行列式の展開(1)
余因子を用いて行列式を展開する方法を示します。すなわち、行列式は、ある行(または列)に沿った成分と余因子の積の和に展開できます。
行列式の展開により、具体的に与えられた行列式の次数を下げ、より計算しやすい形にすることができます。
行列式の展開#
定理 3.19(行列式の展開 1)#
n 次の正方行列 A=(aij) とその第 (i,j) 余因子 a~ij について、次の(i)と(ii)が成り立つ。(i)、(ii)をそれぞれ第 i 行、第 j 列に関する行列式の展開という。
⎩⎨⎧(i)(ii)j∑naija~ij=detAi∑naija~ij=detA(3.6.2)
行列式の展開#
定理 3.19(行列式の展開 1)は、前項で定義した余因子により、行列式が展開できることを表しています。
定理 3.19により、行列式は行または列に沿って展開されます。(3.6.2)式の(i)は行に関する展開を、(ii)は列に沿った展開を、それぞれ表しています。
行に関する行列式の展開#
(3.6.2)式の(i)は、A の行列式が、第 i 行に沿った成分と余因子の積の和に展開できることを表しています。
(i)j∑naija~ij=detA (i)の左辺は、A の (i,j) 成分 aij と第 (i,j) 余因子 a~ij との積の和です。次のように、和の記号を外して表すと、A の第 i 行に沿って、各成分と対応する余因子の積を足した和であることがわかります。
j∑naija~ij=ai1a~i1+ai2a~i2+⋯+aina~in この和が、A の行列式(右辺)に等しいということが(i)の主張に他なりません。
列に関する行列式の展開#
(3.6.2)式の(ii)は、A の行列式が、第 j 列に沿った成分と余因子の積の和に展開できることを表しています。
(ii)i∑naija~ij=detA (ii)の左辺は、A の (i,j) 成分 aij と第 (i,j) 余因子 a~ij との積の和です。次のように、和の記号を外して表すと、A の第 j 列に沿って、各成分と対応する余因子の積を足した和であることがわかります。
j∑naija~ij=a1ja~1j+a2ja~2j+⋯+anja~nj この和が、A の行列式(右辺)に等しいということが(i)の主張に他なりません。
行列式の展開(書き下し)#
上記の考察の通り、定理 3.19(行列式の展開 1)の(3.6.2)式は、より明示的に、次のように書き下すことができます。
{(i)(ii)ai1a~i1+ai2a~i2+⋯+aina~in=detAa1ja~1j+a2ja~2j+⋯+anja~nj=detA(3.6.3) 行列式の次数下げ#
定理 3.19(行列式の展開 1)は、行列式の展開により、その次数を 1 つ下げられることを意味しています。
(3.6.2)式において、右辺は n 次正方行列の行列式であり、左辺は (n−1) 次正方行列の行列式の(n 個の)和です。もとの行列式(右辺)に比べて、展開した行列式(左辺)では次数が 1 つ下がっています。
この点が、行列式の計算において、定理 3.19がきわめて重要である所以です。すなわち、定理 3.19を用いることで、高次の行列式を展開し、計算可能で扱いやすい次数まで下げることができます。
(i)定理 3.7(行列式の多重線型性)より、次が成り立つ。
∣A∣=a11⋮ai1⋮an1a12⋮0⋮an2⋯⋯⋯a1n⋮0⋮ann+a11⋮0⋮an1a12⋮ai2⋮an2⋯⋯⋯a1n⋮0⋮ann+⋯⋯+a11⋮0⋮an1a12⋮0⋮an2⋯⋯⋯a1n⋮ain⋮ann 上式において、右辺の第 j 項は、定理 3.9(行列式の交代性)と系 3.17(0 を含む行列の行列式)を用いることで、以下のように変形できる。ここで、∣Aij∣ は A の第 (i,j) 小行列式を表す。
a11⋮0⋮an1⋯⋯⋯a1j⋮aij⋮anj⋯⋯⋯a1n⋮0⋮ann=(−1)j−1a1j⋮aij⋮anja11⋮0⋮an1⋯⋯⋯a1n⋮0⋮ann=(−1)i−1+j−1aija1j⋮anj0a11⋮an1⋯⋯⋯0a1n⋮ann=(−1)i+jaija1j⋮anj0a11⋮an1⋯⋯⋯0a1n⋮ann=(−1)i+jaija11⋮an1⋯⋯a1n⋮ann=(−1)i+jaij∣Aij∣=aija~ij また、この変形はすべての j(1⩽j⩽n) について成り立つので、
∣A∣=ai1a~i1+ai2a~i2+⋯+aina~in=j∑naija~ij 以上から、(i)が成り立つ。
(ii)(i)が成り立つことから、定理 3.13(転置行列の行列式)より、(ii)も同様に成り立つ。□
証明の考え方#
行列式に関する次の性質を用いて証明します。(i)行に関する展開が示されれば、定理 3.13(転置行列の行列式)により、(ii)列に関する展開も同様に成り立つことがいえます。
まず、(1)行列式の多重線型性により ∣A∣ を分解し、(2)交代性と系 3.17(0 を含む行列の行列式)を用いて、行列式の次数下げを行います。
