簡約階段行列(1)

具体的に与えられた行列は、基本変形によって(より扱いやすい)標準化された形に変形できます。

ここでは、簡約階段行列と呼ばれる行列の形を定義するとともに、任意の行列が行基本変形により簡約階段行列に変形できることを示します。

簡約階段行列は、連立一次方程式の解法や逆行列の計算に利用でき、標準化された行列の形のうち、応用上もっとも重要な形といえます。

簡約階段行列


定義 5.4(簡約階段行列)

次の $4$ つの条件を満たす行列を簡約階段行列($\text{reduced row}$ $\text{echelon form}$ $\text{: RREF}$)という。

($\text{i}$)$0$ でない成分を持つ行は、$0$ しか成分を持たない行よりも上にある。
($\text{ii}$)ある行の主成分は、$1$ つ上の行の主成分よりも右にある。
($\text{iii}$)$0$ でない成分を持つ行の主成分はすべて $1$ に等しい。
($\text{iv}$)$0$ でない成分を持つ行の主成分を含む列において、主成分以外の成分はすべて $0$ に等しい。


解説

簡約階段行列の形

簡約階段行列は、次のような形の行列になります。

簡約階段行列の形

ここで、$O$ は左下の成分がすべて $0$ であることを表しており、$\ast$ は任意のスカラーを表しています。

簡約階段行列は階段行列の一種

簡約階段行列であるための条件($\text{i}$)と($\text{ii}$)は、前項に定義した階段行列であるための条件に他なりません。

すなわち、簡約階段行列は階段行列であるといえます。階段行列のうち、($\text{iii}$)主成分がすべて $1$ であり($\text{iv}$)主成分の上の成分がすべて $0$ であるような行列が、簡約階段行列です。

簡約階段行列の条件

$A$ を $(m, n)$ 型行列として $A = (a_{i j})$ とすると、$A$ が簡約階段行列であるための条件($\text{i}$)($\text{ii}$)は、次のように論理記号表すことができます。ここで、第 $i$ 行の主成分を $a_{i j_{i}}$ とします。当然ながら、これは前項の階段行列の条件($\text{i}$)($\text{ii}$)と同じになります。

$$ \begin{gather*} (\text{i}) & \left\{ \begin{array} {clc} 1 \leqslant i \leqslant r & \Rightarrow & {}^{\exist} a_{i j} \neq 0 \\ r \lt i \leqslant m & \Rightarrow & {}^{\forall} a_{i j} = 0 \\ \end{array} \right. \\ \\ (\text{ii}) & j_{1} \lt j_{2} \lt \cdots \lt j_{r} \\ & (\; a_{1 j_{1}} \neq 0, a_{2 j_{2}} \neq 0, \cdots, a_{r j_{r}} \neq 0 \;) \end{gather*} $$

また、$A$ が簡約階段行列であるための条件($\text{iii}$)と($\text{iv}$)は、まとめて次のように表すことができます。

$$ \begin{gather*} (\text{iii}), (\text{iv}) && a_{i j_{k}} = \left\{ \begin{array} {cc} 1 & (i = k) \\ 0 & (i \neq k) \\ \end{array} \right. & (1 \leqslant k \leqslant r) \end{gather*} $$

$1 \leqslant k \leqslant r$ において、第 $k$ 行は「 $0$ でない成分を持つ行」にあたります。このとき、第 $k$ 行の主成分は $a_{k j_{k}}$ であり、第 $k$ 行の「主成分を含む列」の各成分は $i$($1 \leqslant i \leqslant m$)を列番号として $a_{i j_{k}}$ と表すことができます。

したがって、上式は、$a_{i j_{k}}$ が主成分($i = k$)であれば $a_{k j_{k}} = 1$ であり、主成分以外($i \neq k$)であれば $a_{k j_{k}} = 0$ である、という条件($\text{iii}$)($\text{iv}$)を表しているといえます。


簡約階段行列への変形

任意の行列は簡約階段行列に変形することができます。また、簡約階段行列において、$0$ でない成分を持つ行の数はもとの行列の階数に等しくなります。

これらの性質をまとめて、次の定理 5.12に示します。



定理 5.12(簡約階段行列)

任意の $(m, n)$ 型行列 $A$ は、行基本変形の操作を繰り返すことで、簡約階段行列に変形することができる。ここで、$r$ は $A$ の階数を表す。

簡約階段行列の形


解説

簡約階段行列への変形可能性

定理 5.12は、任意の行列が階段行列に変形できるということを示しています。

簡約階段行列と階数

定理 5.12の主張は、簡約階段行列の段数($0$ でない成分を持つ行の数)がもとの行列の階数($r$)に一致することを含みます。

与えられた行列に対して階数は一意に定まり(階数の定義)、階数は基本変形により不変(定理 5.10(基本変形と階数))です。

したがって、与えられた行列に対して、行基本変形により得られた簡約階段行列の段数($0$ でない成分を持つ行の数)は一意に定まります。

これは、階段行列についても成り立つ性質(定理 5.11(階段行列))であり、簡約階段行列が階段行列の性質を継承していることを表しています。

簡約階段行列と階段行列の違い

階段行列にない性質で、簡約階段行列にある性質としては一意性があります。すなわち、次のような違いがあります。

  • 階段行列:階段の段数($0$ でない成分を持つ行の数)は一意に定まるが、行列の形は一意に定まらない。
  • 簡約階段行列:階段の段数($0$ でない成分を持つ行の数)も行列の形も一意に定まる。

