ベクトルのなす角
実計量ベクトル空間に限り、一般に つのベクトルのなす角が定義できます。
これは、幾何ベクトルにおける つのベクトルのなす角(角度)に相当する概念であり、内積により定義されます。また、これにより、幾何ベクトルにおける余弦定理を一般化することができます。
計量ベクトル空間におけるベクトルのなす角
まず、実計量ベクトル空間において、 つのベクトルのなす角を定義します。
定義 7.3(ベクトルのなす角)
を 上の計量ベクトル空間とする。零ベクトルでない任意の に対して、次の式を満たす を と のなす角という。
解説
ベクトルのなす角とは
実計量ベクトル空間( 上のベクトル空間)における、 つのベクトルのなす角とは、零ベクトルでない つのベクトルに対して一意に定まる値 です。
ベクトルのなす角の一意性
定理 7.5(シュワルツの不等式)に示したように、 上の計量ベクトル空間の任意の つの元について次の不等式が成り立ちます。
ここで、 と がともに零ベクトルでないとすると、(7.1.7)式は次のように書き直せます。
また、 の場合に限定すれば、上記の式は、更に次のようになります。
すなわち、零ベクトルでない任意の つのベクトル と に対して、 以上 以下の実数が一意に定まります。(7.1.9)式により、これを とすれば、任意の つのベクトルに対して、なす角 が一意に定まります。
ベクトルのなす角の値の範囲
(7.1.9)式において、 つのベクトル と により定まる値と は余弦()によって対応付けられます。したがって、 つのベクトルのなす角 の値の範囲は となります。
実計量ベクトル空間に限り定義できる
つのベクトルのなす角は、実計量ベクトル空間に限り定義でき、複素計量ベクトル空間においては定義できせん。
複素計量ベクトル空間( 上の計量ベクトル空間)において、 つのベクトルの内積は一般に複素数となります。したがって、定理 7.5(シュワルツの不等式)を上記のように書き直すことがあできないためです。
平面・空間における角度の一般化
実計量ベクトル空間において定義される つのベクトルのなす角は、平面(または空間)上のベクトル(幾何ベクトル)における「角度」を一般化した概念です。
平面・空間における角度と内積
平面(または空間)において、 つの幾何ベクトル の長さとなす角 により、内積が定義されました(幾何ベクトルの内積の定義)。
すなわち、平面(または空間)においては、ベクトルの長さや角度といった概念は所与のものとして扱っていたということです。
計量ベクトル空間における角度と内積
これに対して、一般の実計量ベクトル空間においては、先に内積が定義されており(計量ベクトル空間の内積の定義)、内積によって、 つのベクトルのなす角が定義されます。
このように、実計量ベクトル空間において定義されるなす角と幾何ベクトルのなす角は対応する概念であるものの、それぞれに位置づけが異なる点は注意が必要です。
特に、一般の実計量ベクトル空間において(1.2.1)式は内積の定義ではありません。この点は、混同しないように注意する必要があります。
内積とノルムの関係(余弦定理の拡張)
次に、実計量ベクトル空間における余弦定理ともいえる定理を示します。
定理 7.7(ベクトルの内積とノルム)
を 上の計量ベクトル空間とすると、任意の について次が成り立つ。
解説
平面幾何における余弦定理の一般化
定理 7.7(ベクトルの内積とノルム)は、平面幾何における余弦定理を、一般の実計量ベクトル空間に拡張したものといえます。
平面幾何における余弦定理との対応(1)
定理 7.7(ベクトルの内積とノルム)において とすると、 は平面上の幾何ベクトルに対応すると考えることができます。
このとき、(7.1.10)式は、下図のように表すことができます。

ここで、 において、 とおくと、余弦定理より次が成り立ちます。
いま、幾何ベクトルについて考えているので、(1.2.1)式より としています。また、上図より、 であるので、これは明らかに定理 7.7(ベクトルの内積とノルム)の(7.1.10)式に対応していることがわかります。
平面幾何における余弦定理との対応(2)
同様にして、(7.1.11)式は、下図のように表すことができます。

ここで、 において、 とおくと、余弦定理より次が成り立ちます。
上記と同様に、(1.2.1)式より としています。また、上図より、 であるので、これも(7.1.11)式に対応することがわかります。
計量ベクトル空間における余弦定理
このように、定理 7.7(ベクトルの内積とノルム)の(7.1.10)式および(7.1.11)式は、それぞれ平面幾何における余弦定理に対応しています。
上記の に対する考察は、あくまで(余弦定理が成り立つことが確かめられている)平面上の幾何ベクトルに対して成り立つものですが、(7.1.10)式および(7.1.11)式は、一般の実計量ベクトル空間に対して成り立ちます。
このようなことから、定理 7.7(ベクトルの内積とノルム)は余弦定理を、一般の実計量ベクトル空間に拡張するものであるといえます。
計量ベクトル空間における余弦定理の証明
同様の理由から、上記のような考察は、定理 7.7(ベクトルの内積とノルム)の証明として不十分( の場合を示したのみ)です。
より高次の実計量ベクトル空間の場合も含め、定理 7.7は、あくまで内積の定義やノルムの定義にしたがって証明する必要があります。
内積とノルムの関係式
