逆行列の計算
行列の基本変形によって、逆行列を計算する方法を示します。
具体的に与えられた行列 A の逆行列は、A と単位行列を結合させた (A∣En) を簡約階段行列に変形することにより計算できます。
基本変形による逆行列の計算方法#
A を n 次の正方行列とすると、次の手順(1)∼(3)により、逆行列 A−1 が得られます。
(
1)
A が正則であることを確認する。
(
2)
A と同じ次数の単位行列を結合させて
(A∣En) を作る。
(
3)
(A∣En) を簡約階段行列に変形し、右側のブロックを取り出す。
(1)正則性の確認#
(1-1)行列式の計算#
(1-2)階数の計算#
(2)単位行列との結合#
- A と単位行列 En を結合して、(n,2n) 型の行列 (A∣En) を作ります。
(A∣En)=a11a21⋮am1a12a22⋮am2⋯⋯⋱⋯a1na2n⋮amn10⋮001⋮0⋯⋯⋱⋯00⋮1 (3)簡約階段行列への変形#
- (A∣En) を簡約階段行列に変形します。
- 任意の行列は、行基本変形のみにより簡約階段行列に変形できます(定理 5.12(簡約階段行列))。
- 簡約階段行列の定義や変形手順については、下記を参照ください。
- 変形により得られた簡約階段行列の右側のブロックを取り出せば、A の逆行列 A−1 が得られます。
(A∣En)⟶(En∣A−1)
簡約階段行列へ変形する理由#
A は正則なので rankA=n が成り立ちます(定理 4.62(正則行列と階数))。したがって、A を簡約階段行列に変形させると En に等しくなります。
A に行基本変形を施すことは A に左から正則行列を掛けることに等しいので(定理 5.8(基本変形と基本行列の対応))、変形に対応する正則行列を P とすれば PA=En が成り立ちます。定義より、この正則行列 P こそ A の逆行列に他なりません。
したがって、(A∣En) を簡約階段行列に変形させると、左側の A は En に、右側の En は P=A−1 にそれぞれ変形されます。
このことは、次のようにブロック行列の積として表すこともできます。
P(A∣En)=(i)(PA∣P)=(ii)(En∣P)=(iii)(En∣A−1) - (i)区分けされた行列の積の演算規則(定理 2.6(ブロック行列の演算))によります。
- (ii)PA=En が成り立つことによります。
- (iii)PA=En が成り立つことより、P=A−1 となることによります。
以上のように、正則行列 A と同じ次数の単位行列を結合させた (A∣En) を作り、これを簡約階段行列に変形することで、A の逆行列を得ることができます。
正則性を確認する方法#
逆行列の計算する際、具体的に与えられた行列 A が正則であることが前提となります。当然ながら、逆行列を計算する前に A が正則である(逆行列をもつ)ことを確かめる必要があります。
正則であることと同値な条件#
行列 A が正則である(逆行列をもつ)ことと同値な条件はいくつかありますが、逆行列の計算において、実用的なものは次の 2 つになります。
正則性の確認方法の特徴と使い分け#
行列 A が正則であることを確認する方法は次の 2 つあります。それぞれ、上記の 2 つの条件に対応しており、具体的な手順は、上記の手順に示した通りです。それぞれの特徴は次の通りです。
- 手順:A の行列式を計算し、detA=0 であることを確かめる。
- 根拠: 「A が正則 ⇔ detA=0」(定理 3.22(逆行列を持つための条件))。
- 特徴:
- 次数が低い(2∼3 程度)行列、または、要素に 0 が多い行列において効率的。
- 手順:A の階数を求め rankA=n であることを確かめる。
- 根拠: 「A が正則 ⇔ rankA=n」(定理 4.62(正則行列と階数))。
- 特徴:
- 行列の基本変形による確認方法のため、(2)以降の手順と合わせて実施できる。
- 次数が高い(⩾4)行列でも(比較的)手計算が可能。
- 手順が明確でコンピュータ向き。
どちらの確認方法が適しているかは与えられた行列によります。手計算を求められる練習問題などでは、次数が低い行列が与えられることが多いため、比較的(1 - 1)の方が有効な場合が多いと思います。一方で、実用において、より高次の行列を扱う場合は(1 - 2)が有効な場合が多いと思います。
行列式による逆行列の計算方法との違い#
逆行列を計算する他の方法として行列式による方法があります。定理 3.22(逆行列を持つための条件)に既に示したものであり、行列 A に対して、次の式により逆行列 A−1 が得られます。
