部分空間の定義

部分空間とは、ベクトル空間の部分集合で、それ自身がベクトル空間となるものです。

ここでは、部分空間を定義するとともに、ベクトル空間のある部分集合が部分空間であるための条件(必要十分条件)を示します。

部分空間の定義

まず、部分空間の定義を示します。


定義 4.2(部分空間)

ベクトル空間 VV の空でない部分集合 WW が、和とスカラー倍の演算によりベクトル空間となるとき、WWVV の部分空間(subspace\text{subspace})という。



解説

部分空間とは:ベクトル空間の公理を満たす部分集合

部分空間とは、ベクトル空間の部分集合であり、それ自身がベクトル空間をなすものです。すなわち、ベクトル空間の公理を満たす部分集合こそ、部分空間であるといえます。

ベクトル空間とその部分空間

そもそも、ベクトル空間とは、和とスカラー倍の演算が定義された集合で、結合法則や交換法則などの 88 つの公理(ベクトル空間の公理)を満たすもののことです。

これに対して、部分空間とは、ベクトル空間の部分集合で、それ自身がベクトル空間となるものです。つまり、部分空間はただの部分集合ではなく、結合法則や交換法則などの 88 つの公理を満たす和とスカラー倍の演算が定義された集合であるということです。

部分集合が部分空間とならない場合

ベクトル空間の任意の部分集合が部分空間になるわけではありません。

つまり、ベクトル空間 VV から適当にベクトルを選んで、部分集合 WVW \subset V を作っても、WWVV の部分空間にならない場合があります。

以下に、22 項数ベクトル全体の集合 R2\mathbb{R}^{2} の部分集合が、部分空間とならない場合の例を示します。(R2\mathbb{R}^{2} がベクトル空間であることは、ベクトル空間の例を参照してください。)

(1)原点を通らない直線上の点

例えば、次のような部分集合 WW は、R2\mathbb{R}^{2} の部分空間ではありません。

W={(xy)R2  |  y=x+1  } \begin{align*} W = \left\{ \begin{pmatrix} \, x \, \\ \, y \, \\ \end{pmatrix} \in \mathbb{R}^{2} \; \middle\vert \; y = x + 1 \; \right\} \end{align*}

ここで、R2\mathbb{R}^{2} の元(22 項数ベクトル)を平面上の点と対応させて考えると、部分集合 WW に含まれる元は、直線 y=x+1y = x + 1 上の点に対応します。

いま、直線 y=x+1y = x + 1 は原点を通らない直線であり、これは、WW が零ベクトル (0,0)(0, 0) を含まないことを意味します。

したがって、R2\mathbb{R}^{2} の部分集合 WWベクトル空間の公理(特にiii\text{iii})零ベクトルの存在)を満たさないため、R2\mathbb{R}^{2} の部分空間ではありません。

(2)22 次曲線上の点

また、次のような部分集合 WW も、R2\mathbb{R}^{2} の部分空間ではありません。

W={(xy)R2  |  y=x2  } \begin{align*} W = \left\{ \begin{pmatrix} \, x \, \\ \, y \, \\ \end{pmatrix} \in \mathbb{R}^{2} \; \middle\vert \; y = x^2 \; \right\} \end{align*}

上記(11と同様に、R2\mathbb{R}^{2} の元(22 項数ベクトル)を平面上の点と対応させて考えると、部分集合 WW に含まれる元は、22 次曲線 y=x2y = x^{2} 上の点に対応します。

22 次曲線 y=x2y = x^{2} は原点を通るので、WW は零ベクトル (0,0)(0, 0) を含みます。しかしながら、22 次曲線 y=x2y = x^{2} 上の点は、和の演算について閉じていません。

例えば、平面上の点 (1,1)(1, 1)y=x2y = x^{2} 上の点ですが、これを 33 倍したもの (3,3)(3, 3)y=x2y = x^{2} 上にありません。これは、あるベクトル wW\bm{w} \in W に対して、そのスカラー倍が WW に含まれない(3wW3 \, \bm{w} \notin W)ことを意味しています。

したがって、R2\mathbb{R}^{2} の部分集合 WW は、スカラー倍の演算について閉じていないため、R2\mathbb{R}^{2} の部分空間ではありません。


部分空間の条件

次に、ベクトル空間の部分集合が部分空間であるための条件(必要十分条件)を示します。


定理 4.5(部分空間の条件)

VV をベクトル空間、WWVV の空でない部分集合とする。WWVV の部分空間であるためには、次の 22 つの条件を満たすことが必要かつ十分である。

{  (i)u,vW    u+vW(ii)vW,  cK    cvW \begin{equation} \left\{ \; \begin{gather*} (\text{i}) & \bm{u}, \bm{v} \in W \; \Rightarrow \; \bm{u} + \bm{v} \in W \\ (\text{ii}) & \bm{v} \in W, \; c \in K \; \Rightarrow \; c \, \bm{v} \in W \\ \end{gather*} \right. \tag{4.1.4} \end{equation}


解説

部分空間であるための条件(必要十分条件)