上記の考察では、定理 7.7(ベクトルの内積とノルム)を余弦定理の拡張とみましたが、定理 7.7は、単に、実計量ベクトル空間における つのベクトルの内積とノルムの関係式とみることもできます。
ベクトルのなす角を用いない内積とノルムの関係
定理 7.7(ベクトルの内積とノルム)の(7.1.10)式および(7.1.11)式は、 つのベクトル の内積 が、ベクトルのノルム を用いて表せることを示していると捉えられます。
ここで、(7.1.10)式および(7.1.11)式には、 つのベクトル のなす角 は現れません。つまり、定理 7.7により、 つのベクトル のなす角 を用いずに内積とノルムの関係を表すことができるということです。
複素計量ベクトル空間における内積とノルムの関係式
このように考えると、 つのベクトルのなす角が定義されない、複素計量ベクトル空間においても、定理 7.7(ベクトルの内積とノルム)に相当する関係式を導くことができます。
すなわち、 を 上の計量ベクトル空間とすると、任意の について次が成り立ちます。
つのベクトルの差に関する(7.1.12)式が(7.1.10)式に、 つのベクトルの和に関する(7.1.13)式が(7.1.11)式に、それぞれ対応しています。
複素計量ベクトル空間における(7.1.12)式および(7.1.13)式は、定理としてまとめるには煩雑に過ぎ、使いどころも限られます。したがって、普通、定理 7.7(ベクトルの内積とノルム)のように、実計量ベクトル空間の場合に限って定理としてまとめられます。
複素計量ベクトル空間における内積とノルムの関係式の証明
上記、複素計量ベクトル空間における内積とノルムの関係式(7.1.12)式および(7.1.13)式は、実計量ベクトル空間における内積とノルムの関係式と同様に導くことができます。
また、以下に示す定理 7.7(ベクトルの内積とノルム)の証明と同じ考え方により、 と 、 と のノルムを計算することで、これを証明することができます。
証明
まず、 について、次が成り立つ。
したがって、
次に、 について、次が成り立つ。
したがって、
証明の考え方
ノルムの定義にしたがって、
また、
(7.1.10)式の証明
ノルムの定義より、
を計算すると、次のようになります。∥ x − y ∥ 2 {\lVert \, \bm{x} - \bm{y} \, \rVert}^{2} ∥ x − y ∥ 2 = ( i ) ( x − y ) ⋅ ( x − y ) = ( ii ) ∥ x ∥ 2 − x ⋅ y − y ⋅ x + ∥ y ∥ 2 = ( iii ) ∥ x ∥ 2 − x ⋅ y − x ⋅ y + ∥ y ∥ 2 = ( iv ) ∥ x ∥ 2 + ∥ y ∥ 2 − 2 x ⋅ y \begin{align*} {\lVert \, \bm{x} - \bm{y} \, \rVert}^{2} &\overset{(\text{i})}{=} (\bm{x} - \bm{y}) \cdot (\bm{x} - \bm{y}) \\ &\overset{(\text{ii})}{=} {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} - \bm{x} \cdot \bm{y} - \bm{y} \cdot \bm{x} + {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \\ &\overset{(\text{iii})}{=} {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} - \bm{x} \cdot \bm{y} - \bm{x} \cdot \bm{y} + {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \\ &\overset{(\text{iv})}{=} {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} + {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} - 2 \, \bm{x} \cdot \bm{y} \end{align*} (
)ノルムの定義によります。i \text{i} (
)内積について分配法則が成り立つことによります(内積の公理(ii \text{ii} )、定理 7.1(内積の基本的性質)(ii \text{ii} ))。ii ′ \text{ii}^{\prime} (
)iii \text{iii} がV V 上の計量ベクトル空間であることから、R \mathbb{R} が成り立ちます。y ⋅ x = x ⋅ y \bm{y} \cdot \bm{x} = \bm{x} \cdot \bm{y} 内積のエルミート対称性より、一般に、次が成り立ちます(内積の公理(
))。i \text{i} y ⋅ x = x ⋅ y ( ) ‾ \begin{gather*} \bm{y} \cdot \bm{x} = \overline{\, \bm{x} \cdot \bm{y} \vphantom{()} \,} \end{gather*} 一方で、いま、定理の仮定より、
はともに実ベクトルであり、その内積x , y ∈ V \bm{x}, \bm{y} \in V の値は実数となります。したがって、次が成り立ちます。x ⋅ y \bm{x} \cdot \bm{y} y ⋅ x = x ⋅ y \begin{gather*} \bm{y} \cdot \bm{x} = \bm{x} \cdot \bm{y} \end{gather*}
