余因子行列
余因子行列を定義するとともに、その基本的な性質を示します。
ある行列 A とその余因子行列 A~ の積は、余因子による行列式の展開をまとめて表現したものといえます。これは、行列が正則である(逆行列を持つ)ための条件を考える上で、重要な役割を果たします。
余因子行列の定義#
定義 3.11(余因子行列)#
n 次の正方行列 A=(aij) に対して、A の第 (j,i) 余因子 a~ji を (i,j) 成分とする行列を A の余因子行列(cofactor matrix / adjugate matrix)といい、A~ と表す。
A~=a~11a~12⋮a~1na~21a~22⋮a~2n⋯⋯⋱⋯a~n1a~n2⋮a~nn(3.6.6)
余因子により構成される行列#
余因子行列は、もととなる行列の余因子により構成される行列です。
余因子行列 A~ を定めるためには、もとの行列 A の余因子を求める必要があります。したがって、もとの行列 A は正方行列である必要があります。つまり、余因子行列は正方行列に対して定義されるものであるといえます。
余因子行列ともとの行列との対応#
成分の対応関係(添え字の注意点)#
余因子行列 A~ の成分と、対応する行列 A の成分は、行と列が入れ替わった位置関係にあります。
(3.6.6)式において各成分の添え字に着目すると、余因子行列 A~ の (i,j) 成分 は、もとの行列 A の 第 (j,i) 余因子 a~ji となっています。もとの行列に対して、行番号を表す i と列番号を表す j が入替っている点に注意が必要です。
例えば、A~ の (2,1) 成分は、A の (1,2) 成分に対応する余因子(すなわち、第 (1,2) 余因子 a~12 )となります。
転置行列による対応関係の表現#
別のいい方をすれば、行列 A=(aij) に対して、A の第 (j,i) 余因子 a~ji を (i,j) 成分とする行列を仮に B とすると、この B の転置行列こそ、余因子行列 A~ に他なりません。
これらの対応関係は、次のように表せます。
A=(aij)=a11a21⋮an1a12a22⋮an2⋯⋯⋱⋯a1na2n⋮ann,B=(a~ij)=a~11a~21⋮a~n1a~12a~22⋮a~n2⋯⋯⋱⋯a~1na~2n⋮a~nn,A~=tB=a~11a~12⋮a~1na~21a~22⋮a~2n⋯⋯⋱⋯a~n1a~n2⋮a~nn
余因子行列の基本的性質#
定理 3.21(余因子行列)#
n 次の正方行列 A とその余因子行列 A~ について、次が成り立つ。
AA~=A~A=(detA)En(3.6.7)
余因子行列による行列式の展開の表現#
定理 3.21(余因子行列)は、余因子による行列式の展開を、行列 A とその余因子行列 A~ の積として、まとめて表現したものです。
具体的には、行列式の展開に関する次の(3.6.5)式を、行列の積として表した形といえます。
⎩⎨⎧(i)(ii)j∑naija~kj=δikdetAi∑naija~ik=δjkdetA(3.6.5) また、(3.6.5)式は、定理 3.19(行列式の展開 1)と定理 3.20(行列式の展開 2)をまとめたものです。このような理由から、定理 3.21を、定理 3.19と定理 3.20の系としている教科書もあります([1], [2]など)。
行列が正則であるための条件の導出#
定理 3.21(余因子行列)は、行列が正則である(逆行列を持つ)ための条件を導く上で、重要な役割を果たします。このことについては、次項に改めて整理します。
A=(aij) とし、その余因子行列を A~=(bij) とすると、定義より bij=a~ji が成り立つ。また、定理 3.19(行列式の展開 1)および定理 3.20(行列式の展開 2)より、次が成り立つ。
k∑aika~jk=δijdetA したがって、A と A~ の積は、次のように表せる。
AA~=(k∑aikbkj)=(k∑aika~jk)=(δijdetA)=detA(δij)=(detA)En また、A~A=(detA)En も、同様に成り立つ。□
証明の考え方#
(1)余因子行列の定義にしたがって A と A~ の積をとり、(2)行列式の展開に関する(3.6.5)式を用いて、積を整理します。
(1)行列と余因子行列の積#
余因子行列の定義にしたがって、A と A~ の積を計算します。
A と A~ を、それぞれ A=(aij),A~=(bij) とおきます。このとき、行列の積 AA~ は、次のように表せます(行列の積の定義)。
AA~=(k∑aikbkj) ここで、余因子行列の定義より、bij=a~ji が成り立ちます。
AA~=(k∑aikbkj)=(k∑aika~jk) A と A~ は、明示的には、次のような行列です。
AA~=a11a21⋮an1a12a22⋮an2⋯⋯⋱⋯a1na2n⋮ann,=a~11a~12⋮a~1na~21a~22⋮a~2n⋯⋯⋱⋯a~n1a~n2⋮a~nn 行列の積 AA~ の (i,j) 成分を考えると、行列の積の定義より、A の第 i 行を左から、A~ の第 j 列を上から順番に掛けたものの和になります。
(AA~)ij=ai1a~j1+ai2a~j2+⋯+aina~jn=k∑aika~jk
したがって、A と A~ の積は、次のように表せることがわかります。
AA~=(k∑aika~jk) - この置換えにより、行列式の展開に関する(3.6.5)式がそのまま適用できる形になります。
(2)積の整理#
行列式の展開に関する(3.6.5)式を用いて、AA~ の計算結果を整理します。
(⋆)式の(i)を、 上記の行列の積 AA~ に適用すると、次のようになります。
AA~=(α)(k∑aika~jk)=(β)(δijdetA)=(γ)detA(δij)=(δ)(detA)En - (β)(⋆)式の(i)によります。
- (γ)detA は i,j によらないため、行列の成分表示(括弧)の外に出ます。
- (δ)単位行列の定義より、En=(δij) が成り立ちますので、定理の表記に合わせて En に直します。
ここまでの変形を省略せずに表すと、次のようになります。
AA~=(α)k∑a1ka~1kk∑a2ka~1k⋮k∑anka~1kk∑a1ka~2kk∑a2ka~2k⋮k∑anka~2k⋯⋯⋱⋯k∑a1ka~nkk∑a2ka~nk⋮k∑anka~nk=(β)detA0⋮00detA⋮0⋯⋯⋱⋯00⋮detA=(γ)detA11OO⋱1=(δ)(detA)En 以上から、AA~=(detA)En が示されました。
A~A=(detA)En も、同様に示すことができます。
- A~A=(detA)En の証明では、(⋆)式の(ii)を用います。
まとめ#
n 次の正方行列 A=(aij) に対して、A の第 (j,i) 余因子 a~ji を (i,j) 成分とする行列を A の余因子行列といい、A~ と表す。
A~=a~11a~12⋮a~1na~21a~22⋮a~2n⋯⋯⋱⋯a~n1a~n2⋮a~nn n 次の正方行列 A とその余因子行列 A~ について、次が成り立つ。
AA~=A~A=(detA)En
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] 三宅敏恒. 線形代数学 初歩からジョルダン標準形へ. 培風館. 2008.
[6] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[7] T. Miyake. Linear Algebra From the Beginnings to the Jordan Normal. Springer. 2022.
[8] 雪江明彦. 代数学 1 群論入門. 日本評論社. 2010.
[9] 雪江明彦. 代数学 2 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[10] 桂利行. 代数学 I 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[11] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[12] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[13] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2002.
[14] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[15] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.
初版:2022-12-27 | 改訂:2025-02-10