線型結合の行列表記(1)
この節では、ベクトル空間の複数の基底の間の関係を明らかにして基底の変換を定式化するとともに、線型写像を行列として表現する方法を導入することを目指します。
ここでは、その準備として、ベクトルの線型結合を行列として表記する方法を導入します。この表記法は(基底が固定されている場合に)複数のベクトルをまとめて扱うのに便利です。
線型結合の行列表記
表記法
$V$ をベクトル空間とする。$m$ 個のベクトル $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \in V$ と、$(m, n)$ 型の行列 $A = (\, a_{ij} \,)$ に対して、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m}$ の線型結合で表される $n$ 個のベクトルを次のように表す。
この表記法は、ベクトルの組 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m}$ をあたかも各ベクトル $\bm{v}_{i}$ を成分とする行ベクトル $(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \,)$ のようにまとめて扱うものです。$(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \,)$ を行ベクトルとして、行列 $A$ との積を計算すれば、次のようになります。$(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \,) \, A$ が、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m}$ の線型結合で表される $n$ 個のベクトルの組を表していることがわかります。
また、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m}$ の線型結合で表される $n$ 個のベクトルを $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ とすれば、次のように表すことができます。
すなわち、$1 \leqslant j \leqslant n$ について次が成り立ちます。
定理 4.45(線型結合の行列表記)
$V, W$ をベクトル空間、$f : V \to W$ を線型写像とする。$\bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{m}, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \in V$ と $(m ,n)$ 型行列 $A = (\, a_{ij} \,)$ が、$(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) = (\, \bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{m} \,) \, A$ を満たすとき、次のことが成り立つ。
この定理は、上で導入した線型結合の行列表記が線型写像により保存されることを示しています。すなわち、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ が $\bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{m}$ の線型結合として表せるとき、線型写像 $f$ による像 $f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n})$ も $f(\bm{u}_{1}), \cdots, f(\bm{u}_{m})$ の線型結合として表すことができ(4.6.2)式を満たすということです。
$V$ の元の間に成り立つ関係式 $(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,)$ $=$ $(\, \bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{m} \,) \, A$ と、$f$ による像($W$ の元)の間に成り立つ関係式 $\left( \, f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \, \right)$ $=$ $\left(\, f(\bm{u}_{1}), \cdots, f(\bm{u}_{m}) \, \right) \, A$ が、同じ行列 $A$ により表されるという点が重要です。これは、線型写像により線型結合の係数が変わらないことを表しています。つまり、$V$ において $\bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{m}$ の線型結合として表される $\bm{v}_{j}$ は、$f(\bm{v}_{j})$ に移された後も同じ係数を持つ $f(\bm{u}_{1}), \cdots, f(\bm{u}_{m})$ の線型結合として表されます。
証明
$A = (\, a_{ij} \,)$ とすれば、$(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) = (\, \bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{m} \,) \, A$ であるから、$1 \leqslant j \leqslant n$ について、
である。$f$ は線型写像であるから、$f(\bm{v}_{j})$ について、次が成り立つ。
$f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n})$ をまとめて表記すれば、
となる。したがって、(4.6.2)式が成り立つ。$\quad \square$
証明の骨子
行ベクトルとしてまとめて表記しているベクトルの組のうち $1$ つのベクトルに着目します。$f$ が線型写像であることから直ちに証明できます。
$(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,)$ のうち、$1$ つのベクトルについて考えます。
$(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,)$ の $j$ 番目の成分にあたる $\bm{v}_{j}$ に着目します。
$$ (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) = (\, \bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{m} \,) \, A $$$\bm{v}_{j}$ は、行ベクトル $(\, \bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{m} \,)$ と $(m, n)$ 型行列 $A$ の積の $j$ 列目にあたりますので、次のように表すことができます。これは $1 \leqslant j \leqslant n$ であるすべての $j$ について成り立ちます。
$$ \begin{array} {cc} \bm{v}_{j} = \displaystyle \sum_{i}^{m} \, \bm{u}_{i} \, a_{ij} & (\, 1 \leqslant j \leqslant n \,) \end{array} $$- $\bm{v}_{j}$ を和の記号を用いずに表せば次のようになります。$$ \bm{v}_{j} = a_{1j} \bm{u}_{1} + a_{2j} \bm{u}_{2} + \cdots + a_{mj} \bm{u}_{m} $$
- $\bm{v}_{j}$ を和の記号を用いずに表せば次のようになります。
$f$ による $\bm{v}_{j}$ の像 $f(\bm{v}_{j})$ について考えます。
$f$ は線型写像であるので、$f(\bm{v}_{j})$ について次が成り立ちます。
$$ f(\bm{v}_{j}) = f \left( \displaystyle \sum_{i}^{m} \, \bm{u}_{i} \, a_{ij} \right) = \displaystyle \sum_{i}^{m} \, f(\bm{u}_{i}) \, a_{ij} $$- 和の記号を用いずに表せば、よりわかりやすいです。$$ \begin{split} f(\bm{v}_{j}) &= f(a_{1j} \bm{u}_{1} + a_{2j} \bm{u}_{2} + \cdots + a_{mj} \bm{u}_{m}) \\ &= a_{1j} f(\bm{u}_{1}) + a_{2j} f(\bm{u}_{2}) + \cdots + a_{mj} f(\bm{u}_{m}) \\ \end{split} $$