(
)内積iv \text{iv} の項をまとめることで、(7.1.10)式と同値な形が得られます。x ⋅ y \bm{x} \cdot \bm{y}
上記の(
)式を、内積iv \text{iv} に関する式に直すことで(7.1.10)式が得られます。x ⋅ y \bm{x} \cdot \bm{y} ∥ x − y ∥ 2 = ∥ x ∥ 2 + ∥ y ∥ 2 − 2 x ⋅ y ⇔ x ⋅ y = 1 2 ( ∥ x ∥ 2 + ∥ y ∥ 2 − ∥ x − y ∥ 2 ) \begin{gather*} & {\lVert \, \bm{x} - \bm{y} \, \rVert}^{2} = {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} + {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} - 2 \, \bm{x} \cdot \bm{y} \\ \Leftrightarrow & \; \bm{x} \cdot \bm{y} = \displaystyle \frac{\, 1 \,}{\, 2 \,} (\, {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} + {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} - {\lVert \, \bm{x} - \bm{y} \, \rVert}^{2} \,) \end{gather*}
(7.1.11)式の証明
上記と同様に、ノルムの定義より、
を計算すると、次のようになります。∥ x + y ∥ 2 {\lVert \, \bm{x} + \bm{y} \, \rVert}^{2} ∥ x + y ∥ 2 = ( i ) ( x + y ) ⋅ ( x + y ) = ( ii ) ∥ x ∥ 2 + x ⋅ y + y ⋅ x + ∥ y ∥ 2 = ( iii ) ∥ x ∥ 2 + x ⋅ y + x ⋅ y + ∥ y ∥ 2 = ( iv ) ∥ x ∥ 2 + ∥ y ∥ 2 + 2 x ⋅ y \begin{align*} {\lVert \, \bm{x} + \bm{y} \, \rVert}^{2} &\overset{(\text{i})}{=} (\bm{x} + \bm{y}) \cdot (\bm{x} + \bm{y}) \\ &\overset{(\text{ii})}{=} {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} + \bm{x} \cdot \bm{y} + \bm{y} \cdot \bm{x} + {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \\ &\overset{(\text{iii})}{=} {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} + \bm{x} \cdot \bm{y} + \bm{x} \cdot \bm{y} + {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \\ &\overset{(\text{iv})}{=} {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} + {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} + 2 \, \bm{x} \cdot \bm{y} \end{align*} (
)ノルムの定義によります。i \text{i} (
)内積について分配法則が成り立つことによります(内積の公理(ii \text{ii} )、定理 7.1(内積の基本的性質)(ii \text{ii} ))。ii ′ \text{ii}^{\prime} (
)iii \text{iii} がV V 上の計量ベクトル空間であることから、R \mathbb{R} が成り立ちます。y ⋅ x = x ⋅ y \bm{y} \cdot \bm{x} = \bm{x} \cdot \bm{y} 内積のエルミート対称性より、一般に、次が成り立ちます(内積の公理(
))。i \text{i} y ⋅ x = x ⋅ y ( ) ‾ \begin{gather*} \bm{y} \cdot \bm{x} = \overline{\, \bm{x} \cdot \bm{y} \vphantom{()} \,} \end{gather*} 一方で、いま、定理の仮定より、
はともに実ベクトルであり、その内積x , y ∈ V \bm{x}, \bm{y} \in V の値は実数となります。したがって、次が成り立ちます。x ⋅ y \bm{x} \cdot \bm{y} y ⋅ x = x ⋅ y \begin{gather*} \bm{y} \cdot \bm{x} = \bm{x} \cdot \bm{y} \end{gather*}
(
)内積iv \text{iv} の項をまとめることで、(7.1.11)式と同値な形が得られます。x ⋅ y \bm{x} \cdot \bm{y}
