行列の階数と小行列式
行列 $A$ の階数が、$A$ の $0$ でない小行列式の最大次数に等しいことを示します。
この定理は、行列の階数が小行列式により定まることを示すとともに、一般の行列に標準形が存在することや標準形への変形が可能であることを示唆する重要な定理です。
階数の基本的性質
定理 4.63(階数と小行列式)
行列 $A$ の階数は、$A$ の $0$ でない小行列式の最大次数に等しい。
解説
小行列式とは
$(m, n)$ 型の行列 $A$ に対して、$A$ の $p$ 個の行と $p$ 個の列を任意に取り出して作られる $p$ 次の正方行列の行列式を $p$ 次の小行列式($\text{minor /}$ $\text{minor determinant}$)といいます。ここで、(当然ながら)$1 \leqslant p \leqslant m$ かつ $1 \leqslant p \leqslant n$ が成り立ちます。
$p$ 個の行と $p$ 個の列の取り出し方は任意であるので、$A$ の小行列式はその組み合わせの数だけ存在します。すなわち、$(m, n)$ 型の行列 $A$ に対して、$A$ の小行列式は ${}_{m} \text{C}_{p} \cdot {}_{n} \text{C}_{p}$ 個あります。
階数と小行列式
定理 4.63(階数と小行列式)は、一般の $(m, n)$ 型の行列について成り立ちます。注意すべきは、行列の階数が一般の行列に対して定義される一方で、行列式は正方行列に対してのみ定義される(行列式の定義)という点です。
定理 4.63は、一般の $(m, n)$ 型の行列 $A$ の階数が、$A$ から切り出される正方行列の行列式(小行列式)の最大次数に等しくなることを示してます。このような意味で、定理 4.63は行列の階数と小行列式の関係を表しています。
また、定理の証明に示すように、行列 $A$ の階数を $r$ とすれば、「$A$ の $0$ でない小行列式の最大次数が $r$ に等しい」ということは、「$A$ の $r$ 次の小行列式で値が $0$ でないものが存在」し、かつ「$r$ より大きい次数の $A$ の小行列式はすべて $0$ に等しい」ということと同値です。
階数の計算方法
我々は行列式の計算方法を既に得ていますので、定理 4.63(階数と小行列式)により、具体的に与えられた行列の階数を計算することが可能になります。
つまり、具体的に与えられた行列に対して、値が $0$ でない小行列式の最大次数を調べることで、与えられた行列の階数を計算することができます。
しかしながら、この方法にしたがって ${}_{m} \text{C}_{p} \cdot {}_{n} \text{C}_{p}$ 個の小行列式を計算するのは現実的ではありません。実際には、行列の基本変形による計算方法により階数を求める方が効率的で簡単です。
定理 4.63の意義
定理 4.63(階数と小行列式)の意義は、実際的な計算手段よりも理論的な面にあります。すなわち、定理 4.63により、行列の階数が小行列式の最大次数により定まると考えることができます。
このとき、ある行列 $A$ の階数が $r$ であるということは、行列式の値が $0$ でない $r$ 次の正方行列を含むような形に $A$ を変形できるということを示唆しています。いうまでもなく、これは、一般の行列に対して標準形が存在すること、標準形への変形が可能であることを示唆しています。
証明
$A$ の階数を $r$ とする。このとき、定理 4.60(行階数)より $A$ の行ベクトルのうち線型独立なものは $r$ 個あり、これを $\bm{a}^{\prime}_{i_{1}}, \bm{a}^{\prime}_{i_{2}}, \cdots, \bm{a}^{\prime}_{i_{r}}$ とすれば、$A$ から $\bm{a}^{\prime}_{i_{1}}, \bm{a}^{\prime}_{i_{2}}, \cdots, \bm{a}^{\prime}_{i_{r}}$ を取り出して $(r, n)$ 型の行列 $A^{\prime}$ を作ることができる。$A^{\prime}$ において、行ベクトル $\bm{a}^{\prime}_{i_{1}}, \bm{a}^{\prime}_{i_{2}}, \cdots, \bm{a}^{\prime}_{i_{r}}$ は線型独立であるから $A^{\prime}$ の階数も $r$ に等しい。$A^{\prime}$ の階数は $r$ であるので、定理 4.57(列階数)より $A^{\prime}$ の列ベクトルのうち線型独立なものは $r$ 個あり、これを $\bm{a}_{j_{1}}, \bm{a}_{j_{2}}, \cdots, \bm{a}_{j_{r}}$ とすれば、$A^{\prime}$ から更に $\bm{a}_{j_{1}}, \bm{a}_{j_{2}}, \cdots, \bm{a}_{j_{r}}$ を取り出して $(r, r)$ 型行列 $A^{\prime \prime}$ を作ることがきる。このとき、$A^{\prime \prime}$ の階数は $r$ に等しい。
