行列式の展開(1)
前項に定義した余因子について成り立つ、行列式の展開に関する定理を示します。すなわち、行列式はある行(または列)の成分と余因子の積の和に展開できます。
この定理により、行列式を小行列式の和の形に展開して次数を下げ、行列式をより計算しやすい形に変形することができます。行列式の展開は、具体的に与えられた行列の行列式を計算する際のきわめて強力な手段です。
行列式の展開
定理 3.19(行列式の展開 1)
$n$ 次の正方行列 $A = (\, a_{ij} \, )$ とその第 $(i, j)$ 余因子 $\tilde{a}_{ij}$ について、次の($\text{i}$)と($\text{ii}$)が成り立つ。($\text{i}$)、($\text{ii}$)をそれぞれ第 $i$ 行、第 $j$ 列に関する行列式の展開という。
($\text{i}$)の左辺は、行列 $A$ の $(i,j)$ 成分 $a_{ij}$ と第 $(i, j)$ 余因子 $\tilde{a}_{ij}$ との積の和です。これは列 $j \; (= 1, 2, \cdots, n)$ に関する和であり、行については第 $i$ 行に固定されています。この和が $A$ の行列式に等しいということは、左辺と右辺を逆にみれば、$A$ の行列式の展開を表していると捉えることができます。すなわち、($\text{i}$)は、$A$ の行列式が、第 $i$ 行に関して $(i,j)$ 成分 $a_{ij}$ と第 $(i, j)$ 余因子 $\tilde{a}_{ij}$ との積の和に展開できるということを示していると理解できます。($\text{ii}$)についても同様に、$A$ の行列式が、第 $j$ 列に関して、$(i,j)$ 成分 $a_{ij}$ と第 $(i, j)$ 余因子 $\tilde{a}_{ij}$ との積の和に展開できるという趣旨と捉えられます。このことから、($\text{i}$)を第 $i$ 行に関する行列式の展開、($\text{ii}$)を第 $j$ 列に関する行列式の展開というわけです。
この定理において、右辺は $n$ 次正方行列の行列式ですが、左辺は $n$ 個の $(n-1)$ 次正方行列の行列式の和であり、次数が $1$ つ下がっています。この点が、行列式の計算においてこの定理がきわめて重要である所以です。すなわち、この定理を用いることで、高次の行列式を計算可能な次数まで下げて取り扱うことができるということです。
また、定理 3.19は、より明示的に次のように書き換えることができます。
証明
($\text{i}$)について、定理 3.7より、次が成り立つ。
右辺の第 $j$ 項は、系 3.10と系 3.17を用いることで、以下のように変形できる。
この変形はすべての $j \; (\, 1 \leqslant j \leqslant n \,)$ について成り立つので、
以上で($\text{i}$)が示された。またこのとき、定理 3.13により($\text{ii}$)も同様に成り立つ。$\quad \square$
証明の骨子
行列式に関する性質より証明します。まず、行列式の多重線型性と交代性を用いて、$\vert \, A \, \vert$ を零行列をブロックにもつ行列の形に変形します。次に、系 3.17($0$ を含む行列の行列式)を用いて、行列式の次数下げを行うという流れです。
- $\vert \, A \, \vert$ を第 $i$ 行に沿って分解します。
定理 3.7(行列式の多重線型性)を用いて、第 $i$ 行を $n$ 個の行ベクトルの和として分解します。
$$ \begin{align*} \vert \, A \, \vert = \begin{vmatrix} \; a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{i1} & 0 & \cdots & 0 \; \\ \; \vdots & \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} &a_{n2} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} + \begin{vmatrix} \; a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & \vdots & & \vdots \; \\ \; 0 & a_{i2} & \cdots & 0 \; \\ \; \vdots & \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & a_{n2} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} + \cdots + \begin{vmatrix} \; a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & \vdots & & \vdots \; \\ \; 0 & 0 & \cdots & a_{in} \; \\ \; \vdots & \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & a_{n2} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} \end{align*} $$- これは、仮に $\bm{a}_i = (a_{i1}, a_{i2}, \cdots, a_{in})$ を $A$ の第 $i$ 行に対応する行ベクトルとすると、定理 3.7において、$\bm{a}_i = (a_{i1}, 0, \cdots, 0) + (0, a_{i2}, 0, \cdots, 0) + \cdots + (0, \cdots, 0, a_{in})$ と分解していることに相当します。
- 分解したそれぞれの行列式について、次数下げを行います。
第 $j$ 項を対象に、零行列をブロックにもつ行列の形に(系 3.17($0$ を含む行列の行列式)を用いることができるように)変形することを考えます。
