商ベクトル空間の定義

あるベクトル空間とその部分空間から構成される商ベクトル空間を定義します。

また、商ベクトル空間がベクトル空間であることを確かめるとともに、商ベクトル空間の具体例について確認します。

商ベクトル空間の定義


定義 4.12(商ベクトル空間)

$V$ をベクトル空間、$W$ を $V$ の部分空間とする。任意の $\bm{v} \in V$ に対して、$\bm{v} + W$ 全体の集合を $V$ の $W$ による商ベクトル空間($\text{quotient linear space}$)といい、$V / \, W$ と表す。

$$ V / \, W = \{ \, \bm{v} + W \mid \bm{v} \in V \, \} $$



商ベクトル空間 $V / \, W$ の元である $\bm{v} + W$ は、前項で定義した、$\bm{v} \in V$ と任意の $\bm{w} \in W$ の和 $\bm{v} + \bm{w} \in V$ の集合 $\bm{v} + W = \{ \, \bm{v} + \bm{w} \mid \bm{w} \in W \, \}$ であり、$V$ の部分集合です。つまり、商ベクトル空間 $V / \, W$ とは $V$ の部分集合の集合であるといえます。このことは、具体的に $V / \, W = \{ \, \bm{v}_{1} + W, \, \bm{v}_{2} + W, \, \bm{v}_{3} + W, \, \cdots \, \} = \{ \, \{ \, \bm{v}_{1} + \bm{w}_{1}, \, \bm{v}_{1} + \bm{w}_{2}, \cdots \, \}, \, \{ \, \bm{v}_{2} + \bm{w}^{\prime}_{1}, \, \bm{v}_{2} + \bm{w}^{\prime}_{2}, \cdots \, \}, \, \{ \, \bm{v}_{3} + \bm{w}^{\prime \prime}_{1}, \, \bm{v}_{3} + \bm{w}^{\prime \prime}_{2}, \cdots \, \}, \, \cdots \, \}$ と考えるとイメージできます。ここで $\bm{v}_{1}, \bm{v}_{2}, \bm{v}_{3}, \cdots $ は $V$ の元であり、定義より $V$ 全体にわたります。すなわち、任意の $V$ の元 $\bm{v}$ に対して、対応する $V$ の部分集合($V / \, W$ の元)$\bm{v} + W = \{ \, \bm{v} + \bm{w}_{1}, \, \bm{v} + \bm{w}_{2}, \cdots \, \}$ が存在するということです。

部分集合を $1$ つの元として考えて集合の集合を扱うというのは、はじめ難しく違和感を覚えることかもしれません。しかしながら、このような考え方は数学的に大変意義のあるものであり、代数学において同値類($\text{equivalent class}$)や剰余群($\text{factor group}$)などといった基本的な概念として一般化されます。特に、商ベクトル空間については、剰余空間($\text{factor space}$)などとして再出します。このような展望があることを意識しながらも、あくまで線型代数学に閉じた考察をすることにも意義があるかと思われます。そのため、ここでは、代数学の知識を天下り的に用いるのではなく、あくまで、ベクトル空間の公理から始めてこれまで導出してきた定理などに則って商ベクトル空間について考察します。


和とスカラー倍の演算

商ベクトル空間がベクトル空間となるためには、和とスカラー倍の演算をうまく定義する必要があります。すなわち、商ベクトル空間 $V / \, W$ は $V$ の部分集合 $\bm{v} + W$ を元とする集合であるので、部分集合に対して和やスカラー倍の演算を定義し、しかも、その演算がベクトル空間の公理を満たすようにする必要があります。



$\bm{x}_{1} = \bm{v}_{1} + W, \, \bm{x}_{2} = \bm{v}_{2} + W \in V / \, W$ に対して、和 $\bm{x}_{1} + \bm{x}_{2}$ を次のように定める。

$$ \bm{x}_{1} + \bm{x}_{2} = (\bm{v}_{1} + \bm{v}_{2}) + W $$



ここで、$\bm{v}_{1}, \, \bm{v}_{2} \in V \Rightarrow \bm{v}_{1} + \bm{v}_{2} \in V$ であることから、$(\bm{v}_{1} + \bm{v}_{2}) + W \in V / \, W$ となります。つまり、$\bm{x}_{1} \, \bm{x}_{2} \in V / \, W \Rightarrow \bm{x}_{1} + \bm{x}_{2} \in V / \, W$ であり、商ベクトル空間が和の演算について閉じていることが定義から直ちに確かめられます。