(i)の証明#
- 行列式の行に関する展開について、(i)が成り立つことを示します。
(1)多重線型性による分解#
まず、∣A∣ を第 i 行に沿って分解します。
定理 3.7(行列式の多重線型性)を用いて、第 i 行を n 個の行ベクトルの和とみなし、行列式を分解します。
∣A∣=a11⋮ai1⋮an1a12⋮0⋮an2⋯⋯⋯a1n⋮0⋮ann+a11⋮0⋮an1a12⋮ai2⋮an2⋯⋯⋯a1n⋮0⋮ann+⋯⋯+a11⋮0⋮an1a12⋮0⋮an2⋯⋯⋯a1n⋮ain⋮ann これは、A の第 i 行に対応する行ベクトルを ai=(ai1,ai2,⋯,ain) として、定理 3.7(行列式の多重線型性)において、ai=(ai1,0,⋯,0)+(0,ai2,0,⋯,0)+⋯+(0,⋯,0,ain) と分解することに相当します。
(2)行列式の次数下げ#
分解したそれぞれの行列式について、次数下げを行います。
上記の式において、第 j 項を対象に、系 3.17(0 を含む行列の行列式)が適用できるよう、零行列をブロックにもつ行列の形に変形します。
a11⋮0⋮an1⋯⋯⋯a1j⋮aij⋮anj⋯⋯⋯a1n⋮0⋮ann=1◯(−1)j−1a1j⋮aij⋮anja11⋮0⋮an1⋯⋯⋯a1n⋮0⋮ann=2◯(−1)i−1+j−1aija1j⋮anj0a11⋮an1⋯⋯⋯0a1n⋮ann=3◯(−1)i+jaija1j⋮anj0a11⋮an1⋯⋯⋯0a1n⋮ann=4◯(−1)i+jaija11⋮an1⋯⋯a1n⋮ann=5◯(−1)i+jaij∣Aij∣=6◯aija~ij 1◯ まず、列の入れ替えにより、第 j 列を 1 番左にもってきます。
- 1 つ左の列との入れ替えを (j−1) 回繰り返すことで移動が完了します。
- 行列式の交代性(特に、系 3.10)より、入れ替えの度に行列式が −1 倍されるので、この操作により行列式は (−1)j−1 倍されます。
2◯ 同様に、行の入れ替えにより、第 i 行を一番上にもってきます。
- この場合も、1 つ上の行との入れ替えを (i−1) 回繰り返すことで、移動が完了します。
- 列の入れ替え同様に、この操作により行列式は (−1)i−1 倍されます。
3◯ 次の計算により、係数を簡単にします。
(−1)i−1+j−1=(−1)i+j⋅(−1)−2=(−1)i+j⋅1=(−1)i+j 4◯ 系 3.17(0 を含む行列の行列式)を用いて次数下げを行います。
- 1◯∼3◯ の操作(行と列の入れ替え)により、行列式の 1 行目は 2 列目以降すべて 0 となったので、系 3.17が適用できます。
5◯ 次数が 1 つ下がった行列式は、A の第 i 行と第 j 列が抜けた形になっています。これは、余因子の定義に現れる A の第 (i,j) 小行列式に他なりません。
6◯ 余因子の定義より、第 j 項は aija~ij と等しくなります。
a~ij=(−1)i+j∣Aij∣
上記の変形は、j の値によらず、すべての j(1⩽j⩽n) について成り立ちます。
したがって、行列式 ∣A∣ は、A の (i,j) 成分 aij と第 (i,j) 余因子 a~ij の積をすべての j について足し合わせたものと等しくなります。
∣A∣=ai1a~i1+ai2a~i2+⋯+aina~in=j∑naija~ij 以上から、行列式の行に関する展開を表す(i)が成り立つことが示されました。
(ii)の証明#
- 定理 3.13(転置行列の行列式)により、行列式に関して行について成り立つことは、列に関しても成り立ちます。
- いま、上記の通り(i)行に関する展開が成り立つため、(ii)列に関する展開についても同様に成り立つといえます。
まとめ#
n 次の正方行列 A=(aij) とその第 (i,j) 余因子 a~ij について、次の(i)と(ii)が成り立つ。(i)、(ii)をそれぞれ第 i 行、第 j 列に関する行列式の展開という。
⎩⎨⎧(i)(ii)j∑naija~ij=detAi∑naija~ij=detA 行列式の展開により、n 次の行列式は (n−1) 次の行列式の和として表すことができる。
参考文献#
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
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[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[6] 雪江明彦. 代数学 1 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 2 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 I 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.
初版:2022-12-19 | 改訂:2025-02-07