線型写像の行列表示(1)
ベクトル空間の間の線型写像が行列により表現されることを示します。
線型写像と行列との対応は線型代数学において非常に重要なアイディアの $1$ つであり、行列が標準化や、固有値と固有ベクトルなどの応用においても非常に重要な役割を果たす考え方です。
線型写像の行列表示
定理 4.50(線型写像の行列表示)
$V, W$ をそれぞれ $n$ 次元、$m$ 次元のベクトル空間とし、それぞれの基底を $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$、$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ とする。このとき、線型写像 $f : V \to W$ に対して次の関係式により表される $(m, n)$ 型行列 $A$ が存在する。
また、逆に $(m, n)$ 型行列 $A$ が与えられたとき、この関係式により表される線型写像 $f : V \to W$ が存在する。
定理 4.50は、ベクトル空間の基底を固定したとき、線型写像とその行列 $1$ 対 $1$ に対応することを示しています。すなわち、線型写像 $f : V \to W$ は行列 $A$ により表現され、また、逆に行列 $A$ に対して線型写像 $f : V \to W$ が定まるといえます。このようなことから、定理 4.50により定まる行列 $A$ を、基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$、$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ に関する $f$ の行列表示($\text{matrix representation}$)と呼びます。
この呼び方からわかるように、線型写像 $f : V \to W$ を表現する行列 $A$ がどのようなものであるかは $V$ と $W$ の基底に依存します。すなわち、同じ線型写像 $f$ であっても、$V$ と $W$ の基底のとり方が異なれば、対応する行列は異なるということです。ただし、基底のとり方が異なる場合も、同じ線型写像に対応する行列がまったく無関係な行列に対応するというわけではなく、正則行列により互いに変換可能な行列になります。このような行列は、ある行列に対等($\text{equivalent}$)な行列などと呼ばれます。基底の変更により線型写像 $f$ の行列表示がどのように変わるかについては、定理 4.52(対等な行列)にて改めて考察します。
用語
線型写像の「行列表示($\text{matrix representation}$)」に関しては、他に、「表現行列」、「対応する行列」などといった用語が用いられます。しかしながら、いずれも [13] の見出し語には見られないものです。それぞれの教科書に合わせた用語が望ましいでしょう。また、対応する英語に関して、[5] においては $\text{“the matrix associated with the linear map”}$ と表現されています。
証明
$f : V \to W$ は写像であるから $f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \in W$ であり、$f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n})$ はそれぞれ $\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ の線型結合として表せる。
この関係式をまとめて次のように表すことができる。ここで $A = (\, a_{ij} \,)$ であり、$A$ は $(m, n)$ 型の行列となる。
ここで、$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ は $W$ の基底であるので、$f(\bm{v}_{j})$ を $\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ の線型結合として表す表し方は一意的である。したがって、線型写像 $f$ に対して行列 $A$ は一意に定まる。逆に、$(m, n)$ 型の行列 $A = (\, a_{ij} \,)$ が与えられたとき、$V$ の基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ に対して、次のような $f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n})$ を対応させる $f$ を考える。
また、$\bm{v} = x_{1} \bm{v}_{1} + x_{2} \bm{v}_{2} + \cdots + x_{n} \bm{v}_{n}$ に対して、
であるとすると、任意の $\bm{v} \in V$ に対して $f(\bm{v}) \in W$ が一意に定まるので $f$ は写像である。また、$\bm{v} = x_{1} \bm{v}_{1} + x_{2} \bm{v}_{2} + \cdots + x_{n} \bm{v}_{n}, \; \bm{v}^{\prime} = x^{\prime}_{1} \bm{v}_{1} + x^{\prime}_{2} \bm{v}_{2} + \cdots + x^{\prime}_{n} \bm{v}_{n}, \; c \in K$ とすると、
であることから $f$ は線型写像である。したがって、与えられた行列 $A$ に対して線型写像 $f$ が定まる。$\quad \square$
証明の骨子
($\text{i}$)線型写像 $f : V \to W$ により行列 $A$ が定まり、また、逆に($\text{ii}$)行列 $A$ により線型写像 $f : V \to W$ が定まることを示します。($\text{ii}$)については、与えられた行列 $A$ により定まる $V$ の元と $W$ の元の対応が写像であることを示した上で、さらに線型写像であることを示します。
($\text{i}$)線型写像 $f : V \to W$ により行列 $A$ が定まることを示します。
$f : V \to W$ は写像であるので、任意の $\bm{v} \in V$ に対して $\bm{w} = f(\bm{v})$ となる $\bm{w} \in W$ が存在します。したがって、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \in V$ に対して $f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \in W$ が存在します。
