行列の基本変形

行列の基本変形とは、行列に対する(可逆な)操作の集合です。基本変形により、階数などの特性を保ったまま、行列をより簡単な形に変形できます。

行列の基本変形は実用面において非常に重要であり、連立一次方程式の解法や逆行列の計算法などに利用できます。

基本変形の定義


定義 5.1(行列の基本変形)

行列に対する次の操作を、行列の基本変形($\text{elementary transformation}$)という。

($1$)ある行を $c$ 倍($c \neq 0$)する。
($2$)ある行を $c$ 倍して他の行に加える。
($3$)$2$ つの行を入れ替える。
($1^{\prime}$)ある列を $c$ 倍($c \neq 0$)する。
($2^{\prime}$)ある列を $c$ 倍して他の列に加える。
($3^{\prime}$)$2$ つの列を入れ替える。


定義 5.1において $c$ は任意のスカラーを表しています( $c \in K$ )。

($1$)$\sim$($3$)を行に関する基本変形(または、単に行基本変形)、($1^{\prime}$)$\sim$($3^{\prime}$)を列に関する基本変形(または、単に列基本変形)といい、これらをまとめて行列の基本変形といいます。


定義から直ちにわかること

定義 5.1から直ちにわかることとして、基本変形の各操作が可逆であることを示します。

すなわち、ある行列 $A$ に対して基本変形を施すことで別の行列 $A^{\prime}$ が得られたとすると、逆に行列 $A^{\prime}$ に対して基本変形を施すことで行列 $A$ を得ることができます。

これは、基本変形の重要な性質(というよりも要請)であり、基本変形が、階数などの行列の特性を保つ変形であることを担保しています。

また、定義 5.1より、当然ながら、基本変形は行列の型を変えません。



定理 5.7(基本変形の可逆性)

行列の基本変形は可逆である。



証明

行に関する基本変形について示す。($1$)ある行列 $A$ の第 $i$ 行を $c$ 倍($ c\neq 0$)して得られた行列を $A_{1}$ とすると、$A_{1}$ の 第 $i$ 行を $\displaystyle \frac{\, 1 \,}{\, c \,}$ 倍することで $A$ が得られる。($2$)ある行列 $A$ の第 $i$ 行を $c$ 倍して第 $j$ 行に加えることで得られた行列を $A_{2}$ とすると、$A_{2}$ の第 $i$ 行を $-c$ 倍して第 $j$ 行に加えることで $A$ が得られる。($3$)ある行列 $A$ の第 $i$ 行と第 $j$ 行を入れ替えることで得られた行列を $A_{3}$ とすると、$A_{3}$ の第 $i$ 行と第 $j$ 行を入れ替えることで $A$ が得られる。したがって、行に関する基本変形($1$)$\sim$($3$)は可逆である。列についても同様に考えることで、列に関する基本変形($1^{\prime}$)$\sim$($3^{\prime}$)も可逆であるといえる。$\quad \square$



定義 5.1から明らかといえます。

行に関する基本変形($1$)$\sim$($3$)と、列に関する基本変形($1^{\prime}$)$\sim$($3^{\prime}$)は、行と列に関して対称的であるので、どちらか一方について証明すれば良いです。


まとめ

  • 次の操作を、行列の基本変形という。

    ($1$)ある行を $c$ 倍($c \neq 0$)する。
    ($2$)ある行を $c$ 倍して他の行に加える。
    ($3$)$2$ つの行を入れ替える。
    ($1^{\prime}$)ある列を $c$ 倍($c \neq 0$)する。
    ($2^{\prime}$)ある列を $c$ 倍して他の列に加える。
    ($3^{\prime}$)$2$ つの列を入れ替える。

  • 行列の基本変形は可逆である。

  • 行列の基本変形は行列の型を変えない。


参考文献

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初版:2023-06-28   |   改訂:2024-10-04