線型写像の行列表示(4)

線型写像 $f : V \to W$ の行列表示はベクトル空間 $V, W$ の基底のとり方によるものであることをみてきました。ベクトル空間の基底のとり方は複数ありますので、基底のとり方により $f$ の表現行列も異なります。

ここでは、基底の変更により $f$ の表現行列がどのように変更されるかを示す定理を導きます。

基底の変更


定理 4.52(対等な行列)

$V, W$ をベクトル空間、$f : V \to W$ を線型写像とする。$V$ の基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ と $W$ の基底 $\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ に関する $f$ の表現行列を $A = (\, a_{ij} \,)$ として、$V$ の基底 $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ と $W$ の基底 $\bm{w}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{w}^{\prime}_{m}$ に関する $f$ の表現行列を $B = (\, b_{ij} \,)$ とする。また、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ から $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ への基底変換行列を $P$、$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ から $\bm{w}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{w}^{\prime}_{m}$ への基底変換行列を $Q$ とする。このとき、次が成り立つ。

$$ \begin{align*} \tag{4.6.10} B = Q^{-1} A P \end{align*} $$



定理 4.52は、同じ線型写像を表現する行列の間の関係を示しています。すなわち、基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ と $\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ に関する $f$ の表現行列 $A$ と、基底 $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ と $\bm{w}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{w}^{\prime}_{m}$ に関する $f$ の表現行列 $B$ との間には(4.6.10)式で示される関係が成り立ちます。基底変換行列 $P, Q$ が正則であることから、同様に $A = Q A P^{-1}$ が成り立つことも簡単に確かめられます。つまり、$f$ の表現行列 $A$ と $B$ は互いに置き換え可能であるといえます。そのような意味で、$B$ は $A$ に対等($\text{equivalent}$)であるといいます。(もちろん、同時に $A$ は $B$ に対等であるといえます。)また、これは明らかに $M_{m,n} (K)$ における同値関係を表しており、対等な行列に関して $A \sim B$ のように表されることもあります。

$2$ つの行列が対等であるということには重要な意味があります。すなわち、ある行列を対等な行列で置き換えることができるということは、ある線型写像を表現する行列を、適当な基底を選ぶことで、より扱いやすく簡単な形に変形できる可能性があるということを意味しています。これが行列の標準化の基本的な考え方になります。

後に見るように、この考え方は線型変換において特に重要です。この場合、基底の変更により、線型変換の表現行列は相似($\text{similar}$)な行列に変わるといいます。「対等($\text{equivalent}$)」は一部の教科書([1], [4])でのみ用いられている一方で、「相似($\text{similar}$)」は多くの教科書([1], [2], [3], [4], [5])で用いられています。また、[13] においても、「相似($\text{similar}$)」は見出し語にありますが、「対等($\text{equivalent}$)」は見出し語になっていません。



証明

定理の仮定から、$f$ の表現行列 $A, B$ と基底変換行列 $P, Q$ について、次のことが成り立つ。

$$ \begin{align*} (\, f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \,) &= (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m} \,) \, A, \tag{\text{i}} \\ (\, f(\bm{v}^{\prime}_{1}), \cdots, f(\bm{v}^{\prime}_{n}) \,) &= (\, \bm{w}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{w}^{\prime}_{m} \,) \, B, \tag{\text{ii}} \\ (\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) &= (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, P, \tag{\text{iii}} \\ (\, \bm{w}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{w}^{\prime}_{m} \,) &= (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m} \,) \, Q \tag{\text{iv}} \\ \end{align*} $$

$f$ は線型写像であるから、($\text{i}$)と($\text{iii}$)より、次が成り立つ。

$$ \begin{split} (\, f(\bm{v}^{\prime}_{1}), \cdots, f(\bm{v}^{\prime}_{n}) \,) &= (\, f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \,) \, P \\ &= (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m} \,) \, A P \\ \end{split} $$

また、($\text{ii}$)と($\text{iv}$)より、次が成り立つ。

$$ \begin{split} (\, f(\bm{v}^{\prime}_{1}), \cdots, f(\bm{v}^{\prime}_{n}) \,) &= (\, \bm{w}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{w}^{\prime}_{m} \,) \, B \\ &= (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m} \,) \, Q B \\ \end{split} $$