A−1=detA1A~(3.6.8) ここで、A~ は A の余因子行列であり、もとの行列 A の余因子を各成分とする行列です。また、A が正則であることから detA=0 が成り立っています。
定理 3.22および(3.6.8)式が理論的に重要なものであることは確かですが、これを逆行列を計算する方法として用いるのは非現実的です。余因子行列 A~ の各成分である A の余因子に対して、1 つ 1 つ、それぞれ別の行列式を計算する必要があるためです。つまり、この方法を用いて n 次の正方行列の逆行列を得るためには、それぞれ異なる n2 個の行列式を計算する必要があります。2 次 3 次の正方行列であれば、まだ手計算できなくも無いですが、より高次の正方行列に対してこの方法を用いるのはきわめて効率が悪いです。
逆行列の計算例#
行列の基本変形による逆行列の計算例として、次の 2 つの正方行列の逆行列を計算してみます。
例題1(3次の正方行列)#
次の行列の逆行列を求めよ。
10−1010−201
解答(例題1)#
与えられた行列を A とすると、detA=−1 であるから A は正則である。
また、(A∣E3) は、行基本変形により、次のような簡約階段行列に変形することができる。
(A∣E3)=10−1010−201100010001⟶(i)100010−20−1101010001⟶(i)100010001−10−1010−20−1 P を次のような行列とすると、AP=PA=E3 が成り立つ。
P=−10−1010−20−1 したがって、P は A の逆行列である。
解答の考え方(例題1)#
基本変形による逆行列の計算方法の手順に従います。(1)A が正則であることを確認した上で(2)単位行列と結合して (A∣E3) を作り(3)簡約階段行列に変形します。
(1)正則性の確認#
たすき掛けの規則(サラスの公式)により行列式を計算すると次のようになります。
detA=1−2=−1(=0) detA=0 であることから、A が正則である(逆行列を持つ)ことが確かめられます。
A は比較的次数も低く(3 次の正方行列)要素に 0 が多いため、(1 - 1)行列式の計算によって正則性を確認する方法が効率的です。
(2)単位行列との結合#
A と 3 次の単位行列を結合して、次のような行列 (A∣E3) を作ります。
(A∣E3)=10−1010−201100010001 (3)簡約階段行列への変形#
簡約階段行列への変形は次のような手順で行います。
(A∣E3)=10−1010−201100010001⟶(i)100010−20−1101010001⟶(i)100010001−10−1010−20−1 変形の結果得られる簡約階段行列は次のようになります。
100010001−10−1010−20−1 変形により得られた簡約階段行列の右側のブロックを P とすれば、上記の変形は次のように表せます。
(A∣E3)⟶(E3∣P) 上記の手順(3)簡約階段行列への変形に示した通り、ここで PA=E3 が成り立っており、P は A の逆行列に他なりません。
以上から A の逆行列 P (=A−1) が次のように求まりました。
P=−10−1010−20−1
例題2(4次の正方行列)#
次の行列の逆行列を求めよ。
20100−101111−10−203
解答(例題2)#
与えられた行列を A とすると、detA=−1 であるから A は正則である。
また、(A∣E4) は、行基本変形により、次のような簡約階段行列に変形することができる。
(A∣E4)=20100−101111−10−2031000010000100001⟶(i)10000−10111−1−10−2030010010010−200001⟶(ii)100001001−1−1003010010000110−200101⟶(iii)10000100001003011−1−100001−12200101⟶(iv)10000100001000011−1−100−301−12200−201 P を次のような行列とすると、AP=PA=E4 が成り立つ。
P=1−1−100−301−12200−201 したがって、P は A の逆行列である。
解答の考え方(例題2)#
基本変形による逆行列の計算方法の手順に従います。(1)A が正則であることを確認した上で(2)単位行列と結合して (A∣E4) を作り(3)簡約階段行列に変形します。
(1)正則性の確認#
行列式の展開を用いて行列式を展開することで、A の行列式の値を計算します。
