階段行列

具体的に与えられた行列は、基本変形によって(より扱いやすい)標準化された形に変形できます。

まずはじめに、階段行列と呼ばれる行列の形を定義するとともに、任意の行列が行基本変形により階段行列に変形できることを示します。

階段行列は、主成分(各行のもっとも左にある $0$ でない成分)が階段状に並ぶ行列であり、主に階数の計算などに利用されます。

階段行列

階段行列の定義に先立って、次の用語を導入します。


用語(主成分)

ある行列において、各行のもっとも左にある $0$ でない成分をその行の 主成分($\text{leading}$ $\text{entry}$) という。



解説

例えば、次のような行列の $i$ 行目において、$1 \sim (j-1)$ 列目の成分がすべて $0$ であり、$j$ 列目ではじめて $0$ でない成分 $a_{ij} \, (\, \neq 0 \,)$ が現れたとします。

行列におけるある行の主成分の図解

このとき、この行列の第 $i$ 行の主成分は $a_{ij}$ であるといいます。

主成分は、階段行列だけでなく、簡約階段行列行標準形など、更に標準化した形においても重要な役割を果たします。



定義 5.3(階段行列)

次の $2$ つの条件を満たす行列を階段行列($\text{step matrix /}$ $\text{echelon form}$)という。

($\text{i}$)$0$ でない成分を持つ行は、$0$ しか成分を持たない行よりも上にある。
($\text{ii}$)ある行の主成分は、$1$ つ上の行の主成分よりも右にある。


解説

階段行列の形

階段行列は、次のような形の行列になります。

階段行列の形

ここで、左下の $O$ は、階段状に引かれた線より左下の成分がすべて $0$ であることを表しています。また、右上の $\ast$ は、主成分より右にある成分が任意のスカラーであることを表しています。

上図より、階段行列は主成分(各行のもっとも左にある $0$ でない成分)が階段状に並んだ行列といえます。また、行番号が大きくなるにつれて左側に並ぶ $0$ の数が多くなる行列と言い換えることもできます。

階段行列の条件

$A$ を $(m, n)$ 型行列として $A = (a_{i j})$ とすると、$A$ が階段行列であるための条件($\text{i}$)($\text{ii}$)は、次のように論理記号で表せます。ここで、第 $i$ 行の主成分を $a_{i j_{i}}$ とします。

$$ \begin{gather*} (\text{i}) & \left\{ \begin{array} {clc} 1 \leqslant i \leqslant r & \Rightarrow & {}^{\exist} a_{i j} \neq 0 \\ r \lt i \leqslant m & \Rightarrow & {}^{\forall} a_{i j} = 0 \\ \end{array} \right. \\ \\ (\text{ii}) & j_{1} \lt j_{2} \lt \cdots \lt j_{r} \\ & (\; a_{1 j_{1}} \neq 0, a_{2 j_{2}} \neq 0, \cdots, a_{r j_{r}} \neq 0 \;) \end{gather*} $$

すなわち、($\text{i}$)$A$ に「 $0$ でない成分を持つ行」が $r$ 個あるとすれば、第 $1$ 行から第 $r$ 行まで上から順に並んでおり、第 $(r + 1)$ 行以降は「 $0$ しか成分を持たない行」になります。

また、($\text{ii}$)「 $0$ でない成分を持つ行」において、各行の主成分(もっとも左にある $0$ でない成分)の位置を $(i, j_{i})$ とすれば、行番号 $i$ が大きくなるにつれて、主成分の位置する列番号 $j_{i}$ も大きくなります。つまり、「ある行の主成分が $1$ つ上の行の主成分よりも右にある」ということになります。


階段行列への変形


定理 5.11(階段行列)

任意の $(m, n)$ 型行列 $A$ は、行基本変形の操作を繰り返すことで、次のような階段行列に変形することができる。ここで、$a_{1 j_{1}}, \cdots, a_{r j_{r}}$ は $0$ でない成分であり、$r$ は $A$ の階数を表す。

階段行列の形


解説

階段行列への変形可能性

定理 5.11は、任意の行列が階段行列に変形できるということを示しています。

階段行列と階数

定理 5.11の主張は、階段行列の段数($0$ でない成分を持つ行の数)がもとの行列の階数($r$)に一致することを含みます。

与えられた行列に対して階数は一意に定まり(階数の定義)、階数は基本変形により不変(定理 5.10(基本変形と階数))です。

したがって、与えられた行列に対して、行基本変形により得られた階段行列の段数($0$ でない成分を持つ行の数)は一意に定まります。これは極めて重要な点です。

階段行列は一意に定まらない

階段行列の段数($0$ でない成分を持つ行の数)は一意に定まりますが、階段行列の形は一意に定まりません。

このことは、例えば、次のようにして確かめられます。ある行列 $A$ を変形することで階段行列 $B$ を得られたとして、$B$ の $0$ でない成分を持つ行を $c$ 倍( $c \neq 1$ )して得られる行列を $B^{\prime}$ とすれば、$B^{\prime}$ は階段行列の条件($\text{i}$)($\text{ii}$)を満たし、かつ $B \neq B^{\prime}$ が成り立ちます。すなわち、ある行列 $A$ に対して、$2$ つの異なる階段行列 $B, B^{\prime}$ が存在する、ということになります。