スカラー倍

$\bm{x} = \bm{v} + W \in V / \, W$ と $c \in K$ に対して、スカラー倍 $c \, \bm{x}$ を次のように定める。

$$ c \, \bm{x} = (c \, \bm{v}) + W $$



和と同様に、$\bm{v} \in V \Rightarrow c \, \bm{v} \in V$ であることから、$(c \, \bm{v}) + W \in V / \, W$ となります。つまり、$\bm{x} \in V / \, W \Rightarrow c \, \bm{x} \in V / \, W$ であり、商ベクトル空間はスカラー倍の演算について閉じています。


ベクトル空間であることの確認

上のように和とスカラー倍を定義したことにより、商ベクトル空間がベクトル空間となることを確かめます。具体的には、$V$ をベクトル空間、$W$ を $V$ の部分空間としたときに、商ベクトル空間 $V / \, W$ の元 $\bm{v} + W$ が、和とスカラー倍の演算についてベクトル空間の公理を満たすことを確認します。

基本的には $V$ がベクトル空間であることにより確かめることができますが、特に公理($\text{iii}$)に対応する零ベクトルが $\bm{0} + W \in V / \, W$ であることは着目すべき点です。


まず、和に関するベクトル空間の公理を満たしていることを確認します。

  • 公理($\text{i}$)結合法則が成り立つことは、$V$ がベクトル空間であることにより確かめられます。すなわち、$\bm{v}_{1}, \, \bm{v}_{2}, \, \bm{v}_{3} \in V$ とすれば、次が成り立ちます。

    $$ \begin{split} \{ \, (\bm{v}_{1} + W) + (\bm{v}_{2} + W) \, \} + (\bm{v}_{3} + W) &= \{ \, (\bm{v}_{1} + \bm{v}_{2}) + W \, \} + (\bm{v}_{3} + W) \\ &= \{ \, (\bm{v}_{1} + \bm{v}_{2}) + \bm{v}_{3} \, \} + W \\ &= \{ \, \bm{v}_{1} + (\bm{v}_{2} + \bm{v}_{3}) \, \} + W \\ &= (\bm{v}_{1} + W) + \{ \, (\bm{v}_{2} + \bm{v}_{3}) + W \, \} \\ &= (\bm{v}_{1} + W) + \{ \, (\bm{v}_{2} + W) + (\bm{v}_{3} + W) \, \} \\ \end{split} $$

  • 公理($\text{ii}$)交換法則も、同様に $V$ がベクトル空間であることより成り立つといえます。すなわち、$\bm{v}_{1}, \, \bm{v}_{2} \in V$ とすれば、次が成り立ちます。

    $$ \begin{split} (\bm{v}_{1} + W) + (\bm{v}_{2} + W) &= (\bm{v}_{1} + \bm{v}_{2}) + W \\ &= (\bm{v}_{2} + \bm{v}_{1}) + W \\ &= (\bm{v}_{2} + W) + (\bm{v}_{1} + W) \\ \end{split} $$

  • 公理($\text{iii}$)は、零ベクトルが存在することを要求するものです。 $V / \, W$ においては、$\bm{0} + W \in V / \, W$ を零ベクトルとすることでこれを満たします。すなわち、任意の $\bm{v} + W \in V / \, W$ に対して次のことが成り立ちます。

    $$ \begin{split} (\bm{v} + W) + (\bm{0} + W) &= (\bm{v} + \bm{0}) + W \\ &= \bm{v} + W \\ \end{split} $$

    • 零ベクトル $\bm{0} + W$ を指して $W$ と表される場合もあります。しかしながら、これは部分空間としての $W$ を指している場合と混同する恐れがありますので、慣れるまでは意図的に使い分けた方がよいと思われます。教科書を読む際も、どちらを指しているか前後の文脈から適切に判断する必要があります。

