ベクトルのノルム

計量ベクトル空間において、$\lVert \, \bm{x} \, \rVert = \sqrt{\bm{x} \cdot \bm{x} \; \vphantom{()}}$ により定義される値を、$\bm{x}$ のノルムといいます。

ベクトルのノルムを内積により定義するとともに、その基本的な性質について示します。ベクトルのノルムは、幾何ベクトルにおける「長さ」に相当する概念です。

ノルムの定義

まず、計量ベクトル空間において、ベクトルのノルムを定義します。


定義 7.2(ベクトルのノルム)

$V$ を $K$ 上の計量ベクトル空間とする。任意の $\bm{x} \in V$ に対して $\sqrt{\bm{x} \cdot \bm{x} \; \vphantom{()}}$ を $\bm{x}$ のノルム($\text{norm}$)といい、$\lVert \, \bm{x} \, \rVert$ と表す。

$$ \begin{align} \lVert \, \bm{x} \, \rVert = \sqrt{\bm{x} \cdot \bm{x} \; \vphantom{()}} \end{align} \tag{7.1.5} $$


解説

ベクトルのノルムとは

計量ベクトル空間のベクトル $\bm{x}$ に対して、$\bm{x}$ と $\bm{x}$ 自身の内積 $\bm{x} \cdot \bm{x}$ の正の平方根を $\bm{x}$ のノルムといいます。

任意のベクトルにノルムが存在する

計量ベクトル空間の任意のベクトルに対して、そのノルムを求めることができます。

これは、 内積の定義より明らかといえます。すなわち、内積の エルミート対称性より、$\bm{x} \cdot \bm{x} = \overline{\, \bm{x} \cdot \bm{x} \vphantom{()} \,}$ が成り立つので、$\bm{x} \cdot \bm{x}$ は実数となります。また、内積の 正値性より、$\bm{x} \cdot \bm{x} \geqslant 0$ が成り立ちます。したがって、任意のベクトル $\bm{x}$ に対して、$\bm{x} \cdot \bm{x}$ は負でない実数となり、常にその平方根をとることができます。

ノルムの値の範囲は負でない実数

計量ベクトル空間の任意のベクトル $\bm{x}$ について、次が成り立ちます。

$$ \begin{gather*} \lVert \, \bm{x} \, \rVert \geqslant 0 \end{gather*} $$

すなわち、 定義より、ベクトルのノルムの値の範囲は「負でない実数」となります。(すなわち、ノルムの値は、「正の実数」か「$0$」のいずれかになります。)

「長さ」を一般化した概念(抽象的なベクトルの長さ)

ベクトルのノルムは、幾何ベクトルにおける長さの概念を一般化し、抽象的なベクトル空間に持ち込んだものといえます。

$V = \mathbb{R}^{2}$ や $V = \mathbb{R}^{3}$ の場合を考えれば、 (7.1.5)式で与えられるノルムが、平面や空間における幾何ベクトルの長さに対応することは明らです。これを拡張して、例えば、より次元の高いベクトル空間や、複素数 $C$ 上のベクトル空間など、より抽象的なベクトル空間において定義された、「長さ」に相当する概念がノルムです。

このような意味で、ノルムは抽象的なベクトルの「長さ」を表す概念といえます。


ノルムの基本的性質

次に、ノルムの基本的性質として、ノルムに関して成り立つ演算規則などを示します。


定理 7.4(ベクトルのノルム)

$V$ を $K$ 上の計量ベクトル空間とする。任意の $\bm{x}, \bm{y} \in V$ と $c \in K$ に対して次が成り立つ。

$$ \begin{equation*} \begin{alignat*} {2} & \; (\text{i}) && \lVert \, \bm{x} \, \rVert \geqslant 0 \\ & \, (\text{ii}) && \lVert \, c \, \bm{x} \, \rVert = \lvert \, c \, \rvert \, \lVert \, \bm{x} \, \rVert \\ & (\text{iii}) & \quad &{\lVert \, \bm{x} + \bm{y} \, \rVert}^{2} + {\lVert \, \bm{x} - \bm{y} \, \rVert}^{2} = 2 \, \big(\, {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} + {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} \, \big) \\ \end{alignat*} \end{equation*} \tag{7.1.6} $$


解説

ノルムの基本的性質と演算規則

定理 7.4(ベクトルのノルム)は、ノルムの基本的な性質や演算規則を示すものです。いずれも、 ノルムの定義内積の定義から直ちに導くことができます。

($\text{i}$)ノルムの正値性

任意のベクトルのノルムは、負でない実数となります。

これは、 上記の考察の通り、 ノルムの定義より明らかです。 内積の正値性にならって、この性質をノルムの正値性と言います。

($\text{ii}$)ベクトルのスカラー倍のノルム

ベクトル $\bm{x}$ の $c$ 倍のノルムは、$\bm{x}$ のノルムの $c$ の絶対値倍に等しくなります。

これも、 ノルムの定義内積の定義から直ちに導くことができますが、$c \in K$ が複素数の場合があることを考慮する必要があります。

($\text{iii}$)中線定理の一般化

($\text{iii}$)式は、幾何ベクトルにおける中線定理に相当する式を一般化したものです。

平面幾何(幾何ベクトル)における中線定理

特に $V = \mathbb{R}^{2}$ とすれば、下図において、${OZ}^{2} + {XY}^{2} = 2 \, ({OX}^{2} + {OY}^{2})$ が成り立ちます。このとき、平行四辺形の対角線の長さの $2$ 乗の和が、隣り合う $2$ 辺の長さの $2$ 乗の和の $2$ 倍に等しいといえます。