一方で、定理 5.11より、$B$ と $B^{\prime}$ の $0$ でない成分を持つ行の数はともに $A$ の階数($r$)に一致します。

以上から、もとの行列に対する基本変形の仕方によって、得られる階段行列の形は異なるが、いずれの階段行列においても $0$ でない成分を持つ行の数(階段の段数)は等しくなるということがいえます。

階段行列と簡約階段行列の違い

次項で定義する簡約階段行列は、階段行列をさらに標準化した形であり、簡約階段行列はもとの行列に対して一意に定まります(定理 5.13(簡約階段行列の一意性))。

  • 階段行列:階段の段数($0$ でない成分を持つ行の数)は一意に定まるが、行列の形は一意に定まらない。
  • 簡約階段行列:階段の段数($0$ でない成分を持つ行の数)も行列の形も一意に定まる。

簡約階段行列は、階段行列の条件($\text{i}$)($\text{ii}$)に加えて更に $2$ つの条件を満たす、階段行列の一種といえます。すなわち、階段行列のうち($\text{iii}$)主成分がすべて $1$ であり($\text{iv}$)主成分の上の成分がすべて $0$ であるような行列が簡約階段行列となります。

簡約階段行列については、次項に詳しくみます。



証明

$A$ を $(m, n)$ 型行列として、$A$ の階数を $r$ とする。$A$ のすべての成分が $0$ であれば $r = 0$ であるから、$A$ はすでに階段行列である。したがって、$A$ が少なくとも $1$ つの $0$ でない成分を持つとする。$A$ の第 $1$ 列が $0$ でない成分を持つとき、行を入れ替えることで $A$ の $(1, 1)$ 成分が $0$ でないように、すなわち、$a_{11} \neq 0$ となるように $A$ を変形できる。このとき、$A$ の第 $1$ 行を ${a_{i1}}^{-1}$ 倍して第 $i$ 行に加えるという操作を $2 \leqslant i \leqslant m$ について繰り返すことで、$A$ は次のように変形される。

$$ A = \begin{pmatrix} a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \\ 0 & a^{\prime}_{22} & \cdots & a^{\prime}_{2n} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ 0 & a^{\prime}_{m2} & \cdots & a^{\prime}_{mn} \\ \end{pmatrix} $$

ここで、$A$ から第 $1$ 行と第 $1$ 列を除いた行列を $A^{\prime}$ とする。また、$A$ の第 $1$ 列の成分がすべて $0$ であれば、$A$ から第 $1$ 列を除いた行列を $A^{\prime}$ とする。$A^{\prime}$ に対して上と同様の操作を繰り返すことで、次のような階段行列が得られる。

階段行列の形

したがって、任意の $(m, n)$ 型行列 $A$ は、行基本変形により階段行列に変形することができる。得られた階段行列の階数は明らかに $r$ であり、もとの行列 $A$ の階数に等しい。$\quad \square$



証明の骨子

$A$ を左から(第 $1$ 列から)みていき、$0$ でない成分があれば第 $1$ 行に移動させ、その成分を要(かなめ)に他の列を掃き出すという操作を繰り返すことで階段行列が得られます。

前提事項の整理

  • 前提として、$A$ を $(m, n)$ 型行列、$A$ の階数を $r$ とします。

$A = O$ の場合

  • すべての成分が $0$ である行列はすでに階段行列といえます。
    • $A$ のすべての成分が $0$ であるため、$A$ の階数も $0$($\, r = 0 \,$)となります。
    • このとき、定義より階段行列は零行列 $O$ に等しく、したがって、$A = O$ はすでに階段行列であるといえます。

$A \neq O$ の場合

  • $A$ は少なくとも $1$ つの $0$ でない成分を持ちます。
  • $A$ を左から(第 $1$ 列から)みていき、$0$ でない成分があれば第 $1$ 行に移動させ、その成分を要(かなめ)に他の列を掃き出すことで階段行列が得られます。
    • $A$ の第 $1$ 列が $0$ でない成分を持つならば、行を入れ替えることで $A$ の $(1, 1)$ 成分が $0$ でないように、すなわち、$a_{11} \neq 0$ となるように $A$ を変形します。(基本変形($3$)「$2$ つの行を入れ替える」)。

      $$ \begin{array} {cc} A = \begin{pmatrix} a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \\ a_{21} & a_{22} & \cdots & a_{2n} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ a_{m1} & a_{m2} & \cdots & a_{mn} \\ \end{pmatrix}, & a_{11} \neq 0 \end{array} $$