したがって、

$$ (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m} \,) \, Q B = (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m} \,) \, A P $$

であり、$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ は線型独立であるから $Q B = A P$ が成り立つ。また、$Q$ は正則だから $B = Q^{-1} A P$ となる。$\quad \square$



証明の骨子

線型写像の行列表示に関する関係式(定理 4.50(線型写像の行列表示))と基底変換行列に関する関係式(定理 4.49(基底の変換))を用います。

  • $f$ の表現行列 $A, B$ と基底変換行列 $P, Q$ に関する関係式を整理します。

    • 定理 4.50(線型写像の行列表示)より、線型写像 $f$ の表現行列 $A, B$ について、次の関係式が成り立ちます。

      $$ \begin{align*} (\, f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \,) &= (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m} \,) \, A \tag{\text{i}} \\ (\, f(\bm{v}^{\prime}_{1}), \cdots, f(\bm{v}^{\prime}_{n}) \,) &= (\, \bm{w}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{w}^{\prime}_{m} \,) \, B \tag{\text{ii}} \\ \end{align*} $$

    • また、定理 4.49(基底の変換)より、基底変換行列 $P, Q$ について、次の関係式が成り立ちます。

      $$ \begin{align*} (\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,) &= (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, P \tag{\text{iii}} \\ (\, \bm{w}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{w}^{\prime}_{m} \,) &= (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m} \,) \, Q \tag{\text{iv}} \\ \end{align*} $$

      • ($\text{iii}$)において、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ と $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ はともに $V$ の基底であることから、定理 4.48(基底の間の関係)により $P$ は正則であり、逆行列 $P^{-1}$ を持ちます。
      • 同様に($\text{iv}$)において、$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ と $\bm{w}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{w}^{\prime}_{m}$ はともに $W$ の基底であることから定理 4.48(基底の間の関係)により $Q$ は正則であり、逆行列 $Q^{-1}$ を持ちます。
  • これらの関係式を組み合わせて $Q B = A P$ を導きます。

    • 証明すべきは $B = Q^{-1} A P$ であり、上の考察より $P$ と $Q$ が正則であることがわかっていますので、($\text{i}$)$\sim$($\text{iv}$)の関係式を上手く組み合わせて $Q B = A P$ を導くことを考えます。

    • まず、($\text{i}$)と($\text{iii}$)より次が成り立ちます。

      $$ \begin{split} (\, f(\bm{v}^{\prime}_{1}), \cdots, f(\bm{v}^{\prime}_{n}) \,) &\overset{(1)}{=} (\, f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \,) \, P \\ &\overset{(2)}{=} (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m} \,) \, A P \\ \end{split} $$

      • ($1$)は、基底変換行列に関する($\text{iii}$)式に対して、定理 4.45(線型結合の行列表記)を適用することで得られます。すなわち、$f$ が線型写像であるとき、$(\, \bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n} \,)$ $=$ $(\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, P$ ならば $(\, f(\bm{v}^{\prime}_{1}), \cdots, f(\bm{v}^{\prime}_{n}) \,)$ $=$ $(\, f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \,) \, P$ が成り立ちます。
      • ($2$)は、上で得られた関係式に $f$ の表現行列に関する($\text{i}$)式を適用することで得られます。
    • 次に、($\text{ii}$)と($\text{iv}$)より次が成り立ちます。これは、$f$ の表現行列に関する($\text{ii}$)式と基底変換行列に関する($\text{iv}$)式から直ちに導くことができます。

      $$ \begin{split} (\, f(\bm{v}^{\prime}_{1}), \cdots, f(\bm{v}^{\prime}_{n}) \,) &= (\, \bm{w}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{w}^{\prime}_{m} \,) \, B \\ &= (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m} \,) \, Q B \\ \end{split} $$

    • 以上から次の関係式が得られます。

      $$ (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m} \,) \, A P = (\, \bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m} \,) \, Q B $$