$f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n})$ は $W$ の元なので、それぞれ $\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ の線型結合として表せることになります。
$$ \begin{array} {ccc} f(\bm{v}_{j}) = \displaystyle \sum_{i}^{m} \, \bm{w}_{i} \, a_{ij} && (\, 1 \leqslant j \leqslant n \,) \end{array} $$この $f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n})$ に関する関係式を、線型結合の行列表記によりまとめて表すと、線型写像 $f$ に対応す行列 $A$ が得られます。$A = (\, a_{ij} \,)$ であり、$A$ は $(m, n)$ 型の行列となります。
$$ \begin{align*} \tag{4.6.6} (\, f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \,) = (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m} \,) \, A \end{align*} $$- (4.6.6)式は、$V$ の基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \in V$ の $f$ による像を $W$ の基底 $\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ の線型結合として表す関係式をまとめたものであり、$1$ つ $1$ つ書き下せば次のようになります。$$ \begin{array} {c} f(\bm{v}_{1}) = a_{11} \, \bm{w}_{1} + a_{21} \, \bm{w}_{2} + \cdots + a_{m1} \, \bm{w}_{m} \\ f(\bm{v}_{2}) = a_{12} \, \bm{w}_{1} + a_{22} \, \bm{w}_{2} + \cdots + a_{m2} \, \bm{w}_{m} \\ \vdots \\ f(\bm{v}_{n}) = a_{1n} \, \bm{w}_{1} + a_{2n} \, \bm{w}_{2} + \cdots + a_{mn} \, \bm{w}_{m} \\ \end{array} $$
- (4.6.6)式は、$V$ の基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \in V$ の $f$ による像を $W$ の基底 $\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ の線型結合として表す関係式をまとめたものであり、$1$ つ $1$ つ書き下せば次のようになります。
- (4.6.6)式により得られた行列 $A$ は、線型写像 $f$ により一意に定まります。
- $\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ は $W$ の基底であるので、定理 4.28(基底であることと同値な条件)より、$f(\bm{v}_{j})$ を $\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ の線型結合として表す表し方は一意的です。
- したがって、行列 $A$ は線型写像 $f$ に対して一意に定まるといえます。
- 以上から、線型写像 $f : V \to W$ により行列 $A$ が定まることが示されました。
($\text{ii}$)行列 $A$ により線型写像 $f : V \to W$ が定まることを示します。
$(m, n)$ 型の行列 $A = (\, a_{ij} \,)$ が与えられたとき、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \in V$ に対して、次のような $f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \in W$ を対応させる $f$ を考えます。
$$ \begin{array} {ccc} f(\bm{v}_{j}) = \displaystyle \sum_{i}^{m} \, \bm{w}_{i} \, a_{ij} && (\, 1 \leqslant j \leqslant n \,) \end{array} $$- ここでは、$f$ は $V$ と $W$ の間の元の対応であり、まだ $f$ が写像であるとはしません。
- はじめから $f$ を写像としても良いのですが、いま証明したいのは「行列 $A$ に対応する線型写像 $f$ が存在する」ということなので、証明すべきことの一部を仮定することになる可能性があります。
- そのため、$V$ と $W$ の間の元の対応 $f$ を定義した後に、$f$ が写像であり、かつ線型写像であるということを段階的に示した方がより丁寧かと思われます。
また、$\bm{v} = x_{1} \bm{v}_{1} + x_{2} \bm{v}_{2} + \cdots + x_{n} \bm{v}_{n}$ に対して、$f$ は次の式を満たすとします。
$$ f(\bm{v}) = x_{1} \, f(\bm{v}_{1}) + x_{2} \, f(\bm{v}_{2}) + \cdots + x_{n} \, f(\bm{v}_{n}) $$これにより、任意の $\bm{v} \in V$ に対して $f(\bm{v}) \in W$ が存在し、かつ $f(\bm{v})$ が一意に定まることが担保されますので、$f$ は写像であるといえます。
- まず、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ が $V$ の基底であることから、任意の $\bm{v} \in V$ は $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ の線型結合として $\bm{v} = x_{1} \bm{v}_{1} + x_{2} \bm{v}_{2} + \cdots + x_{n} \bm{v}_{n}$ と表せます。上式により $f(\bm{v}) = x_{1} \, f(\bm{v}_{1}) + x_{2} \, f(\bm{v}_{2}) + \cdots + x_{n} \, f(\bm{v}_{n})$ かつ $f(\bm{v}_{j}) \in W$ であるので、任意の $\bm{v} \in V$ に対して $f(\bm{v}) \in W$ が存在するといえます。