上記の(
)式を、内積iv \text{iv} に関する式に直すことで(7.1.11)式が得られます。x ⋅ y \bm{x} \cdot \bm{y} ∥ x + y ∥ 2 = ∥ x ∥ 2 + ∥ y ∥ 2 + 2 x ⋅ y ⇔ x ⋅ y = 1 2 ( ∥ x + y ∥ 2 − ∥ x ∥ 2 − ∥ y ∥ 2 ) \begin{gather*} & {\lVert \, \bm{x} + \bm{y} \, \rVert}^{2} = {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} + {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} + 2 \, \bm{x} \cdot \bm{y} \\ \Leftrightarrow & \; \bm{x} \cdot \bm{y} = \displaystyle \frac{\, 1 \,}{\, 2 \,} (\, {\lVert \, \bm{x} + \bm{y} \, \rVert}^{2} - {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} - {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \,) \end{gather*}
まとめ
をV V 上の計量ベクトル空間とする。零ベクトルでない任意のR \mathbb{R} に対して、次の式を満たすx , y ∈ V \bm{x}, \bm{y} \in V をθ \theta とx \bm{x} のなす角という。y \bm{y} cos θ = x ⋅ y ∥ x ∥ ∥ y ∥ \begin{equation*} \cos \theta = \displaystyle \frac{\, \bm{x} \cdot \bm{y} \,}{\; \lVert \, \bm{x} \, \rVert \lVert \, \bm{y} \, \rVert \;} \end{equation*} つのベクトルのなす角は、実計量ベクトル空間に限り定義でき、複素計量ベクトル空間においては定義できない。2 2 - ベクトルのなす角は、幾何ベクトルにおける角度の概念を一般化し、抽象的なベクトル空間に持ち込んだものといえる。
をV V 上の計量ベクトル空間とすると、任意のR \mathbb{R} について次が成り立つ。x , y ∈ V \bm{x}, \bm{y} \in V x ⋅ y = 1 2 ( ∥ x ∥ 2 + ∥ y ∥ 2 − ∥ x − y ∥ 2 ) = 1 2 ( ∥ x + y ∥ 2 − ∥ x ∥ 2 − ∥ y ∥ 2 ) \begin{align*} \bm{x} \cdot \bm{y} &= \displaystyle \frac{\, 1 \,}{\, 2 \,} \; (\, {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} + {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} - {\lVert \, \bm{x} - \bm{y} \, \rVert}^{2} \,) \\ &= \displaystyle \frac{\, 1 \,}{\, 2 \,} \; (\, {\lVert \, \bm{x} + \bm{y} \, \rVert}^{2} - {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} - {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \,) \end{align*} - これは、平面幾何における余弦定理を一般の実計量ベクトル空間に拡張したものといえる。
- また、
つのベクトル2 2 のなす角x , y \bm{x}, \bm{y} を用いずに、内積とノルムの関係を表した式ともいえる。θ \theta
参考文献
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
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[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
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[6] 雪江明彦. 代数学
[7] 雪江明彦. 代数学
[8] 桂利行. 代数学
[9] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[10] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[11] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2005.
[12] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
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