- 和の記号を用いずに表せば、よりわかりやすいです。
このことは $1 \leqslant j \leqslant n$ について成り立ちますので、$f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n})$ を行ベクトルとしてまとめて表記すれば次のようになります。
$$ \begin{split} \left( \, f(\bm{v}_{1}), f(\bm{v}_{2}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \, \right) &= \left(\, \displaystyle \sum_{i}^{m} \, f(\bm{u}_{i}) \, a_{i1}, \; \displaystyle \sum_{i}^{m} \, f(\bm{u}_{i}) \, a_{i2}, \; \cdots, \; \displaystyle \sum_{i}^{m} \, f(\bm{u}_{i}) \, a_{in} \, \right) \\ &= \left(\, f(\bm{u}_{1}), f(\bm{u}_{2}), \cdots, f(\bm{u}_{m}) \, \right) \, A \\ \end{split} $$- これも、和の記号を用いずに表せば、次のようになります。記載が煩雑ですが、線型結合の係数が行列 $A$ にまとめられることがよくわかります。$$ \begin{split} \left( \, f(\bm{v}_{1}), f(\bm{v}_{2}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \, \right) &= (\, a_{11} f(\bm{u}_{1}) + a_{21} f(\bm{u}_{2}) + \cdots + a_{m1} f(\bm{u}_{m}), \\ & \quad \quad \quad \; a_{12} f(\bm{u}_{1}) + a_{22} f(\bm{u}_{2}) + \cdots + a_{m2} f(\bm{u}_{m}), \\ & \quad \quad \quad \quad \quad \quad \quad \quad \quad \quad \quad \; \cdots, \\ & \quad \quad \quad \quad \quad \; a_{1n} f(\bm{u}_{1}) + a_{2n} f(\bm{u}_{2}) + \cdots + a_{mn} f(\bm{u}_{m}), \,) \\ &= \left(\, f(\bm{u}_{1}), f(\bm{u}_{2}), \cdots, f(\bm{u}_{m}) \, \right) \, \begin{pmatrix} a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \\ a_{21} & a_{22} & \cdots & a_{2n} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ a_{m1} & a_{m2} & \cdots & a_{mn} \\ \end{pmatrix} \\ &= \left(\, f(\bm{u}_{1}), f(\bm{u}_{2}), \cdots, f(\bm{u}_{m}) \, \right) \, A \\ \end{split} $$
- これも、和の記号を用いずに表せば、次のようになります。記載が煩雑ですが、線型結合の係数が行列 $A$ にまとめられることがよくわかります。
以上で題意が示されました。
行列の列ベクトル表記との整合性
上で導入した線型結合の行列表記は、ベクトルの組 $(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \,)$ を、あたかも各ベクトル $\bm{v}_{i}$ を成分とする行ベクトルとして扱うものでした。一方で、行列の定義において、行列を列ベクトルの組として表す、次のような表記法についても導入しました。
仮に $\bm{v}_{i}$ を $l$ 項数ベクトルとすれば、$B$ は $(l, m)$ 型行列を表します。つまり、ベクトルの組 $(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \,)$ は、行ベクトルとも行列とも捉えられてしまうわけですが、これらは整合するものでしょうか。
結論からいえば、これらの表記法は整合するものであり、用途により使い分けることができます。これらを安心して運用するために、すこし計算が面倒ではありますが、以下に整合性を確認します。まず、$B = (\, v_{hi} \,)$ を $(l, m)$ 型行列、$A = (\, a_{ij} \,)$ を $(m, n)$ 型行列として、積 $BA$ を計算します。
ここで、行列の積 $BA$ は $(l, n)$ 型の行列であり、その $1$ 列目をとり出せば次のようになります。
いま $\bm{v}_{i}$ は $l$ 項数ベクトルと仮定していますので、$\bm{v}_{1}, \bm{v}_{2}, \cdots, \bm{v}_{m}$ はそれぞれ次のように表すことができます。
このとき、$BA$ は次のようになります。
これは、(4.6.1)式において、$(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \,)$ を行ベクトルとして扱って $A$ との積を計算した結果と一致します。すなわち、$(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \,)$ を行列として扱っても、行ベクトルとして扱っても計算結果は変わらないということが確かめられました。
このように、ベクトルの組をまとめて表記する方法はそれぞれ整合しており、用途により使い分けることができる大変便利なものです。目的に応じて見通しの良い表記法を用いればよいわけですが、主に、行列式の計算や行列に関連する定理の証明においては行列の列ベクトル(または行ベクトル)による表記が、ベクトル空間の基底に関する考察においては線型結合の行列表記が用いられることが多いです。
まとめ
$V$ をベクトル空間とする。$m$ 個のベクトル $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \in V$ と、$(m, n)$ 型の行列 $A = (\, a_{ij} \,)$ に対して、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m}$ の線型結合で表される $n$ 個のベクトルを次のように表す。
$$ \begin{equation*} (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \,) \, A \end{equation*} $$$V, W$ をベクトル空間、$f : V \to W$ を線型写像とする。$\bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{m}, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \in V$ と $(m ,n)$ 型行列 $A = (\, a_{ij} \,)$ が、$(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) = (\, \bm{u}_{1}, \cdots, \bm{u}_{m} \,) \, A$ を満たすとき、次のことが成り立つ。
$$ \left( \, f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \, \right) = \left(\, f(\bm{u}_{1}), \cdots, f(\bm{u}_{m}) \, \right) \, A $$
参考文献
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
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[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.