置換の符号の定義
偶数個の互換の積として表せる置換を偶置換、奇数個の互換の積として表せる置換を奇置換といいます。
ここでは、置換の符号を定義するとともに、その基本的性質として(i)置換の符号が置換の積の演算を保存すること(ii)恒等置換が偶置換であること(iii)逆置換の符号がもとの置換の符号に等しいことを示します。
置換の符号の定義#
まず、前項の定理 3.5(置換の符号の一意性)に基づき、置換の符号を定義します。
定義 3.7(置換の符号)#
偶数個の互換の積で表せる置換を偶置換(even permutation)、奇数個の互換の積で表せる置換を奇置換(odd permutation)という。
また、任意の置換 σ に対して、その符号を、σ が偶置換であれば +1 、σ が奇置換であれば −1 と定義し、sgn(σ) と表す。
sgn(σ)={+1−1(ifσis even)(ifσis odd)(3.3.3)
偶置換と奇置換#
任意の置換を互換の積として表したとき、偶数個の互換の積で表せる置換を偶置換、奇数個の互換の積で表せる置換を奇置換といいます。
前項の定理 3.5(置換の符号の一意性)より、任意の置換に対して、その置換が偶数個の互換の積として表せるか、奇数個の互換の積として表せるかは一意に定まります。
したがって、任意の置換は、偶置換か奇置換のいずれかであるということができます。
置換の符号とは#
置換の符号とは、任意の置換に対して一意に定まる符号(+1 または −1)です。
偶置換か奇置換かを示す記号#
置換の符号は、ある置換 σ が偶置換か奇置換かを示す記号であるともいえます。
すなわち、σ が偶置換であるときは sgn(σ)=+1 となり、奇置換であるときは sgn(σ)=−1 となる記号が、置換の符号 sgn(σ) であると捉えられます。
sgn(σ)={+1−1(ifσis even)(ifσis odd)(3.3.3) このとき、置換 σ が r 個の互換の積として σ=σ1σ1⋯σr のように表せるとすると、定義より、次が成り立ちます。
sgn(σ)=(−1)r(3.3.4) これは、置換の符号が、互換の数 r の偶奇により定まることから明らかです。
置換により定まる写像#
また、置換の符号は、置換 σ により定まる写像と捉えることもできます。
いま、σ を n 次の置換とすると、sgn(σ) は、n 次の置換全体の集合 Sn(対称群)から集合 {+1,−1} への写像であるといえます。
このような写像 sgn:Sn→{+1,−1} が定義できることも、任意の置換 σ に対して、その符号が一意に定まることから明らかといえます(定理 3.5(置換の符号の一意性))。
用語と表記について(置換の符号)#
sgn の意味#
置換の符号を示す表現 “sgn” は、記号や符号を意味する英語 sign の略です([6], [13], [14] など)。
[6] や [13] においては、置換の符号を sign of permutation と表現した上で、これを写像として、記号 ϵ(σ) を用いて表しています。また、[14] では、省略せずに、sign(σ) のまま用いられています。
一方で、[7] において、sgn は signature of permutations の略とされています。しかしながら、signature の主たる意味は署名や特徴です。したがって、"sgn" は sign の略であると捉える方が、明快で字義に沿っていると考えられます。
「置換の符号」の他の表現#
また、[2] においては sgn は「符号函数」と表現されています。これも、置換の符号を写像として捉えた表現といえます。
置換の符号の基本的性質#
次に、置換の符号の基本的な性質を示します。
定理 3.6(置換の符号)#
任意の置換 σ,τ について、次が成り立つ。ここで、ϵ は恒等置換、σ−1 は σ の逆置換を表す。
(i)(ii)(iii)sgn(τσ)=sgn(τ)sgn(σ)sgn(ϵ)=+1sgn(σ−1)=sgn(σ)(3.3.5)
定理 3.6(置換の符号)は、置換の符号について成り立つ基本的な性質を示しています。
これらは、いずれも置換の符号の定義から直ちに導くことができます。
(i)置換の積の符号#
置換の符号は、置換の積の演算を保存します。
すなわち、2 つの置換の積の符号 sgn(τσ) は、それぞれの置換の符号 sgn(σ) と sgn(σ) の積に等しくなります。
(ii)恒等置換の符号#
恒等置換は偶置換です。
ここで、恒等置換とは、1↦1,2↦2,⋯,n↦n のように、すべての文字を動かさない置換のことです。
ϵ=(1122⋯⋯nn) (iii)逆置換の符号#
逆置換の符号は、もとの置換の符号に等しくなります。
ここで、置換 σ に対して、その逆置換 σ−1 とは、σ と逆の文字を対応させる置換のことです。すなわち、逆置換 σ−1 による文字の対応は、σ(1)↦1,σ(2)↦2,⋯,σ(n)↦n のようになります。
σ−1=(σ(1)1σ(2)2⋯⋯σ(n)n)=(1σ−1(1)2σ−1(2)⋯⋯nσ−1(n)) もとの置換 σ が全単射であることから、逆置換 σ−1 も写像であり、かつ全単射となります。したがって、逆置換 σ−1 も置換であるといえます。(対称群の逆元についてを参照)
(i)2 つの置換 σ,τ が、それぞれ r,s 個の互換の積として σ=σ1σ2⋯σr, τ=τ1τ2⋯τs と表されるとすると、σ と τ の符号は、次のようになる。