    • $A$ の第 $1$ 行を ${a_{i1}}^{-1}$ 倍して第 $i$ 行に加えるという操作を $2 \leqslant i \leqslant m$ について繰り返します。(基本変形($2$)「ある行を $c$ 倍して他の行に加える」

      • この操作により、$A$ の第 $1$ 列は $(1, 1)$ 成分より下の成分がすべて $0$ に等しくなります。
      • この操作は「$(1, 1)$ 成分を要(かなめ)として第 $1$ 列を掃き出す」などと表現されます。
        $$ A = \begin{pmatrix} \; a_{11} & \begin{matrix} a_{12} \phantom{\prime} & \cdots & \phantom{\prime} a_{1n} \end{matrix} \; \\ \; \begin{matrix} 0 \\ \vdots \\ 0 \end{matrix} & \begin{array} {|ccc|} \hline a^{\prime}_{22} & \cdots & a^{\prime}_{2n} \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ a^{\prime}_{m2} & \cdots & a^{\prime}_{mn} \\ \hline \end{array} \; \end{pmatrix} $$
    • ここで、$A$ から第 $1$ 行と第 $1$ 列を除いた行列を $A^{\prime}$ とします。すなわち、上の式において枠囲いの中の $(m - 1, n - 1)$ 型行列を $A^{\prime}$ として取り出します。

      $$ A = \begin{pmatrix} \; a_{11} & \begin{matrix} a_{12} & \cdots & a_{1n} \end{matrix} \; \\ \; \begin{matrix} 0 \\ \vdots \\ 0 \end{matrix} & \begin{array} {|ccc|} \hline \phantom{a_11} & \phantom{\cdots} & \phantom{a_11} \\ \phantom{\vdots} & A^{\prime} & \phantom{\vdots} \\ \phantom{a_11} & \phantom{\cdots} & \phantom{a_11} \\ \hline \end{array} \; \end{pmatrix} $$

    • また、$A$ の第 $1$ 列の成分がすべて $0$ であるならば、$A$ から第 $1$ 列を除いた行列を $A^{\prime}$ とします。このとき、$A^{\prime}$ は $(m, n - 1)$ 型行列になります。

      $$ A = \begin{pmatrix} \; \begin{matrix} 0 \\ 0 \\ \vdots \\ 0 \end{matrix} & \begin{array} {|ccc|} \hline \phantom{a_11} & \phantom{\cdots} & \phantom{a_11} \\ \phantom{\vdots} & A^{\prime} & \phantom{\vdots} \\ \phantom{\displaystyle \frac{1}{1}} & \phantom{\cdots} & \phantom{\displaystyle \frac{1}{1}} \\ \hline \end{array} \; \end{pmatrix} $$

    • $A^{\prime}$ に対して同様の操作を繰り返すことで、結局、次のような階段行列が得られます。

階段行列の形

  • 以上から、任意の $(m, n)$ 型行列 $A$ は行基本変形により階段行列に変形することができることが示されました。
  • また、得られた標準形の階数は明らかに $r$ であり、もとの行列 $A$ の階数に一致します。
    • このことは、定理 5.10(基本変形と階数)により、基本変形によって行列の階数が変わらないことから納得できます。

    • あるいは、次のようにしても確かめることができます。

      • $A$ の行ベクトルを $\bm{a}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{a}^{\prime}_{r},$ $\bm{a}^{\prime}_{r + 1}, \cdots, \bm{a}^{\prime}_{m}$ として、$A$ を行ベクトルにより表すと次のようになります。
        $$ A = \begin{pmatrix} \bm{a}^{\prime}_{1} \\ \vdots \\ \bm{a}^{\prime}_{r} \\ \bm{a}^{\prime}_{r + 1} \\ \vdots \\ \bm{a}^{\prime}_{m} \end{pmatrix} $$
    • 明らかに $\bm{a}^{\prime}_{1}, \cdots, \bm{a}^{\prime}_{r}$ は線型独立であるといえます。また、$\bm{a}^{\prime}_{r + 1} = \cdots = \bm{a}^{\prime}_{m} = \bm{0}$ です。

    • したがって、定理 4.57(行階数)より、得られた階段行列の階数は $r$ となります。


まとめ

  • 任意の行列は、行基本変形により階段行列に変形することができる。
  • 階段行列の段数($0$ でない成分を持つ行の数)はもとの行列の階数に等しい。
  • 階段行列は一意に定まらないが、段数($0$ でない成分を持つ行の数)は一意に定まる。

参考文献

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.

初版:2023-07-08   |   改訂:2024-10-18