行列の標準化 まとめ
具体的に与えられた行列は、基本変形によって(より扱いやすい)標準化された形に変形できます。標準化された形として、これまで $4$ つの形(階段行列、簡約階段行列、行標準形、標準形)を導入してきました。
ここで改めて、それぞれの形の特徴や変形手順、主な使途について整理します。それぞれの特徴を理解した上で、目的に応じて使い分けることが重要です。
標準化された行列の形(一覧)
概要
任意の行列は、次の $4$ つの形に変形することができます。
行列の形 | 変形に用いる操作 | 主な使途 | 一意性 |
---|---|---|---|
(1)階段行列 | ・行基本変形(1)~(3) | ・階数の計算 ・連立一次方程式の解の有無の判定 | × |
(2)簡約階段行列 | ・行基本変形(1)~(3) | ・連立一次方程式の解法 ・逆行列の計算 | 〇 |
(3)行標準形 | ・行基本変形(1)~(3) ・列基本変形(3’) | × | |
(4)標準形 | ・行基本変形(1)~(3) ・列基本変形(1’)~(3’) | - | 〇 |
標準化の度合いと使い分け
表を下にいくほど標準化の度合いが強くなります。すなわち、「階段行列」に比べて「標準形」の方がより標準化の進んだ(より簡単になった)形であるといえます。標準化の度合いが強くなるにしたがって必要な基本変形の操作が多くなる傾向があります。
$4$ つの行列の形は、基本変形により互いに変換可能であり、目的に応じて使い分けることが重要です。
具体的に与えられた行列に対して標準化の操作を行う際は、やみくもに基本変形を行ってはいけません。目的に応じた適切な形を目指して、必要な基本変形の操作を行うことが重要です。
標準化により保存される・失われる性質
行列の階数は基本変形により保存される性質である(定理 5.10(基本変形と階数))ので、「標準形」まで標準化を進めても階数は不変です。
一方で、行列と連立一次方程式との対応関係は「行標準形」までは保たれますが、「標準形」まで変形することで失われます。
すなわち、与えられた行列を係数拡大行列(係数行列)にもつ連立一次方程式(斉次連立一次方程式)との対応関係は、列基本変形($1^{\prime}$)「ある列を $c$ 倍($c \neq 0$)する」、($2^{\prime}$)「ある列を $c$ 倍して他の列に加える」により失われます。
一意性が維持される範囲
行基本変形のみを用いた変形では、「簡約階段行列」がもっとも標準化された形であるといえます。行基本変形と列基本変形を合わせたすべての基本変形を用いることで、「標準形」まで標準化を進めることができます。
与えられた行列に対して、行基本変形の範囲では「簡約階段行列」が一意に定まり、すべての基本変形の範囲では「標準形」が一意に定まります。
標準化された行列の形
(1)階段行列
定義と形(階段行列)
階段行列とは、次の $2$ つの条件を満たす行列であり、次のような形になります。
($\text{ii}$)ある行の主成分は、$1$ つ上の行の主成分よりも右にある。
変形の手順(階段行列)
$A$ を $(m, n)$ 型行列として、$A$ に対して次の手順により階段行列が得られます。
- $A$ を左から(第 $1$ 列から)みていき、$0$ でない成分 $a_{i j} \neq 0$ があれば、第 $i$ 行を第 $1$ 行に移動させる(行基本変形($3$)「$2$ つの行を入れ替える」 )。
- $a_{i j} \neq 0$ を要(かなめ)に第 $j$ 列を掃き出す(行基本変形($2$)「ある行を $c$ 倍して他の行に加える」 )。
- $A$ から第 $1$ 行と第 $j$ 列より左の列を除いた $(m - 1, n - j)$ 型の行列を $A^{\prime}$ として、$A^{\prime}$ に対して同様の操作を繰り返す。
主な使途(階段行列)
階数の計算
階段行列は、主に、階数の計算方法(具体的に与えられた行列の階数を求める手段)として用いられます。
- 行列の階数は基本変形により保存されるので 「($1$)階段行列」 $\sim$ 「($4$)標準形」 のいずれに変形しても階数を求めることができます。
- 階数を求める手段としては、一般に最も少ない手順で変形を完了できる 「($1$)階段行列」 がもっとも効率的です。
連立一次方程式の解の有無の判定
また、使える場面は限られますが、階段行列は、連立一次方程式の解の有無の判定にも用いられます。
定理 5.1(連立一次方程式が解を持つための条件)より、連立一次方程式 $A \bm{x} = \bm{b}$ が解を持つための必要十分条件は、係数行列 $A$ の階数と拡大係数行列 $(A, \bm{b})$ の階数が等しいことです。
$$ \begin{align*} \text{rank} \, A = \text{rank} \, (A, \bm{b}) \end{align*} $$これにより、連立一次方程式が解を持つか否かを判定することは、与えられた行列の階数を求めることに帰着します。したがって、上記と同じ理由により、階段行列が用いられます。
