線型結合の行列表記(2)

前項で導入した線型結合の行列表記を用いて、線型独立なベクトルの組について成り立つ定理を示します。

これらの定理は、ベクトル空間の基底を成すベクトルの組についてまとめて考える際に便利です。

線型独立なベクトルと行列


定理 4.46(線型独立なベクトルの組 $1$)

$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m}$ を線型独立なベクトル、$A = (\, a_{ij} \,)$ を $(m ,n)$ 型行列とする。$(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \,) \, A = (\, \bm{0}, \cdots, \bm{0} \,)$ ならば $A = O$ である。



$A$ は $(m ,n)$ 型行列であるので、$(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \,) \, A = (\, \bm{0}, \cdots, \bm{0} \,)$ の右辺の $(\, \bm{0}, \cdots, \bm{0} \,)$ は $n$ 個の零ベクトルをまとめて表記したものとなります。すなわち、この式は、次のような $n$ 個の線型関係を横に並べて、行ベクトルとしてまとめて表記しているものと理解することができます。

$$ \left\{ \begin{array} {l} a_{11} \, \bm{v}_{1} + \cdots + a_{m1} \, \bm{v}_{m} = \bm{0} \\ a_{12} \, \bm{v}_{1} + \cdots + a_{m2} \, \bm{v}_{m} = \bm{0} \\ \quad \quad \vdots \\ a_{1n} \, \bm{v}_{1} + \cdots + a_{mn} \, \bm{v}_{m} = \bm{0} \\ \end{array} \right. $$

定理の仮定より $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m}$ は線型独立なベクトルであり、線型独立なベクトルの組は自明でない線型関係を持ちません(線型独立の定義)ので、線型結合の係数はすべて $0$ に等しく、$A$ が零行列 $O$ に等しくなるということが納得できます。



証明 4.43

$(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \,) \, A = (\, \bm{0}, \cdots, \bm{0} \,)$ とすると、$1 \leqslant j \leqslant n$ について、次が成り立つ。

$$ \displaystyle \sum_{i}^{m} \, \bm{v}_{i} \, a_{ij} = \bm{0} $$

ここで、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m}$ が線型独立であるから $a_{1j} = a_{2j} = \cdots = a_{mj} = 0$ である。このことは $1 \leqslant j \leqslant n$ について成り立つので、

$$ \begin{array} {cc} a_{ij} = 0 && (\, 1 \leqslant i \leqslant m, \; 1 \leqslant j \leqslant n \,) \end{array} $$

したがって、$A = O$ である。$\quad \square$



証明の骨子 4.43

行ベクトルとしてまとめて表しているベクトルの組のうち $1$ つのベクトルに着目して、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m}$ が線型独立であることにより直ぐに証明できます。

  • まとめて表記しているベクトルの組のうち $1$ つのベクトルに着目します。

    • $(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \,) \, A = (\, \bm{0}, \cdots, \bm{0} \,)$ のうち $j$ 番目の成分を取り出すと、次が成り立ちます。また、これは $1 \leqslant j \leqslant n$ であるすべての $j$ について成り立ちます。

      $$ \displaystyle \sum_{i}^{m} \, \bm{v}_{i} \, a_{ij} = \bm{0} $$

    • これは $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m}$ の線型関係を表す式に他なりません。

      $$ \begin{gather*} \displaystyle \sum_{i}^{m} \, \bm{v}_{i} \, a_{ij} = \bm{0} \\ \Leftrightarrow \; a_{1j} \, \bm{v}_{1} + a_{2j} \, \bm{v}_{2} + \cdots + a_{mj} \, \bm{v}_{m} = \bm{0} \end{gather*} $$

    • いま、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m}$ が線型独立であることから $a_{1j} = a_{2j} = \cdots = a_{mj} = 0$ となります。すなわち、ある $j$ について、次が成り立つことが示されました。

      $$ \begin{array} {cc} a_{ij} = 0 && (\, 1 \leqslant i \leqslant m \,) \end{array} $$

  • すべての $j \; (\, 1 \leqslant j \leqslant n \,)$ に適用します。

    • 上の考察は、$1 \leqslant j \leqslant n$ であるすべての $j$ について成り立ちます。

    • したがって、すべての $i, j$ について $a_{ij} = 0$ となります。

      $$ \begin{array} {cc} a_{ij} = 0 && (\, 1 \leqslant i \leqslant m, \; 1 \leqslant j \leqslant n \,) \end{array} $$