$A^{\prime \prime}$ は $r$ 次の正方行列であり $\text{rank} \, A^{\prime \prime} = r$ なので、定理 4.62(正則行列と階数)より、$A^{\prime \prime}$ は正則であり $\det A^{\prime \prime} \neq 0$ が成り立つ。したがって、$A$ の $r$ 次の小行列式であり値が $0$ でないものが存在する。
また、$r \lt s$ として、$A$ から任意の $s$ 個の行と $s$ 個の列を取り出して正方行列 $B$ を作れば、$B$ の階数は $r$ を超えない。すなわち $\text{rank} \, B \leqslant r \lt s$ となるので、定理 4.62より、$B$ は正則ではなく $\det B = 0$ が成り立つ。したがって、$A$ の $r$ より大きい次数の小行列式はすべて $0$ に等しい。以上から、$A$ の階数は $A$ の $0$ でない小行列式の最大次数に等しい。$\quad \square$
証明の骨子
$A$ の階数を $r$ とすれば、「$A$ の階数が $A$ の $0$ でない小行列式の最大次数に等しい」ということは($\text{i}$)$A$ の $r$ 次の小行列式のうち $0$ でないものが存在し、かつ($\text{ii}$)$r$ より大きい次数の $A$ の小行列式はすべて $0$ に等しい、ということと同値です。
($\text{i}$)と($\text{ii}$)がそれぞれ成り立つことを示していきます。証明にあたっては、定理 4.57(列階数)、定理 4.60(行階数)、定理 4.62(正則行列と階数)を用います。
($\text{i}$)$A$ の $r$ 次の小行列式のうち $0$ でないものが存在することの証明
- $A$ の階数を $r$ として、$A$ から $(r, r)$ 型の正方行列を切り出して、$r$ 次の小行列式を得ることを考えます。
- まず、$A$ から線型独立な行ベクトルを切り出して、$(r, n)$ 型の行列を作ります。
定理 4.60(行階数)より、$A$ の行ベクトルのうち線型独立なものの最大数は $A$ の階数 $r$ に等しくなります。すなわち、$A$ の線型独立な行ベクトルは $r$ 個あり、これを $\bm{a}^{\prime}_{i_{1}}, \bm{a}^{\prime}_{i_{2}}, \cdots, \bm{a}^{\prime}_{i_{r}}$ とします。ここで $1 \leqslant i_{1} \lt i_{2} \lt \cdots \lt i_{r} \leqslant m$ です。
$A$ から $\bm{a}^{\prime}_{i_{1}}, \bm{a}^{\prime}_{i_{2}}, \cdots, \bm{a}^{\prime}_{i_{r}}$ を取り出して $(r, n)$ 型行列 $A^{\prime}$ を作ります。$A^{\prime}$ は $A$ から第 $i_{1}$ 行、第 $i_{2}$ 行 $\cdots$ 第 $i_{r}$ 行 を取り出した行列であり、具体的には次のようになります。
$$ \begin{align*} A^{\prime} = \begin{pmatrix} \; \bm{a}^{\prime}_{i_{1}} \; \\ \; \bm{a}^{\prime}_{i_{2}} \; \\ \; \vdots \; \\ \; \bm{a}^{\prime}_{i_{r}} \; \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \; a_{i_{1}1} & a_{i_{1}2} & \cdots & a_{i_{1}n} \; \\ \; a_{i_{2}1} & a_{i_{2}2} & \cdots & a_{i_{2}n} \; \\ \; \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \; \\ \; a_{i_{r}1} & a_{i_{r}2} & \cdots & a_{i_{r}n} \; \\ \end{pmatrix} \end{align*} $$$A^{\prime}$ において、行ベクトル $\bm{a}^{\prime}_{i_{1}}, \bm{a}^{\prime}_{i_{2}}, \cdots, \bm{a}^{\prime}_{i_{r}}$ は線型独立であるから、再び定理 4.60(行階数)より、$A^{\prime}$ の階数も $r$ に等しくなります。
- 次に、$A^{\prime}$ から線型独立な列ベクトルを切り出して、$(r, r)$ 型の正方行列を作ります。
$A^{\prime}$ の階数は $r$ なので、定理 4.57(列階数)より、$A^{\prime}$ の列ベクトルのうち線型独立なものの最大数も $r$ に等しくなります。すなわち、$A^{\prime}$ の線型独立な列ベクトルは $r$ 個あり、これを $\bm{a}_{j_{1}}, \bm{a}_{j_{2}}, \cdots, \bm{a}_{j_{r}}$ とします。ここで $1 \leqslant j_{1} \lt j_{2} \lt \cdots \lt j_{r} \leqslant n$ です。