  • 公理($\text{iv}$)は、逆ベクトルが存在することを要求するものです。これも $V$ がベクトル空間であることにより成り立つといえます。すなわち、任意の $\bm{v} + W \in V / \, W$ に対して、逆ベクトル $-\bm{v} + W \in V / \, W$ が存在し、次のことが成り立ちます。
    $$ \begin{split} (\bm{v} + W) + (-\bm{v} + W) &= \{ \, \bm{v} + (-\bm{v}) \, \} + W \\ &= \bm{0} + W \\ \end{split} $$

スカラー倍

次に、スカラー倍に関するベクトル空間の公理を満たしていることを確認します。

  • 公理($\text{v}$)を満たすことは次のように確認できます。すなわち、$\bm{v} + W \in V / \, W, \; c, d \in K$ とすれば、次が成り立ちます。

    $$ \begin{split} (c + d) \, (\bm{v} + W) &= \{ \, (c + d) \, \bm{v} \, \} + W \\ &= \{ \, (c \, \bm{v}) + (d \, \bm{v}) \, \} + W \\ &= \{ \, (c \, \bm{v}) + W \, \} + \{ \, (d \, \bm{v}) + W \, \} \\ &= c \, (\bm{v} + W) + d \, (\bm{v} + W) \\ \end{split} $$

  • 公理($\text{vi}$)を満たすことは、$\bm{v}_{1} + W, \, \bm{v}_{2} + W \in V / \, W, \; c \in K$ として、次が成り立つことにより確かめられます。

    $$ \begin{split} c \, \{ \, (\bm{v}_{1} + W) + (\bm{v}_{2} + W) \, \} &= c \, \{ \, (\bm{v}_{1} + \bm{v}_{2}) + W \, \} \\ &= c \, (\bm{v}_{1} + \bm{v}_{2}) + W \\ &= \{ \, (c \, \bm{v}_{1}) + (c \, \bm{v}_{2}) \, \} + W \\ &= \{ \, (c \, \bm{v}_{1}) + W \, \} + \{ \, (c \, \bm{v}_{2}) + W \, \} \\ &= c \, (\bm{v}_{1} + W) + c \, (\bm{v}_{2} + W) \\ \end{split} $$

  • 公理($\text{vii}$)を満たすことは、$\bm{v} + W \in V / \, W, \; c, d \in K$ として、次が成り立つことにより確かめられます。

    $$ \begin{split} (c \, d) \, (\bm{v} + W) &= (c \, d) \, \bm{v} + W \\ &= c \, (d \, \bm{v}) + W \\ &= c \, \{ \, (d \, \bm{v}) + W \, \} \\ &= c \, \{ \, d \, (\bm{v} + W) \, \} \\ \end{split} $$

  • 公理($\text{viii}$)を満たすことは、$\bm{v} + W \in V / \, W$ として、次が成り立つことにより確かめられます。

    $$ \begin{split} 1 \, (\bm{v} + W) &= (1 \, \bm{v}) + W \\ &= \bm{v} + W \\ \end{split} $$


平行な直線の集合

商ベクトル空間の具体的な例をみてみます。$V$ を $2$ 項実数ベクトル空間、すなわち $V = \{ \, (x, y) \mid x, y \in \mathbb{R} \, \}$ として、$W = \{ \, (x, y) \mid x - y = 0 \, \}$ とすると、$W$ は $V$ の部分集合であり、商ベクトル空間 $V / \, W$ を定義することができます。$2$ 項実数ベクトル空間 $V$ を平面ベクトルに対応させると、$\bm{v} + W \in V / \, W$ は下図のように表すことができます。すなわち、$V / \, W$ は傾き $1$ の直線と平行な直線の集合に対応するといえます。

商ベクトル空間のイメージ。特に、$2$ 項実数ベクトル空間において、ある直線と平行な直線の集合は商ベクトル空間となる。


より詳しくは、次のように理解することができます。いま、$\bm{v}_{1} \in V$ を平面ベクトルとすれば、$\bm{v}_{1}$ および $W$ は次のように表すことができます。

$$ \begin{array} {ccc} \bm{v}_{1} = \begin{pmatrix} \, x_{1} \, \\ \, y_{1} \, \end{pmatrix}, & W = \langle \begin{pmatrix} \, 1 \, \\ \, 1 \, \end{pmatrix} \rangle \end{array} $$