定理 4.5(部分空間の条件)は、ベクトル空間の部分集合が部分空間であるための条件(必要十分条件)を示しています。

すなわち、ベクトル空間 VV の部分集合 WW が部分空間であることは、WW が和とスカラー倍の演算について閉じていることと同値です。

部分空間であるか否かの判定

ベクトル空間 VV の部分集合 WW が部分空間であることを確かめるには、WW の任意の元がベクトル空間の 88 つの公理を満たすかを確かめるのが正攻法ですが、これは大変な手間です。

したがって、通常は、定理 4.5(部分空間の条件)や下記の系 4.6(部分空間の条件)などを用いて、WW が部分空間であることと同値な条件を満たすことを確かめます。これにより、具体的に与えられた部分集合が部分空間であるか否かを簡単に判定できます。



証明(定理 4.5)

WWVV の部分空間であれば、WW はベクトル空間であるから、ベクトル空間の定義より、条件(i\text{i})と(ii\text{ii})が成り立つ。

逆に、条件(i\text{i})と(ii\text{ii})が成り立つとき、WW の任意の元は VV の元でもあるから、VV において定義された和とスカラー倍の演算についてベクトル空間の公理を満たし、かつ WW に閉じている。したがって、WWVV の部分空間である。\quad \square



証明の考え方(定理 4.5)

1\text{1}WWVV の部分空間であることと(2\text{2})次の 22 つの条件が成り立つことの同値性を証明します。

{  (i)u,vW    u+vW(ii)vW,  cK    cvW \begin{equation} \left\{ \; \begin{gather*} (\text{i}) & \bm{u}, \bm{v} \in W \; \Rightarrow \; \bm{u} + \bm{v} \in W \\ (\text{ii}) & \bm{v} \in W, \; c \in K \; \Rightarrow \; c \, \bm{v} \in W \\ \end{gather*} \right. \tag{4.1.4} \end{equation}

証明はきわめて基本的で、多くの教科書で省略されていますが、一度自分の手で確かめておくことをおすすめします。

1\text{1}\Rightarrow2\text{2})の証明

  • ベクトル空間部分空間の定義より、明らかといえます。
  • まず、部分空間の定義より、WW が部分空間であれば WW はベクトル空間となります。
  • 次に、ベクトル空間の定義より、WW がベクトル空間であれば、WWベクトル空間の公理を満たす和とスカラー倍の演算が定義された集合であるといえます。
    • すなわち、任意の u,vW\bm{u}, \bm{v} \in W に対して和 u+vW\bm{u} + \bm{v} \in W が存在するとともに、任意の vW\bm{v} \in W と任意のスカラー cKc \in K に対してスカラー倍 cvWc \bm{v} \in W が存在します。
    • これは、条件(i\text{i})と(ii\text{ii})が成り立つことに他なりません。
  • したがって、(1\text{1}WWVV の部分空間であれば、上記22 つの条件が成り立ちます。

1\text{1}\Leftarrow2\text{2})の証明

  • WWVV の部分集合(まだ部分空間とはいえない)であるので、任意の WW の元は VV の元でもあります。

    wW    wV \begin{align*} \bm{w} \in W \; \Rightarrow \; \bm{w} \in V \end{align*}

  • したがって、任意の WW の元について、VV において定義された和とスカラー倍の演算が成り立ちます。

  • また、条件(i\text{i})と(ii\text{ii})が成り立つので、WW は、和とスカラー倍の演算について閉じています。

  • このことから、任意の WW の元は、和とスカラー倍の演算についてベクトル空間の 88 つの公理を満たすことがわかります。

  • 以上から、WWVV の部分集合であるとともにベクトル空間でもあるので、定義WWVV の部分空間であるといえます。

WW がベクトル空間であることの証明
  • 上記の証明では省略していますが、WWベクトル空間の公理を満たすことは、次のようにして確かめられます。
  • 例えば、公理(i\text{i})結合法則が成り立つことは、次のように確かめられます。
    • 条件(i\text{i}より、WW は和の演算について閉じているので、任意の u,vW\bm{u}, \bm{v} \in W に対して u+v,v+uW\bm{u} + \bm{v}, \bm{v} + \bm{u} \in W が成り立ちます。
    • WWVV の部分集合なので、u+v,v+uW    u+v,v+uV\bm{u} + \bm{v}, \bm{v} + \bm{u} \in W \; \Rightarrow \; \bm{u} + \bm{v}, \bm{v} + \bm{u} \in V です。
    • VV はベクトル空間なので、u+v=v+u\bm{u} + \bm{v} = \bm{v} + \bm{u} が成り立ちます。
    • したがって、任意の u,vW\bm{u}, \bm{v} \in W に対して u+v=v+u\bm{u} + \bm{v} = \bm{v} + \bm{u} が成り立ちます。
  • また、公理(iii\text{iii})零ベクトルの存在公理(iv\text{iv})逆ベクトルの存在は、次のように確かめられます。
    • 条件(ii\text{ii}において、vW,  0K\bm{v} \in W, \; 0 \in K とすると、0v=0W0 \, \bm{v} = \bm{0} \in W となります(定理 4.2(ベクトルの演算 1))。
    • したがって、VV の零ベクトル 0V\bm{0} \in VWW の要素でもあり、WW は零ベクトルを持つといえます。
    • 同様に、条件(ii\text{ii}において、vW,  1K\bm{v} \in W, \; -1 \in K とすると、(1)v=vW(-1) \, \bm{v} = -\bm{v} \in W となります(定理 4.2(ベクトルの演算 1))。
    • したがって、任意の WW の要素 vW\bm{v} \in W に対して、逆ベクトル v- \bm{v} が存在するといえます。
  • 他の公理についても、同様に確かめられます。