- 同様に上式により、任意の $f(\bm{v}), \, f(\bm{v}^{\prime})$ は $\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ の線型結合で表されることになりますが、$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ は $W$ の基底であり線型独立であるため $f(\bm{v}) \neq f(\bm{v}^{\prime}) \Rightarrow \bm{v} \neq \bm{v}^{\prime}$ が成り立ちます。
- これにより、$f$ が写像の要件を満たすことが確かめられました。
次に、$f$ が線型写像であることを確かめます。線型写像の定義にしたがって、$f$ が和とスカラー倍の演算を保存することを確かめます。
まず、和の演算について $\bm{v} = x_{1} \bm{v}_{1} + x_{2} \bm{v}_{2} + \cdots + x_{n} \bm{v}_{n}, \; \bm{v}^{\prime} = x^{\prime}_{1} \bm{v}_{1} + x^{\prime}_{2} \bm{v}_{2} + \cdots + x^{\prime}_{n} \bm{v}_{n}$ とすると、次が成り立ちます。
$$ \begin{split} f(\bm{v} + \bm{v}^{\prime}) &\overset{(1)}{=} f((x_{1} \bm{v}_{1} + x_{2} \bm{v}_{2} + \cdots + x_{n} \bm{v}_{n}) + (x^{\prime}_{1} \bm{v}_{1} + x^{\prime}_{2} \bm{v}_{2} + \cdots + x^{\prime}_{n} \bm{v}_{n})) \\ &\overset{(2)}{=} f((x_{1} + x^{\prime}_{1}) \, \bm{v}_{1} + (x_{2} + x^{\prime}_{2}) \, \bm{v}_{2} + \cdots + (x_{n} + x^{\prime}_{n}) \, \bm{v}_{n}) \\ &\overset{(3)}{=} (x_{1} + x^{\prime}_{1}) \, f(\bm{v}_{1}) + (x_{2} + x^{\prime}_{2}) \, f(\bm{v}_{2}) + \cdots + (x_{n} + x^{\prime}_{n}) \, f(\bm{v}_{n}) \\ &\overset{(4)}{=} (\, x_{1} \, f(\bm{v}_{1}) + x_{2} \, f(\bm{v}_{2}) + \cdots + x_{n} \, f(\bm{v}_{n}) \,) \\ & \quad \quad + (\, x^{\prime}_{1} \, f(\bm{v}_{1}) + x^{\prime}_{2} \, f(\bm{v}_{2}) + \cdots + x^{\prime}_{n} \, f(\bm{v}_{n}) \,) \\ &\overset{(5)}{=} f(\bm{v}) + f(\bm{v}^{\prime})\\ \end{split} $$- ($1$)、($3$)、($5$)は $f$ の置き方によります。
- ($2$)、($4$)はベクトル空間の公理によります。
次に、スカラー倍の演算について $\bm{v} = x_{1} \bm{v}_{1} + x_{2} \bm{v}_{2} + \cdots + x_{n} \bm{v}_{n}, \; c \in K$ とすると、次が成り立ちます。
$$ \begin{split} f(c\,\bm{v}) &\overset{(1)}{=} f(c \, (x_{1} \bm{v}_{1} + x_{2} \bm{v}_{2} + \cdots + x_{n} \bm{v}_{n})) \\ &\overset{(2)}{=} f(c \, x_{1} \bm{v}_{1} + c \, x_{2} \bm{v}_{2} + \cdots + c \, x_{n} \bm{v}_{n}) \\ &\overset{(3)}{=} c \, x_{1} \, f(\bm{v}_{1}) + c \, x_{2} \, f(\bm{v}_{2}) + \cdots + c \, x_{n} \, f(\bm{v}_{n}) \\ &\overset{(4)}{=} c \, (\, x_{1} \, f(\bm{v}_{1}) + x_{2} \, f(\bm{v}_{2}) + \cdots + x_{n} \, f(\bm{v}_{n}) \,) \\ &\overset{(5)}{=} c \, f(\bm{v}) \\ \end{split} $$- ($1$)、($3$)、($5$)は $f$ の置き方によります。
- ($2$)、($4$)はベクトル空間の公理によります。
したがって、$f$ が線型写像であることが確かめられました。
以上から、与えられた行列 $A$ に対して線型写像 $f$ が定まることが示されました。
まとめ
- $V, W$ をそれぞれ $n$ 次元、$m$ 次元のベクトル空間とし、それぞれの基底を $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$、$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ とする。
このとき、線型写像 $f : V \to W$ に対して次の関係式により表される $(m, n)$ 型行列 $A$ が存在する。
$$ \begin{align*} (\, f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \,) = (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m} \,) \, A \end{align*} $$また、逆に $(m, n)$ 型行列 $A$ が与えられたとき、この関係式により表される線型写像 $f : V \to W$ が存在する。
参考文献
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.