線型変換の行列表示(1)

これまでは一般の線型写像 $f : V \to W$ の行列表示に関して考えてきましたが、ここからは線型変換 $f : V \to V$ の行列表示について考えます。線型変換は線型写像の特別な場合であるので、基本的には、これまでに示した一般の線型写像の行列表示に関する諸定理が適用できます。

線型変換の行列表示は、固有値と固有ベクトルや行列の標準化など、実際の応用において非常に重要であり、また特別な注意も必要であるため改めて整理します。

線型変換の行列表示


定理 4.54(線型変換の行列表示)

$V$ を $n$ 次元のベクトル空間、$V$ の基底を $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ とする。線型変換 $f : V \to V$ に対して、次の関係式により表される $n$ 次正方行列 $A$ が存在する。

$$ \begin{align} \tag{4.6.12} (\, f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \,) = (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, A \end{align} $$

また、逆に $n$ 次正方行列 $A$ が与えられたとき、この関係式により表される線型変換 $f : V \to V$ が存在する。



これは定理 4.50(線型写像の行列表示)の系ともいえる定理であり、定理 4.50(線型写像の行列表示)において $V = W$ として $V$ の基底を $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ に固定すれば、これが成り立つことは明らかといえます。

定理 4.54は、$n$ 次元ベクトル空間 $V$ における線型変換と $1$ 対 $1$ に対応する $n$ 次正方行列が存在することを示しています。すなわち、線型変換 $f : V \to V$ は正方行列 $A$ により表現され、また、逆に正方行列 $A$ に対して線型写像 $f : V \to V$ が定まります。このようなことから、上の定理により定まる正方行列 $A$ を、基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ に関する $f$ の行列表示($\text{matrix representation}$)と呼びます。

線型変換 $f : V \to V$ を表現する正方行列 $A$ がどのようなものであるかは $V$ の基底のとり方に依存します。すなわち、同じ線型変換 $f$ の行列表示であっても、$V$ の基底のとり方が異なれば、対応する行列は異なるということです。ただし、基底のとり方が異なる場合も、同じ線型変換に対応する行列がまったく無関係な行列に対応するというわけではなく、正則行列により互いに変換可能な相似($\text{similar}$)な行列と呼ばれる行列に対応することになります。基底の変更により線型変換 $f$ の行列表示がどのように変わるかについては、定理 4.56(相似な行列)にて改めて考察します。

定理 4.54において特に注意すべき点は、$V$ の基底が $1$ つに固定されているという点です。一般の線型写像の場合(定理 4.50(線型写像の行列表示))と見比べると、線型変換 $f$ の定義域としての $V$ の基底と値域としての $V$ の基底は必ずしも一致している必要はありません。すなわち、線型写像 $f : V \to W$ について、($f$ の定義域としての)$V$ の基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ と($f$ の値域としての)$W$ の基底 $\bm{w}_{1}, \cdots, \bm{w}_{m}$ に対して行列表示が定まりました。これと同じように、線型変換 $f : V \to V$ についても、$f$ の定義域としての $V$ の基底と $f$ の値域としての $V$ の基底は、それぞれ異なる基底を選んでも問題ないはずです。つまり、線型変換の行列表示において $V$ の基底を $1$ つに固定する必要はないということです。しかしながら、通常、このことに実効的な意味は何もありません。このため、定理 4.54では、定義域と値域で同じ基底がとられていることを前提として、基底を $1$ つに固定しているということです。


可換図式

線型変換の表現行列について可換図式で表すと次のようになります。可換図式については初出の項を参照ください。

線型変換とその表現行列(行列表示)に関する可換図式


ここで $\bm{v}, \bm{v}^{\prime} \in V$ を基底 $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ の線型結合として表したときの座標ベクトルを $\bm{x}, \bm{x}^{\prime}$ として、線型変換 $f$ について $\bm{v}^{\prime} = f(\bm{v})$ であるとします。すなわち、線型変換により $\bm{v}$ は $\bm{v}^{\prime}$ に移されるとします。いま $V$ から $K^{n}$ への同型写像を $\psi$ とすると、$\bm{v}, \bm{v}^{\prime}$ と $\bm{x}, \bm{x}^{\prime}$ との間に $\bm{x} = \psi(\bm{v}), \, \bm{x}^{\prime} = \psi(\bm{v}^{\prime})$ が成り立ちます。このとき、$f$ の表現行列 $A$ は(4.6.8)式により、次のように表せます。

$$ A = \psi \circ f \circ \psi^{-1} $$

このとき、

$$ \begin{split} A \, \bm{x} &= (\psi \circ f \circ \psi^{-1}) \, \bm{x} \\ &= (\psi \circ f) \, \psi^{-1} (\bm{x}) \\ &= (\psi \circ f) \, (\bm{v}) \\ &= \psi \, (f (\bm{v})) \\ &= \psi \, (\bm{v}^{\prime}) \\ &= \bm{x}^{\prime} \\ \end{split} $$

であることから、線型変換 $f$ による関係式 $\bm{v}^{\prime} = f(\bm{v})$ に対応する行列演算が $\bm{x}^{\prime} = A \, \bm{x}$ であるといえます。また、このことは、可換図式において異なる経路の写像の合成が等しくなることからも確かめられます。


まとめ

  • $V$ を $n$ 次元のベクトル空間、$V$ の基底を $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n}$ とする。
    • 線型変換 $f : V \to V$ に対して、次の関係式により表される $n$ 次正方行列 $A$ が存在する。

      $$ \begin{align*} (\, f(\bm{v}_{1}), \cdots, f(\bm{v}_{n}) \,) = (\, \bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{n} \,) \, A \end{align*} $$

    • また、逆に $n$ 次正方行列 $A$ が与えられたとき、この関係式により表される線型変換 $f : V \to V$ が存在する。

    • 線型変換の行列表示では、定義域と値域で同じ基底がとられていることを前提とする。


参考文献

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[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
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[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
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[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
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初版:2023-04-17   |   改訂:2024-08-28