系 4.6(部分空間の条件)

VV をベクトル空間、WWVV の空でない部分集合とする。WWVV の部分空間であるためには、次の条件を満たすことが必要かつ十分である。

u,vW,  c,dK    cu+dvW \begin{equation} \tag{4.1.5} \bm{u}, \bm{v} \in W, \; c, d \in K \; \Rightarrow \; c \, \bm{u} + d \, \bm{v} \in W \end{equation}


解説

部分空間であるための条件(簡略版)

系 4.6(部分空間の条件)定理 4.5(部分空間の条件)をまとめて簡潔にしたものです。つまり、(4.1.5)式は、(4.1.4)式22 つの条件(i\text{i})(ii\text{ii})を集約したものです。

部分空間であるか否かの判定(簡略版)

系 4.6(部分空間の条件)により、ベクトル空間の部分集合が部分空間であるか否かの判別は、更に簡単になります。

つまり、具体的に与えられた部分集合が部分空間であるか否かを確かめるには、(4.1.5)式が成り立つか否かのみを調べればよいということです。



証明(系 4.6)

WWVV の部分空間であるとすると、定理 4.5(部分空間の条件)より、u,vW,  c,dK    cu,  dvW\bm{u}, \bm{v} \in W, \; c, d \in K \; \Rightarrow \; c \, \bm{u}, \; d \, \bm{v} \in W であり、cu,  dvW    cu+dvWc \, \bm{u}, \; d \, \bm{v} \in W \; \Rightarrow \; c \, \bm{u} + d \, \bm{v} \in W が成り立つ。

逆に、u,vW,  c,dK    cu+dvW\bm{u}, \bm{v} \in W, \; c, d \in K \; \Rightarrow \; c \, \bm{u} + d \, \bm{v} \in W が成り立つとして、c=d=1c = d = 1 とすれば u,vW    u+vW\bm{u}, \bm{v} \in W \; \Rightarrow \; \bm{u} + \bm{v} \in W であり、d=0d = 0 とすれば uW  cK    cuW\bm{u} \in W \; c \in K \; \Rightarrow \; c \, \bm{u} \in W が成り立つ。したがって、定理 4.5より、WWVV の部分空間である。\quad \square



証明の考え方(系 4.6)

1\text{1}WWVV の部分空間であることと(2\text{2})次の条件が成り立つことの同値性を証明します。

u,vW,  c,dK    cu+dvW \begin{equation} \tag{4.1.5} \bm{u}, \bm{v} \in W, \; c, d \in K \; \Rightarrow \; c \, \bm{u} + d \, \bm{v} \in W \end{equation}

1\text{1}\Rightarrow2\text{2})と(2\text{2}\Rightarrow1\text{1})いずれも、定理 4.5(部分空間の条件)から直ちに導けます。


まとめ

  • ベクトル空間 VV の空でない部分集合 WW が和とスカラー倍の演算によりベクトル空間となるとき、WWVV の部分空間という。

  • WWVV の部分空間であるためには、次の 22 つの条件を満たすことが必要かつ十分である。

    {  (i)u,vW    u+vW(ii)vW,  cK    cvW \begin{equation*} \left\{ \; \begin{gather*} (\text{i}) & \bm{u}, \bm{v} \in W \; \Rightarrow \; \bm{u} + \bm{v} \in W \\ (\text{ii}) & \bm{v} \in W, \; c \in K \; \Rightarrow \; c \, \bm{v} \in W \\ \end{gather*} \right. \end{equation*}

  • また、WWVV の部分空間であるための条件は、次のように集約できる。

    u,vW,  c,dK    cu+dvW \begin{equation*} \bm{u}, \bm{v} \in W, \; c, d \in K \; \Rightarrow \; c \, \bm{u} + d \, \bm{v} \in W \end{equation*}


参考文献

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] 三宅敏恒. 線形代数学 初歩からジョルダン標準形へ. 培風館. 2008.
[6] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[7] T. Miyake. Linear Algebra From the Beginnings to the Jordan Normal. Springer. 2022.
[8] 雪江明彦. 代数学 11 群論入門. 日本評論社. 2010.
[9] 雪江明彦. 代数学 22 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[10] 桂利行. 代数学 I\text{I} 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[11] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[12] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[13] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2002.
[14] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[15] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.


初版:2023-02-02   |   改訂:2025-05-19