20100−101111−10−203=(∗)2−10111−1−203+1010−101−203=2{−3−(−2)}+1{−2−(−3)}=−2+1=−1(=0) - (∗)では第 1 行に沿って行列式を展開しています。
detA=−1(=0) であることから、A が正則である(逆行列を持つ)ことが確かめられます。
今回、A は 4 次の正方行列です。例題1(3 次の正方行列)と比較して多少面倒ではあるものの、要素に 0 が多いため(1 - 1)行列式の計算によって正則性を確認しています。この程度の計算量であれば(1 - 2)階数の計算により正則性を確認してもよいかもしれません。
(2)単位行列との結合#
A と 4 次の単位行列を結合して、次のような行列 (A∣E4) を作ります。
(A∣E4)=20100−101111−10−2031000010000100001 (3)簡約階段行列への変形#
簡約階段行列への変形は次のような手順で行います。
(A∣E4)=20100−101111−10−2031000010000100001⟶(i)10000−10111−1−10−2030010010010−200001⟶(ii)100001001−1−1003010010000110−200101⟶(iii)10000100001003011−1−100001−12200101⟶(iv)10000100001000011−1−100−301−12200−201 - (i)第 1 行と第 3 行を入れ替え(行基本変形(3)「2 つの行を入れ替える」 )た後、(1,1) 成分を要(かなめ)に第 1 列を掃き出す(行基本変形(2)「ある行を c 倍して他の行に加える」 )。
- (ii)第 2 行と第 4 行を入れ替え(行基本変形(3)「2 つの行を入れ替える」 )た後、(2,2) 成分を要(かなめ)に第 2 列を掃き出す(行基本変形(2)「ある行を c 倍して他の行に加える」 )。
- (iii)第 3 行を −1 倍し(行基本変形(1)「ある行を c 倍(c=0)する」 )、(3,3) 成分を要(かなめ)に第 3 列を掃き出す(行基本変形(2)「ある行を c 倍して他の行に加える」 )。
- (iv)(4,4) 成分を要(かなめ)に第 4 列を掃き出す(行基本変形(2)「ある行を c 倍して他の行に加える」 )。
変形の結果得られる簡約階段行列は次のようになります。
10000100001000011−1−100−301−12200−201 変形により得られた簡約階段行列の右側のブロックを P とすれば、上記の変形は次のように表せます。
(A∣E4)⟶(E4∣P) 上記の手順(3)簡約階段行列への変形に示した通り、ここで PA=E4 が成り立っており、P は A の逆行列に他なりません。
以上から A の逆行列 P (=A−1) が次のように求まりました。
P=1−1−100−301−12200−201
まとめ#
与えられた行列 A の逆行列は、同じ次数の単位行列を結合させた (A∣En) を簡約階段行列に変形することにより計算できる。
逆行列の計算手順は次の通り。
(
1)
A が正則であることを確認する。
(
2)
A と同じ次数の単位行列を結合させて
(A∣En) を作る。
(
3)
(A∣En) を簡約階段行列に変形し、右側のブロックを取り出す。
手順(1)正則性の確認は、次のいずれかの方法によって行う。
- A の行列式の値を求め、detA=0 であることを確かめる。
- A の階数を求め、rankA=n であることを確かめる。
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
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[10] 桂利行. 代数学 I 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[11] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[12] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[13] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2002.
[14] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[15] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.
初版:2023-07-31 | 改訂:2024-11-21