連立一次方程式の解の有無の判定方法としては、係数行列 $A$ の階数と拡大係数行列 $(A, \bm{b})$ の階数を別々に求めるよりも、より実用的な方法があります(後述)。一般には、そちらの方法の方が効率的である場合が多いです。
関連ページ
- 階段行列
- 階段行列の定義と、任意の行列が階段行列に変形できることの証明
(2)簡約階段行列
定義と形(簡約階段行列)
階段行列とは、次の $4$ つの条件を満たす行列であり、次のような形になります。
($\text{ii}$)ある行の主成分は、$1$ つ上の行の主成分よりも右にある。
($\text{iii}$)$0$ でない成分を持つ行の主成分はすべて $1$ に等しい。
($\text{iv}$)$0$ でない成分を持つ行の主成分を含む列において、主成分以外の成分はすべて $0$ に等しい。
簡約階段行列と階段行列との違い
簡約階段行列の条件($\text{i}$)と($\text{ii}$)は、階段行列であるための条件に他なりません。
階段行列のうち、($\text{iii}$)主成分がすべて $1$ であり、($\text{iv}$)主成分の上の成分がすべて $0$ であるような行列が簡約階段行列であるといえます。
変形の手順(簡約階段行列)
$A$ を $(m, n)$ 型行列として、$A$ に対して次の手順により簡約階段行列が得られます。
- まず、階段行列への変形手順により、$A$ を階段行列に変形する。
- 次に、$0$ でない成分を持つ行について、主成分を $1$ として(行基本変形($1$)「ある行を $c$ 倍($c \neq 0$)する」 )、それを要(かなめ)に上の列を掃き出す(行基本変形($2$)「ある行を $c$ 倍して他の行に加える」 )操作を繰り返す。
主な使途(簡約階段行列)
連立一次方程式の解法
簡約階段行列は、主に、連立一次方程式の解法に用いられます。
- 連立一次方程式 $A \bm{x} = \bm{b}$ に対して、その拡大係数行列 $(A, \bm{b})$ を簡約階段行列 $(A^{\prime}, \bm{b}^{\prime})$ に変形することで、より簡単な連立一次方程式 $A^{\prime} \bm{x} = \bm{b}^{\prime}$ を得ることができます。
- 詳しい手順については連立一次方程式の解法の項を参照ください。
逆行列の計算
また、簡約階段行列は、逆行列の計算方法(具体的に与えられた行列の逆行列を求める手段)としても用いられます。
前提として、与えられた行列 $A$ が $n$ 次の正方行列であり、正則であることが(定理 3.22(逆行列を持つための条件)や定理 4.62(正則行列と階数)などにより)確かめられている必要があります。
定理 4.62より、$A$ が正則であるならば $\text{rank} \, A = n$ が成り立つので、$A$ は行基本変形により $n$ 次の単位行列 $E_{n}$ に変形することができます。
また、定理 5.8(基本変形と基本行列の対応)より、$A$ に行基本変形を施すことは $A$ に左から正則行列を掛けることに等しくなります。
したがって、行基本変形に対応する正則行列を $P$ とすれば $P A = E_{n}$ が成り立ちます。この正則行列 $P$ こそ $A$ の逆行列に他なりません。
このことから、もとの行列 $A$ と単位行列 $E_{n}$ を結合させた $(\, A \mid E_{n} \,)$ に対して、左側の $A$ が $E_{n}$ となるように行基本変形を行うことで、右側の $E_{n}$ が $P$ に変形されることになります。このようにして $A$ の逆行列 $P$ を求めることができます。
$$ \begin{align*} (\, A \mid E_{n} \,) \longrightarrow (\, E_{n} \mid P\,) \end{align*} $$詳しい手順については逆行列の計算の項を参照ください。
関連ページ
(3)行標準形
定義と形(行標準形)
次のような形の行列を、行標準形といいます。
行標準形と簡約階段行列の違い
行標準形は簡約階段行列を見やすくした形といえます。
簡約階段行列に対して列の入れ替えの操作を行ったものが行標準形であり、それぞれを列ベクトルによって表せば、簡約階段行列と行標準形を成す列ベクトルは同じで、列ベクトルの並ぶ順番のみ異なります。
変形の手順(行標準形)
$A$ を $(m, n)$ 型行列として、$A$ に対して次の手順により行標準形が得られます。
- まず、上記の簡約階段行列への変形手順により、$A$ を簡約階段行列に変形する。