$A^{\prime}$ から更に $\bm{a}_{j_{1}}, \bm{a}_{j_{2}}, \cdots, \bm{a}_{j_{r}}$ を取り出して更に $(r, r)$ 型行列 $A^{\prime \prime}$ を作ります。$A^{\prime \prime}$ は $A^{\prime}$ から第 $j_{1}$ 列、第 $j_{2}$ 列 $\cdots$ 第 $j_{r}$ 列 を取り出した行列であり、具体的には次のようになります。
$$ \begin{split} A^{\prime \prime} &= (\, \bm{a}_{j_{1}}, \, \bm{a}_{j_{2}}, \, \cdots, \, \bm{a}_{j_{r}} \,) \\ &= \begin{pmatrix} \; a_{i_{1} j_{1}} & a_{i_{1} j_{2}} & \cdots & a_{i_{1} j_{r}} \; \\ \; a_{i_{2} j_{1}} & a_{i_{2} j_{2}} & \cdots & a_{i_{2} j_{r}} \; \\ \; \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \; \\ \; a_{i_{r} j_{1}} & a_{i_{r} j_{2}} & \cdots & a_{i_{r} j_{r}} \; \\ \end{pmatrix} \end{split} $$$A$ から $A^{\prime}$ を取り出したときと同じように、$A^{\prime \prime}$ の列ベクトル $\bm{a}_{j_{1}}, \bm{a}_{j_{2}}, \cdots, \bm{a}_{j_{r}}$ は線型独立であるから、再び定理 4.57(列階数)より、$A^{\prime \prime}$ の階数も $r$ に等しくなります。
ここまでで、$(m, n)$ 型の行列 $A$ から、$(r, r)$ 型の行列(正方行列)$A^{\prime \prime}$ を取り出すことができました。
- $A^{\prime \prime}$ は $r$ 次の正方行列であり $\text{rank} \, A^{\prime \prime} = r$ なので、定理 4.62(正則行列と階数)より $A^{\prime \prime}$ は正則であるといえます。
- したがって、$\det A^{\prime \prime} \neq 0$ が成り立ちます。
- これは、定理 3.22(逆行列を持つための条件)より、$A^{\prime \prime}$ が正則であることと $\det A^{\prime \prime} \neq 0$ が同値であることによります。
- 以上から、($\text{i}$)$A$ の $r$ 次の小行列式のうち $0$ でないものが存在することが示されました。
($\text{ii}$)$r$ より大きい次数の $A$ の小行列式はすべて $0$ に等しいことの証明
- $r \lt s$ として、$A$ から任意の $s$ 個の行と $s$ 個の列を取り出して正方行列 $B$ を作ります。
- このとき、$B$ の階数は $A$ の階数を超えません。
- 定理 4.57(列階数)および定理 4.60(行階数)より、$A$ の線型独立な列ベクトルおよび行ベクトルの最大数は $A$ の階数である $r$ に等しくなります。
- したがって、$A$ からから切り出される行列 $B$ の線型独立な列ベクトルおよび行ベクトルの数は $r$ を超えません。
- よって、$B$ の階数は $A$ の階数 $r$ を超えず、$\text{rank} \, B \leqslant r$ が成り立ちます。
- $r \lt s$ かつ $\text{rank} \, B \leqslant r$ であるので、$\text{rank} \, B \leqslant r \lt s$ すなわち $\text{rank} \, B \lt s$ が成り立ちます。
- したがって、定理 4.62(正則行列と階数)より(より詳しくは定理 4.62の対偶により) $B$ は正則ではありません。
- したがって、$\det B = 0$ が成り立ちます。
- これは、定理 3.22(逆行列を持つための条件)(の対偶)より、$A^{\prime \prime}$ が正則でないことと $\det A^{\prime \prime} = 0$ が同値であることによります。
- 以上から、($\text{ii}$)$r$ より大きい次数の $A$ の小行列式はすべて $0$ に等しいことが示されました。
まとめ
- 行列 $A$ の階数は、$A$ の $0$ でない小行列式の最大次数に等しい。
参考文献
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