$$ \begin{split} \begin{vmatrix} \; a_{11} & \cdots & a_{1j} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & & \vdots & & \vdots \; \\ \; 0 & \cdots & a_{ij} & \cdots & 0 \; \\ \; \vdots & & \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & \cdots & a_{nj} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} &\overset{(1)}{=} (-1)^{j-1} \begin{vmatrix} \; a_{1j} & a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{ij} & 0 & \cdots & 0 \; \\ \; \vdots & \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{nj} & a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} \\ &\overset{(2)}{=} (-1)^{i-1+j-1} \begin{vmatrix} \; a_{ij} & 0 & \cdots & 0 \; \\ \; a_{1j} & a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{nj} & a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} \\ &\overset{(3)}{=} (-1)^{i+j} \begin{vmatrix} \; a_{ij} & 0 & \cdots & 0 \; \\ \; a_{1j} & a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{nj} & a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} \\ &\overset{(4)}{=} (-1)^{i+j} \; a_{ij} \begin{vmatrix} \; a_{11} & \cdots & a_{1n} \; \\ \; \vdots & & \vdots \; \\ \; a_{n1} & \cdots & a_{nn} \; \\ \end{vmatrix} \\ &\overset{(5)}{=} (-1)^{i+j} \; a_{ij} \, \vert \, A_{ij} \, \vert \\ &\overset{(6)}{=} a_{ij} \, \tilde{a}_{ij} \\ \end{split} $$($1$)まず、第 $j$ 列を $1$ 番左にもってきます。$1$ つ左の列との入れ替えを $(j-1)$ 回繰り返すことで移動が完了します。行列式の交代性に関する系 3.10より、列の入れ替えの度に行列式は $-1$ 倍されるので、この操作により行列式は $(-1)^{j-1}$ 倍されます。
($2$)同様にして、第 $i$ 行を一番上にもってきます。この場合も $1$ つ上の行との入れ替えを $(i-1)$ 回繰り返すことで、移動が完了します。この操作により行列式は $(-1)^{i-1}$ 倍されます。
($3$)次のような計算により係数を簡単にします。
$$ \begin{align*} (-1)^{i-1+j-1} = (-1)^{i+j} \cdot (-1)^{-2} = (-1)^{i+j} \cdot 1 = (-1)^{i+j} \end{align*} $$($4$)では、系 3.17($0$ を含む行列の行列式)による次数下げを行っています。($1$)$\sim$($3$)の移動により、行列式の $1$ 行目は $2$ 列目以降すべて $0$ となったので系 3.17が適用できる形となりました。
($5$)次数が $1$ つ下がった行列式は、$A$ の第 $i$ 行と第 $j$ 列が抜けた形になっています。これは $A$ の第 $(i, j)$ 小行列式に他なりません。
($6$)余因子の定義より、第 $j$ 項は $a_{ij} \, \tilde{a}_{ij}$ と等しくなります。
$$ \begin{align*} \tilde{a}_{ij} = (-1)^{i + j} \; \vert \, A_{ij} \, \vert \end{align*} $$
上のような変形は、$j$ の値によらず、すべての $j \; (\, 1 \leqslant j \leqslant n \,)$ について成り立ちます。したがって、行列式 $\vert \, A \, \vert$ は、$A$ の $(i,j)$ 成分 $a_{ij}$ と第 $(i, j)$ 余因子 $\tilde{a}_{ij}$ の積をすべての $j$ について足し合わせたものと等しくなります。
$$ \begin{align*} \begin{split} \vert \, A \, \vert &= a_{i1} \, \tilde{a}_{i1} + a_{i2} \, \tilde{a}_{i2} + \cdots + a_{in} \, \tilde{a}_{in} \\ &= \sum_{j}^{n} \; a_{ij} \, \tilde{a}_{ij} \\ \end{split} \end{align*} $$以上で($\text{i}$)が示されました。
- 定理 3.13(転置行列の行列式)により、行列式に関して行について成り立つことは、列に関しても成り立つことがわかっているので、($\text{ii}$)についても同様に成り立つといえます。
まとめ
$n$ 次の正方行列 $A = (\, a_{ij} \, )$ とその第 $(i, j)$ 余因子 $\tilde{a}_{ij}$ について、次の($\text{i}$)と($\text{ii}$)が成り立つ。($\text{i}$)、($\text{ii}$)をそれぞれ第 $i$ 行、第 $j$ 列に関する行列式の展開という。
$$ \begin{equation*} \left\lbrace \begin{array} {cc} (\text{i}) & \displaystyle \sum_{j}^{n} \; a_{ij} \, \tilde{a}_{ij} = \det A \\ (\text{ii}) & \displaystyle \sum_{i}^{n} \; a_{ij} \, \tilde{a}_{ij} = \det A \\ \end{array} \right. \end{equation*} $$この行列式の展開により、$n$ 次の行列式は $(n-1)$ 次の行列式の和として表すことができる。
参考文献
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
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[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
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