まず、$W$ は $x - y = 0$ が成り立つ点の集合、すなわち直線 $y = x$ 上の点の集合であるから、$W$ 上の点は $t$ を媒介変数として直線の式 $\begin{pmatrix} \, x \, \\ \, y \, \end{pmatrix} = t \cdot \begin{pmatrix} \, 1 \, \\ \, 1 \, \end{pmatrix}$ を満たします。つまり、$\begin{pmatrix} \, x \, \\ \, y \, \end{pmatrix} \in W$ ならば $\begin{pmatrix} \, x \, \\ \, y \, \end{pmatrix} = t \cdot \begin{pmatrix} \, 1 \, \\ \, 1 \, \end{pmatrix}$ であるといえます。また、この直線は $\begin{pmatrix} \, 1 \, \\ \, 1 \, \end{pmatrix}$ により生成される部分空間と捉えることもでき、$W = \langle \begin{pmatrix} \, 1 \, \\ \, 1 \, \end{pmatrix} \rangle$ と表せます。したがって、$\bm{v}_{1} + W$ は次のような直線の式を満たす点の集合と考えられます。

$$ \begin{pmatrix} \, x \, \\ \, y \, \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \, x_{1} \, \\ \, y_{1} \, \end{pmatrix} + t \cdot \begin{pmatrix} \, 1 \, \\ \, 1 \, \end{pmatrix} $$

ここで、媒介変数の $t$ を消去することにより $y = (x - x_{1}) + y_{1}$ を得ますが、これは、$(x_{1}, y_{1})$ を通り傾きが $1$ の直線に他なりません。また、$V / \, W$ をベクトル空間としてみたとき、零ベクトルは $\bm{0} + W$ に対応していますが、上の考察からこれは直線 $y = x$ 上の点の集合すなわち $W$ に等しく、$\bm{0} + W = W$ と表すことができます。


定理 4.43(部分空間により定められる集合)の視覚化

この例において、前項の定理 4.43(部分空間により定められる集合)を視覚化すると次のようになります。すなわち、($1$)$\bm{v}_{1} + W = \bm{v}_{2} + W$ と($2$)$\bm{v}_{1} - \bm{v}_{2} \in W$ が同値であることは、$2$ つのベクトル $\bm{v}_{1}, \bm{v}_{2}$ を平面ベクトルしてみたときの差が、$\begin{pmatrix} \, 1 \, \\ \, 1 \, \end{pmatrix}$ に平行であるということを表しています。

商ベクトル空間の元について成り立つ定理のイメージ。すなわち、ベクトル空間において同値関係にある元が商ベクトル空間において同じ元であることを表す。


まとめ

  • $V$ をベクトル空間、$W$ を $V$ の部分空間とする。任意の $\bm{v} \in V$ に対して、$\bm{v} + W$ 全体の集合を $V$ の $W$ による商ベクトル空間といい、$V / \, W$ と表す。

    $$ V / \, W = \{ \, \bm{v} + W \mid \bm{v} \in V \, \} $$

  • 商ベクトル空間 $V / \, W$ は、次の和とスカラー倍の演算によりベクトル空間をなす。

    • $\bm{x}_{1} = \bm{v}_{1} + W, \, \bm{x}_{2} = \bm{v}_{2} + W \in V / \, W$ に対して、和 $\bm{x}_{1} + \bm{x}_{2}$ を次のように定める。

      $$ \bm{x}_{1} + \bm{x}_{2} = (\bm{v}_{1} + \bm{v}_{2}) + W $$

    • $\bm{x} = \bm{v} + W \in V / \, W$ と $c \in K$ に対して、スカラー倍 $c \, \bm{x}$ を次のように定める。

      $$ c \, \bm{x} = (c \, \bm{v}) + W $$


参考文献

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初版:2023-03-26   |   改訂:2024-08-27