sgn(σ)sgn(τ)=(−1)r,=(−1)s このとき、τσ は r+s 個の互換の積として τσ=τ1τ2⋯τsσ1σ2⋯σr と表せるから、τσ の符号について、次が成り立つ。
sgn(τσ)=(−1)r+s=(−1)s(−1)r=sgn(τ)sgn(σ) (ii)恒等置換 ϵ はどの文字も入れ替えないため、0 個の互換の積、もしくは ϵ=(ij)(ji) のように同じ文字を入れ替えてまた戻すような、偶数個の互換の積として表せる。したがって、ϵ は偶置換であり、sgn(ϵ)=+1 が成り立つ。
(iii)任意の置換 σ とその逆置換 σ−1 について、σ−1σ=ϵ が成り立つ。また、(i)と(ii)より、sgn(σ−1σ)=sgn(σ−1)sgn(σ) および sgn(ϵ)=1 であるから、sgn(σ−1)sgn(σ)=1 が成り立つ。したがって、σ と σ−1 の符号は等しく、sgn(σ−1)=sgn(σ) が成り立つ。 □
証明の考え方#
置換の符号の定義から直ちに証明できます。(iii)の証明においては、(i)と(ii)を利用します。
(i)の証明#
置換の符号の定義より、σ=σ1σ1⋯σn であるならば、sgn(σ)=(−1)r であることを用います。
すなわち、2 つの置換 σ,τ が、それぞれ r,s 個の互換の積として表せるとすると、σ と τ の符号は、次のようになります。
sgn(σ)sgn(τ)=(−1)r,=(−1)s このとき、置換の積 τσ は r+s 個の互換の積として表せるので、τσ の符号について、次が成り立つ。
sgn(τσ)=(−1)r+s=(−1)s(−1)r=sgn(τ)sgn(σ) 以上から、sgn(τσ)=sgn(τ)sgn(σ) が示されました。
(ii)の証明#
- 恒等置換 ϵ は、どの文字も入れ替えないため、0 個の互換の積と捉えられます。
- また、同じ文字を入れ替えてまた戻すことを偶数回繰り返すような操作も、恒等置換 ϵ に対応すると考えられます。
- 例えば、2 つの文字 i,j を入れ替えてまた戻すような互換の組合せ (ij)(ji) が考えられます。
- このような例は無数に考えられますが、置換を表す互換の個数が偶数であるか奇数であるかは一意に定まります(定理 3.5(置換の符号の一意性))
- したがって、恒等置換 ϵ は偶置換であり、その符号について、sgn(ϵ)=+1 が成り立ちます。
(iii)の証明#
任意の置換 σ とその逆置換 σ−1 について、次が成り立ちます(対称群の逆元についてを参照)。
σ−1σ=ϵ 上記の両辺の置換の符号について考えると、(i)と(ii) より、sgn(σ−1σ)=sgn(σ−1)sgn(σ) および sgn(ϵ)=1 が成り立つことから、次が導けます。
sgn(σ−1)sgn(σ)=1 置換の符号は +1 か −1 のどちらかしかとり得ないため、sgn(σ−1)sgn(σ)=1 が成り立つということは、σ と σ−1 の符号は等しいということに他なりません。
したがって、sgn(σ−1)=sgn(σ) が成り立ちます。
まとめ#
- 偶数個の互換の積で表せる置換を偶置換(even permutation)、奇数個の互換の積で表せる置換を奇置換(odd permutation)という。
- また、任意の置換 σ に対して、その符号を、σ が偶置換であれば +1 、σ が奇置換であれば −1 と定義し、sgn(σ) と表す。
sgn(σ)={+1−1(ifσis even)(ifσis odd)
ある置換 σ が r 個の互換の積として σ=σ1σ1⋯σr と表せるとすると、σ の符号について、次が成り立つ。
sgn(σ)=(−1)r 任意の置換 σ,τ について、次が成り立つ。ここで、ϵ は恒等置換、σ−1 は σ の逆置換を表す。
(i)(ii)(iii)sgn(τσ)=sgn(τ)sgn(σ)sgn(ϵ)=+1sgn(σ−1)=sgn(σ)
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] 三宅敏恒. 線形代数学 初歩からジョルダン標準形へ. 培風館. 2008.
[6] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[7] T. Miyake. Linear Algebra From the Beginnings to the Jordan Normal. Springer. 2022.
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[10] 桂利行. 代数学 I 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[11] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[12] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[13] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2002.
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初版:2022-11-25 | 改訂:2025-05-16