部分空間(1)

部分空間はベクトル空間の部分集合であり、それ自身がベクトル空間をなすものとして定義されます。

また、ある部分集合が部分空間であることと同値な条件を示す定理を $2$ つ示します。これらの定理により、ある部分集合が部分空間であるかどうかを簡単に判別することができます。

部分空間の定義


定義 4.2(部分空間)

ベクトル空間 $V$ の空でない部分集合 $W$ が和とスカラー倍の演算によりベクトル空間となるとき、$W$ を $V$ の部分空間($\text{subspace}$)という。



ベクトル空間とは、和とスカラー倍が定義された集合であり $8$ つの公理(ベクトル空間の公理)を満たすもののことでした。これに対して、ベクトル空間の部分集合であり、それ自身がベクトル空間となるものを部分空間といいます。つまり、部分空間はただの部分集合ではなく、$8$ つの公理を満たす和とスカラー倍が定義された集合である必要があるということです。

ベクトル空間 $V$ の部分集合 $W$ が部分空間かどうかを確かめるためには、$W$ の任意の元がベクトル空間の $8$ つの公理を満たすかどうかを確かめるのが正攻法ではありますが、これは大変な手間です。次に示す定理 4.5は、ベクトル空間 $V$ の部分集合 $W$ が部分空間であることと同値な条件を与えるものであり、これにより、ある部分集合が部分空間であるかどうかを簡単に判別することができます。



定理 4.5(部分空間の条件)

ベクトル空間 $V$ の空でない部分集合 $W$ が $V$ の部分空間であるためには、次の2つの条件を満たすことが必要かつ十分である。

$$ \begin{equation} \tag{4.1.4} \left\{ \begin{array} {cl} (\text{i}) & \bm{u}, \bm{v} \in W \; \Rightarrow \; \bm{u} + \bm{v} \in W \\ (\text{ii}) & \bm{v} \in W, \; c \in K \; \Rightarrow \; c \, \bm{v} \in W \\ \end{array} \right. \end{equation} $$



この定理は、ベクトル空間 $V$ の部分集合 $W$ が和とスカラー倍について閉じていることと、$W$ が部分空間であることは同値であることを示しています。これは、部分空間の定義の言換えともいえるものであり、条件($\text{i}$)と($\text{ii}$)が成り立つことを部分空間の定義としている教科書もあります。



証明 4.5

$W$ が $V$ の部分空間であれば、ベクトル空間の定義より条件($\text{i}$)と($\text{ii}$)が成り立つ。逆に、条件($\text{i}$)と($\text{ii}$)が成り立つとき、$W$ の任意の元 $\bm{v} \in W$ は $\bm{v} \in V$ であることから、$W$ は $V$ で定義された和とスカラー倍について閉じている。よって、$W$ は $V$ で定義された和とスカラー倍についてベクトル空間の公理を満たす。$\quad \square$



証明の骨子 4.5

($\text{1}$)「$W$ が $V$ の部分空間である」ことと($\text{2}$)「条件($\text{i}$)と($\text{ii}$)が成り立つ」ことの同値性を証明します。

  • ($\text{1}$)$\Rightarrow$($\text{2}$)
    • ベクトル空間の定義より明らかといえます。
      • 部分空間の定義より、$W$ が部分空間であれば $W$ はベクトル空間となります。
      • ベクトル空間の定義より、$W$ がベクトル空間であれば、$W$ は和とスカラー倍が定義された集合であるといえます。すなわち、任意の $\bm{u}, \bm{v} \in W$ に対して和 $\bm{u} + \bm{v} \in W$ が存在するとともに、任意の $\bm{v} \in W$ と任意のスカラー $c \in K$ に対してスカラー倍 $c \bm{v} \in W$ が存在します。
      • これは、条件($\text{i}$)と($\text{ii}$)が成り立つことと同値です。
  • ($\text{1}$)$\Leftarrow$($\text{2}$)
    • $W$ は $V$ の部分集合(まだ部分空間とはいえない)ですので、$W$ の任意の元 $\bm{v} \in W$ は $\bm{v} \in V$ となります。
    • また、条件($\text{i}$)と($\text{ii}$)が成り立つので、$W$ は 和とスカラー倍の演算について閉じています。
      • すなわち、任意の $\bm{u}, \bm{v} \in W$ に対して和 $\bm{u} + \bm{v} \in W$ が存在するとともに、任意の $\bm{v} \in W$ と任意のスカラー $c \in K$ に対してスカラー倍 $c \bm{v} \in W$ が存在します。
    • このことから、$W$ の任意の元 $\bm{v} \in W$ は、和とスカラー倍の演算についてベクトル空間の $8$ つの公理を満たすことがわかります。
      • 例えば、公理($\text{i}$)を満たすことは、以下のように確かめられます。
        • 条件($\text{i}$)より、$W$ は和の演算について閉じているので、任意の $\bm{u}, \bm{v} \in W$ に対して $\bm{u} + \bm{v}, \bm{v} + \bm{u} \in W$ が成り立ちます。
        • $W$ は $V$ の部分集合なので、$\bm{u} + \bm{v}, \bm{v} + \bm{u} \in W \; \Rightarrow \; \bm{u} + \bm{v}, \bm{v} + \bm{u} \in V$ です。
        • $V$ はベクトル空間なので、$\bm{u} + \bm{v} = \bm{v} + \bm{u}$ が成り立ちます。
        • したがって、任意の $\bm{u}, \bm{v} \in W$ に対して $\bm{u} + \bm{v} = \bm{v} + \bm{u}$ が成り立つといえます。
      • 他の公理についても同様に確かめられます。
      • 特に、零ベクトルに関する公理($\text{iii}$)と、逆ベクトルに関する公理($\text{iv}$)については、次のように確かめられます。
        • 条件($\text{ii}$)において、$\bm{v} \in W, \; 0 \in K$ とすると、$0 \, \bm{v} = \bm{0} \in W$ となります。(定理 4.2($\text{i}$))したがって $V$ の零ベクトル $\bm{0} \in V$ は $W$ の要素でもあり、$W$ は零ベクトルを持つということがわかります。
        • 同様に、条件($\text{ii}$)において、$\bm{v} \in W, \; -1 \in K$ とすると、$(-1) \, \bm{v} = -\bm{v} \in W$ となります。(定理 4.2($\text{ii}$))したがって、任意の $W$ の要素 $\bm{v} \in W$ に対して逆ベクトル $- \bm{v}$ が存在するということがわかります。
    • 以上から、$W$ はベクトル空間であるといえます。$W$ は $V$ の部分集合であるとともにベクトル空間でもあるので、定義より $W$ は $V$ の部分空間となります。