簡約階段行列の形が一意に定まるということは大変重要であり、この性質は、連立一次方程式の解法などで簡約階段行列を利用する際の拠り所となります。

簡約階段行列の一意性に関しては、次項に定理とその証明を示します。



証明

$A$ を $(m, n)$ 型行列として、$A$ の階数を $r$ とする。定理 5.11(階段行列)より、$A$ は次のような階段行列に変形することができる。

階段行列(簡約階段行列への変形前)

ここで、$A$ の第 $i$ 行を ${a_{i j_{i}}}^{-1}$ 倍するという操作を $1 \leqslant i \leqslant r$ について繰り返すことで、第 $1$ 行から第 $r$ 行の主成分をすべて $1$ とすることができる。

階段行列の主成分を1とした形(簡約階段行列への変形前)

また、$A$ の第 $i$ 行を $-a_{k j_{i}}$ 倍して第 $k$ 行に加えるという操作を $1 \leqslant k \lt i$ について繰り返すことで、第 $i$ 行の主成分の上の成分がすべて $0$ に等しくなる。この操作を $1 \leqslant i \leqslant r$ について繰り返すことで、第 $1$ 行から第 $r$ 行の主成分を含む列において、主成分以外の成分はすべて $0$ に等しくなる。

簡約階段行列の形

したがって、任意の $(m, n)$ 型行列 $A$ は、行基本変形により簡約階段行列に変形することができる。また、定理 5.11(階段行列)より、得られた簡約階段行列の階数は $r$ であり、もとの行列 $A$ の階数に等しい。$\quad \square$



証明の骨子

はじめに、定理 5.11(階段行列)を用いて階段行列に変形します。階段行列に対して、$0$ でない成分を持つ行の主成分を $1$ にして、上の列を掃き出すことで簡約階段行列が得られます。

基本的な考え方は前項の定理 5.11(階段行列)と同じです。

前提事項の整理

  • 前提として、$A$ を $(m, n)$ 型行列、$A$ の階数を $r$ とします。

階段行列への変形

  • はじめに、$A$ を階段行列に変形します。
  • 定理 5.11(階段行列)より、任意の行列は階段行列に変形することができます。
    • $A$ の階数が $r$ であることから、$0$ でない成分を持つ行の数は $r$ になります。
    • また、それぞれの行の主成分を $a_{i j_{i}}$ とすると、$a_{i j_{i}} \neq 0$ であり、$j_{1} \lt j_{2} \lt \cdots \lt j_{r}$ が成り立ちます。
階段行列(簡約階段行列への変形前)

簡約階段行列への変形

  • 得られた階段行列を簡約階段行列に変形します。
  • まず、階段行列において、$0$ でない成分を持つ行の主成分を $1$ にします。
    • $A$ の第 $i$ 行を ${a_{i j_{i}}}^{-1}$ 倍するという操作を $1 \leqslant i \leqslant r$ について繰り返すことで、第 $1$ 行から第 $r$ 行の主成分はすべて $1$ に等しくなります。(基本変形($1$)「ある行を $c$ 倍する」
    • これにより、$A$ は、簡約階段行列の条件($\text{iii}$)を満たす形に変形されました。
階段行列の主成分を1とした形(簡約階段行列への変形前)
  • 次に、主成分より上にある成分がすべて $0$ に等しくなるよう変形します。
    • $0$ でない成分を持つ行について、主成分を要(かなめ)に列を掃き出すという操作を繰り返します。

    • $A$ の第 $i$ 行を $-a_{k j_{i}}$ 倍して第 $k$ 行に加えるという操作を $1 \leqslant k \lt i$ について繰り返すことで、第 $i$ 行の主成分の上の成分がすべて $0$ に等しくなります。(基本変形($2$)「ある行を $c$ 倍して他の行に加える」

      $$ \begin{gather*} \begin{pmatrix} & \begin{array} {:c:} \hdashline a_{1 j_{i}} \\ \vdots \\ a_{i-1 \, j_{i}} \\ \hdashline \end{array} & \\ \cdots \, \cdots & 1 \vphantom{\huge{1}} & \cdots \, \cdots \\ & \begin{array} {c} 0 \\ \vdots \\ 0 \end{array} & \\ \end{pmatrix} \longrightarrow \begin{pmatrix} & \begin{array} {:c:} \hdashline 0 \\ \vdots \\ 0 \\ \hdashline \end{array} & \\ \cdots \, \cdots & 1 \vphantom{\huge{1}} & \cdots \, \cdots \\ & \begin{array} {c} 0 \\ \vdots \\ 0 \end{array} & \\ \end{pmatrix} \end{gather*} $$

    • この操作を $1 \leqslant i \leqslant r$ について繰り返すことで、第 $1$ 行から第 $r$ 行の主成分を含む列において、主成分以外の成分はすべて $0$ に等しくなります。

    • これにより、$A$ は、簡約階段行列の条件($\text{iv}$)を満たす形に変形されました。

簡約階段行列の形

まとめ

  • 任意の行列は、行基本変形により簡約階段行列に変形することができる。
  • 簡約階段行列の段数($0$ でない成分を持つ行の数)はもとの行列の階数等しい。
  • 簡約階段行列の段数($0$ でない成分を持つ行の数)と形は一意に定まる。

参考文献

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[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
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初版:2023-07-11   |   改訂:2024-10-12