}{=} (x_s - x_k) (x_r - x_k) \\ &\overset{(2)}{=} (x_r - x_k) (x_k - x_s) \\ \end{split}

    • 等号（11）は互換による文字の入れ替え、等号（22）は積の順序の入れ替えです。
    • 文字の入れ替えにより差積の因子どうしが入れ替わるため、ペアとしては不変です。

xi, xjx_i, \, x_j のどちらも入れ替わらない場合

  • これは、証明における条件（v\text{v}）に該当します。
  • xr, xsx_r, \, x_s を含まない因子は、そもそも σ\sigma により不変です。

まとめ

  • 以上から、結局（i\text{i}）i=r, j=si = r, \, j = s の場合のみ互換 σ\sigma により差積の因子が −1-1 倍され、その他の場合は差積の因子は不変であることがわかりました。
  • よって、σΔ=−Δ\sigma \varDelta = - \varDelta が成り立つといえます。

証明の見通しの立て方

上の証明は、必要最小限の説明のみでシンプルかつコンパクトかと思います。

互換により不変となる 33 つのペア（（ii\text{ii}）、（iii\text{iii}）、（iv\text{iv}）の場合）を見つけるところが証明の要になります。この着想を得るにあたっては、前項で例示したような n=4n = 4 の差積など、nn が小さい差積を書き出してみることが有効です。

証明のイメージ図

また、仮に 1⩽r<s⩽n1 \leqslant r \lt s \leqslant n として、互換 σ=( r  s )\sigma = (\, r \; s \,) により一般の差積の各因子がどのように入れ替わるかを書き出してみると次の図のようになります。

n次の差積が交代式であることの証明。2文字の置換（すなわち互換）により、差積の各項がどのように変化し、それぞれ対応する因子がどのように入れ替わるかを説明する図

図中の（i\text{i}）∼\sim（iv\text{iv}）は証明の場合分けと対応しています。少々面倒ではありますが、このように書き出してみると互換に対して不変となるペアがあることに気付くことができます。


まとめ

  • 任意の互換 σ\sigma に対して σΔ=−Δ\sigma \varDelta = - \varDelta が成り立つ。
    • σ\sigma により xi, xjx_i, \, x_j どちらも入れ替わる場合のみ (xi−xj)(x_i - x_j) の正負が逆になる。
    • その他の場合、文字を入れ替えても不変となるペアが見つかるため、σ\sigma により不変。

参考文献

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] 三宅敏恒. 線形代数学 初歩からジョルダン標準形へ. 培風館. 2008.
[6] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[7] T. Miyake. Linear Algebra From the Beginnings to the Jordan Normal. Springer. 2022.
[8] 雪江明彦. 代数学 11 群論入門. 日本評論社. 2010.
[9] 雪江明彦. 代数学 22 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[10] 桂利行. 代数学 I\text{I} 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[11] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[12] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[13] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2002.
[14] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[15] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.


初版：2022-11-19   |   改訂：2024-08-21
Prev
文字の置換と差積（1）
Next
置換の符号の一意性