- 次に、各行の主成分が対角線上に並ぶように列の入れ替えを行う。つまり、第 $i$ 行の主成分の位置を $(i, j_{i})$ として、$i \neq j_{i}$ であれば第 $i$ 列と第 $j_{i}$ 列を入れ替えるという操作を $1 \leqslant r \leqslant r$ について繰り返す(列基本変形($3^{\prime}$)「 $2$ つの列を入れ替える」 )。
主な使途(行標準形)
連立一次方程式の解法
行標準形は、主に、連立一次方程式の解法に用いられます。
- 連立一次方程式との対応関係という点において、簡約階段行列と行標準形は本質的に同じです。
- したがって、(簡約階段行列と同じ理由によって)行標準形は連立一次方程式の解法に用いられます。
- 詳しい手順については連立一次方程式の解法の項を参照ください。
逆行列の計算
また、行標準形は、逆行列の計算方法(具体的に与えられた行列の逆行列を求める手段)としても用いられます。
- 与えられた行列が正則であるとき、その簡約階段行列と行標準形は同じ行列になります。
- したがって、(これも簡約階段行列と同じ理由によって)具体的に与えられた行列の逆行列を求める手段として行標準形が用いられます。
- 詳しい手順については逆行列の計算の項を参照ください。
関連ページ
- 行標準形
- 行標準形の定義と、任意の行列が行標準形に変形できることの証明
(4)標準形
定義と形(標準形)
次のような形の行列を、標準形といいます。
変形の手順(標準形)
具体的に与えられた行列を標準形に変形する手順は、主に、次の $2$ 通りあります。
($\text{i}$)直接標準形への変形を目指す
$A$ を $(m, n)$ 型行列として、$A$ に対して次の手順により階段行列が得られます。
- まず、行と列を入れ替えることで $A$ の $(1, 1)$ 成分が $0$ でないように変形する(基本変形($3$)「$2$ つの行を入れ替える」、基本変形($3^{\prime}$)「$2$ つの列を入れ替える」 )。
- 次に、$A$ の $(1, 1)$ 成分を $a_{11} \neq 0$ として、第 $1$ 行を ${a_{11}}^{-1}$ 倍することで、これを $1$ とする(基本変形($1$)「ある行を $c$ 倍($c \neq 0$)する」、または、基本変形($1^{\prime}$)「ある列を $c$ 倍($c \neq 0$)する」 )。
- $(1, 1)$ 成分を要(かなめ)として第 $1$ 列を掃き出す(基本変形($2$)「ある行を $c$ 倍して他の行に加える」 )。
- 同様に $(1, 1)$ 成分を要(かなめ)として第 $1$ 行を掃き出す(基本変形($2^{\prime}$)「ある列を $c$ 倍して他の列に加える」 )。
- $A$ の第 $1$ 行と第 $1$ 列を除いた $(m - 1, n - 1)$ 型行列 $A^{\prime}$ として、$A^{\prime}$ に対して、上記と同様の操作を繰り返す。
($\text{ii}$)行標準形を経由して標準形を得る
また、次のように、一度行標準形を経由してから標準形に変形することもできます。
- まず、上記の行標準形への変形手順により、$A$ を行標準形に変形する。
- 次に、$1 \leqslant r \leqslant r$ について、主成分を要(かなめ)として第 $i$ 行を掃き出すという操作を繰り返す(基本変形($2^{\prime}$)「ある列を $c$ 倍して他の列に加える」 )。
主な使途(標準形)
階数を定義する根拠になり得る
任意の行列に対して標準形は一意に定まり、標準形において対角線上に並ぶ $1$ の個数( $r$ )は与えられた行列のみにより定まります。
任意の行列 $A$ に対して数 $r$ が一意に(基本変形の仕方によらずに)定まるということであり、これは、標準形により行列の階数を定義しうるということを示しています。
実用的な使途はほぼない
行列の標準形は理論的に意義のあるものですが、計算など実用的な面で役立つ場合はあまりありません。
関連ページ
- 標準形
- 標準形の定義と、任意の行列が標準形に変形できることの証明
まとめ
- 任意の行列は、基本変形より $4$ つの標準化された形に変形することができる。
- それぞれの形の特徴や変形手順、主な使途は下記の表の通り
参考文献
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[6] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[7] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[8] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[13] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.