証明はきわめて基本的であり、多くの教科書で省略されていますが、一度自分の手で確かめておくとよいかと思います。また、上の証明にみたように、部分空間は必ず $\bm{0}$(零ベクトル)を持つということがわかります。つまり、ベクトル空間 $V$ の最小の部分空間は、零ベクトルのみからなる $\{ \bm{0} \}$ であるということです。



系 4.6(部分空間の条件)

ベクトル空間 $V$ の空でない部分集合 $W$ が $V$ の部分空間であるためには、次の条件を満たすことが必要かつ十分である。

$$ \begin{equation} \tag{4.1.5} \bm{u}, \bm{v} \in W, \; c, d \in K \; \Rightarrow \; c \, \bm{u} + d \, \bm{v} \in W \end{equation} $$



系 4.6(部分空間の条件)定理 4.5(部分空間の条件)を簡潔にしたものです。(4.1.5)式の条件と、(4.1.4)式の条件($\text{i}$)($\text{ii}$)は同値といえます。これにより、ある部分集合が部分空間であるかどうかの判別は更に簡単になります。つまり、ある部分集合が部分空間であるかどうかを確かめるには、(4.1.5)式の条件が成り立つかどうかについてのみ調べればよいということになります。



証明 4.6

$W$ が $V$ の部分空間であるとすると、定理 4.5より、$\bm{u}, \bm{v} \in W, \; c, d \in K \; \Rightarrow \; c \, \bm{u}, \; d \, \bm{v} \in W$ であり、$c \, \bm{u}, \; d \, \bm{v} \in W \; \Rightarrow \; c \, \bm{u} + d \, \bm{v} \in W$ が成り立つ。逆に、$\bm{u}, \bm{v} \in W, \; c, d \in K \; \Rightarrow \; c \, \bm{u} + d \, \bm{v} \in W$ が成り立つとして、$c = d = 1$ とすれば $\bm{u}, \bm{v} \in W \; \Rightarrow \; \bm{u} + \bm{v} \in W$ であり、$d = 0$ とすれば $\bm{u} \in W \; c \in K \; \Rightarrow \; c \, \bm{u} \in W$ が成り立つ。定理 4.5の $2$ つの条件が成り立つので、$W$ は $V$ の部分空間である。$\quad \square$




まとめ

  • ベクトル空間 $V$ の空でない部分集合 $W$ が和とスカラー倍の演算によりベクトル空間となるとき、$W$ を $V$ の部分空間という。

  • $W$ が $V$ の部分空間であるためには、次の $2$ つの条件を満たすことが必要かつ十分である。

    $$ \begin{align*} \left\{ \begin{array} {cl} (\text{i}) & \bm{u}, \bm{v} \in W \; \Rightarrow \; \bm{u} + \bm{v} \in W \\ (\text{ii}) & \bm{v} \in W, \; c \in K \; \Rightarrow \; c \, \bm{v} \in W \\ \end{array} \right. \end{align*} $$

  • $W$ が $V$ の部分空間であるためには、次の条件が成り立つことが必要かつ十分である。

    $$ \begin{align*} \bm{u}, \bm{v} \in W, \; c, d \in K \; \Rightarrow \; c \, \bm{u} + d \, \bm{v} \in W \end{align*} $$


参考文献

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
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[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
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[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
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[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.

初版:2023-02-02   |   改訂:2024-08-23