    • $A = (\, a_{ij} \,)$ において、すべての成分が $0$ に等しいことになるので、$A = O$ であることが示されました。



定理 4.47(線型独立なベクトルの組 $2$)

$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m}$ を線型独立なベクトル、$A = (\, a_{ij} \,), \; B = (\, b_{ij} \,)$ を $(m ,n)$ 型行列とすると、$(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \,) \, A$ $=$ $(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \,) \, B$ ならば $A = B$ である。



定理 4.46の系ともいうべき定理です。この定理は、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m}$ が線型独立であれば $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m}$ の線型結合が一意に表されるということを意味しており、線型独立なベクトルに関する定理 4.18(線型独立と同値な条件)の一部を示しているとも理解できます。



証明 4.44

$(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \,) \, A$ $=$ $(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \,) \, B$ とすると、$1 \leqslant j \leqslant n$ について、次が成り立つ。

$$ \displaystyle \sum_{i}^{m} \, \bm{v}_{i} \, a_{ij} = \displaystyle \sum_{i}^{m} \, \bm{v}_{i} \, b_{ij} \\ \Leftrightarrow \quad \displaystyle \sum_{i}^{m} \, \bm{v}_{i} \, (a_{ij} - b_{ij}) = \bm{0} \\ $$

ここで、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m}$ が線型独立であることから $a_{1j} - b_{1j} = 0, \, a_{2j} - b_{2j} = 0, \, \cdots, \, a_{mj} - b_{mj} = 0$ が成り立つ。すなわち $1 \leqslant i \leqslant m$ について $a_{ij} = b_{ij}$ であり、このことは $1 \leqslant j \leqslant n$ について成り立つので、

$$ \begin{array} {cc} a_{ij} = b_{ij} && (\, 1 \leqslant i \leqslant m, \; 1 \leqslant j \leqslant n \,) \end{array} $$

が成り立つ。したがって $A = B$ である。$\quad \square$



証明の骨子 4.44

定理 4.46と同様に、行ベクトルとしてまとめて表記しているベクトルの組のうち $1$ つのベクトルに着目して、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m}$ が線型独立であることより証明します。

  • まとめて表記しているベクトルの組のうち $1$ つのベクトルに着目します。

    • $(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \,) \, A$ $=$ $(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \,) \, B$ のうち $j$ 番目の成分を取り出すと、次が成り立ちます。これは $1 \leqslant j \leqslant n$ であるすべての $j$ について成り立ちます。

      $$ \displaystyle \sum_{i}^{m} \, \bm{v}_{i} \, a_{ij} = \displaystyle \sum_{i}^{m} \, \bm{v}_{i} \, b_{ij} $$

    • 両辺ともに $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m}$ の線型結合であり、次のように変形することができます。

      $$ \displaystyle \sum_{i}^{m} \, \bm{v}_{i} \, (a_{ij} - b_{ij}) = \bm{0} \\ $$

    • $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m}$ が線型独立であることから $a_{1j} - b_{1j} = 0, \, a_{2j} - b_{2j} = 0, \, \cdots, \, a_{mj} - b_{mj} = 0$ が成り立ちます。すなわち、ある $j$ について、次が成り立つことがわかりました。

      $$ \begin{array} {cc} a_{ij} = b_{ij} && (\, 1 \leqslant i \leqslant m \,) \end{array} $$

  • すべての $j \; (\, 1 \leqslant j \leqslant n \,)$ に適用します。

    • 上の考察は $1 \leqslant j \leqslant n$ であるすべての $j$ について成り立ちます。

    • したがって、すべての $i, j$ について $a_{ij} = b_{ij}$ となります。

      $$ \begin{array} {cc} a_{ij} = b_{ij} && (\, 1 \leqslant i \leqslant m, \; 1 \leqslant j \leqslant n \,) \end{array} $$

    • $A = (\, a_{ij} \,), \, B = (\, b_{ij} \,)$ において、すべての成分が等しいことになるので、$A = B$ であることが示されました。


まとめ

  • $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m}$ を線型独立なベクトル、$A = (\, a_{ij} \,), \; B = (\, b_{ij} \,)$ を $(m ,n)$ 型行列とすると、次のことが成り立つ。
    • $(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \,) \, A = (\, \bm{0}, \cdots, \bm{0} \,)$ ならば $A = O$ 。
    • $(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \,) \, A$ $=$ $(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{m} \,) \, B$ ならば $A = B$ 。

参考文献

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[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
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[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.

初版:2023-04-03   |   改訂:2024-08-27