    • いま、$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ は $W$ の基底であるから線型独立であり、定理 4.47(線型独立なベクトルの組 $2$)より、$A P = Q B$ が成り立ちます。

    • $Q$ が正則であることから $B = Q^{-1} A P$ となります。以上で題意が示されました。また、まったく同様の考え方により、$A = Q B P^{-1}$ という関係式を導くことができます。


可換図式

基底の変更により線型写像の表現行列が対等な行列に変わることを可換図式で表すと次のようになります。線型写像と基底変換行列の可換図式については、それぞれ前項の例を参照ください。特に、基底変換行列 $P, Q$ に対応する矢印の向きに注意が必要です。

一般の線型写像とその表現行列(行列表示)の可換図式。基底の変更により、表現行列が対等な行列に変更されることを表す。


ここで、$\bm{v} \in V$ を基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ の線型結合として表したときの座標ベクトルを $\bm{x}$、$\bm{v} \in V$ を基底 $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ の線型結合として表したときの座標ベクトルを $\bm{x}^{\prime}$ として、$V$ から $K^{n}$ への同型写像を $\psi, \, \psi^{\prime}$ とすると、$\bm{v} \in V$ と $2$ つの座標ベクトルとの間に $\bm{x} = \psi(\bm{v}), \; \bm{x}^{\prime} = \psi(\bm{v})$ が成り立ちます。同様に、$\bm{w} \in W$ を基底 $\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ の線型結合として表したときの座標ベクトルを $\bm{y}$、$\bm{w} \in W$ を基底 $\bm{w}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{w}^{\prime}_{m}$ の線型結合として表したときの座標ベクトルを $\bm{y}^{\prime}$ として、$V$ から $K^{m}$ への同型写像を $\phi, \, \phi^{\prime}$ とすると、$\bm{w} \in W$ と $2$ つの座標ベクトルとの間に $\bm{y} = \psi(\bm{w}), \; \bm{y}^{\prime} = \psi(\bm{w}^{\prime})$ が成り立ちます。

このとき、$f$ の表現行列 $A, B$ と 基底変換行列 $P, Q$ はそれぞれ次のように表せます。

$$ \begin{align*} A &= \phi \circ f \circ \psi^{-1}, \\ B &= \phi^{\prime} \circ f \circ {\psi^{\prime}}^{-1}, \\ P &= \psi \circ {\psi^{\prime}}^{-1}, \\ Q &= \phi \circ {\phi^{\prime}}^{-1} \\ \end{align*} $$

したがって、

$$ \begin{split} Q^{-1} A P &= (\phi \circ {\phi^{\prime}}^{-1})^{-1} \, (\phi \circ f \circ \psi^{-1}) \, (\psi \circ {\psi^{\prime}}^{-1}) \\ &= (\phi^{\prime} \circ \phi^{-1}) \, (\phi \circ f \circ \psi^{-1}) \, (\psi \circ {\psi^{\prime}}^{-1}) \\ &= \phi^{\prime} \circ (\phi^{-1} \phi) \circ f \circ (\psi^{-1} \psi) \circ {\psi^{\prime}}^{-1} \\ &= \phi^{\prime} \circ f \circ {\psi^{\prime}}^{-1} \\ &= B \\ \end{split} $$

となり、上の定理 4.52の主張と整合することが確かめられます。


まとめ

  • 線型写像 $f : V \to W$ の $2$ つの表現行列 $A, B$ の間には次の関係式が成り立つ。

    $$ \begin{align*} B = Q^{-1} A P \end{align*} $$

    • $A$:$V$ の基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ と $W$ の基底 $\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ に関する $f$ の表現行列。
    • $B$:$V$ の基底 $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ と $W$ の基底 $\bm{w}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{w}^{\prime}_{m}$ に関する $f$ の表現行列。
    • $P$:$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ から $\bm{v}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{v}^{\prime}_{n}$ への基底変換行列。
    • $Q$:$\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ から $\bm{w}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{w}^{\prime}_{m}$ への基底変換行列。

参考文献

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
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[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
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[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.

初版:2023-04-14   |   改訂:2024-08-28