計量ベクトル空間における平行四辺形の法則(中線定理)と幾何ベクトルにおける平行四辺形の法則との対応

このことは、普通、下図ような三角形に関して ${OX}^{2} + {OY}^{2} = 2 \, ({OM}^{2} + {XM}^{2})$ が成り立つという形で表されることが多く、$\triangle OXY$ の中線 $OM$ の長さに関する定理であるため、中線定理と呼ばれます。

計量ベクトル空間における中線定理と幾何ベクトルにおける中線定理との対応

ここで、$\triangle OXY$ に関する ${OX}^{2} + {OY}^{2} = 2 \, ({OM}^{2} + {XM}^{2})$ という式は、 ($\text{iii}$)式の両辺を $\displaystyle\frac{\, 1 \,}{\, 2 \,}$ したものに他なりません。

一般化された中線定理の証明

平面幾何において、中線定理は三平方の定理または余弦定理などを用いて証明することができます。しかしながら、 ($\text{iii}$)式はこれを一般のベクトルに拡張したものであり、あくまで ノルムの定義にしたがって示す必要があります。



証明

($\text{i}$) 定義より明らか。

($\text{ii}$)

$$ \begin{align*} \lVert \, c \, \bm{x} \, \rVert &= \sqrt{\, (c \, \bm{x}) \cdot (c \, \bm{x}) \vphantom{\big()} \,} \\ &= \sqrt{\, c \, \overline{\, c \, \vphantom{i}} \; (\bm{x} \cdot \bm{x}) \vphantom{\big()} \,} \\ &= \lvert \, c \, \rvert \, \lVert \, \bm{x} \, \rVert \end{align*} $$

($\text{iii}$)

$$ \begin{align*} {\lVert \, \bm{x} + \bm{y} \, \rVert}^{2} + {\lVert \, \bm{x} - \bm{y} \, \rVert}^{2} &= (\, \bm{x} + \bm{y} \,) \cdot (\, \bm{x} + \bm{y} \,) \\ &\quad + (\, \bm{x} - \bm{y} \,) \cdot (\, \bm{x} - \bm{y} \,) \\ &= {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} + \bm{x} \cdot \bm{y} + \bm{y} \cdot \bm{x} + {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \\ &\quad + {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} - \bm{x} \cdot \bm{y} - \bm{y} \cdot \bm{x} + {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \\ &= 2 \, \big(\, {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} + {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \, \big) \tag*{$\square$} \end{align*} $$



証明の考え方

いずれも、 ノルムの定義内積の定義より直ちに証明することができます。

($\text{i}$)の証明

  • 内積の定義より、任意の $\bm{x} \in V$ について、$\bm{x} \cdot \bm{x} \in \mathbb{R}$ かつ $\bm{x} \cdot \bm{x} \geqslant 0$ が成り立ちます。

    • まず、内積の エルミート対称性より、次が成り立ちます( 内積の公理($\text{i}$))。

      $$ \begin{gather*} \bm{x} \cdot \bm{x} = \overline{\, \bm{x} \cdot \bm{x} \vphantom{()} \,} \end{gather*} $$

    • よって、$\bm{x} \cdot \bm{x}$ は実数値であり、$\bm{x} \cdot \bm{x} \in \mathbb{R}$ が成り立ちます。

    • また、内積の 正値性より、次が成り立ちます( 内積の公理($\text{iv}$))。

      $$ \begin{gather*} \bm{x} \cdot \bm{x} \geqslant 0 \end{gather*} $$

  • ノルムの定義より、$\lVert \, \bm{x} \, \rVert = \sqrt{\bm{x} \cdot \bm{x} \; \vphantom{()}}$ であり、$\lVert \, \bm{x} \, \rVert$ は $\bm{x} \cdot \bm{x}$ の正の平方根です。

  • したがって、$\bm{x}$ のノルムは、常に $0$ 以上の実数であるといえます。

    $$ \begin{gather*} \lVert \, \bm{x} \, \rVert = \sqrt{\bm{x} \cdot \bm{x} \; \vphantom{()}} \geqslant 0 \end{gather*} $$

($\text{ii}$)の証明

  • ノルムの定義より、次が成り立ちます。

    $$ \begin{align*} \lVert \, c \, \bm{x} \, \rVert &\overset{(1)}{=} \sqrt{\, (c \, \bm{x}) \cdot (c \, \bm{x}) \vphantom{\big()} \,}\\ &\overset{(2)}{=} \sqrt{\, c \, \overline{\, c \, \vphantom{i}} \; (\bm{x} \cdot \bm{x}) \vphantom{\big()} \,} \\ &\overset{(3)}{=} \lvert \, c \, \rvert \, \lVert \, \bm{x} \, \rVert \end{align*} $$

    • ($1$) 定義の通り。

    • ($2$)内積の 共役線型性によります( 内積の公理($\text{iii}$)定理 7.1(内積の基本的性質)($\text{iii}^{\prime}$))。

      $$ \begin{alignat*} {3} (\text{iii}) \, && \quad \quad && (c \, \bm{x}) \cdot \bm{y} &= c \, (\bm{x} \cdot \bm{y}) \\ (\text{iii}^{\prime}) && \quad \quad && \bm{x} \cdot (d \, \bm{y}) &= \overline{\, d \, \vphantom{Z}} \, (\bm{x} \cdot \bm{y}) \end{alignat*} $$

      • ここで、内積は第 $2$ 変数について共役線型である点に注意が必要です。
      • すなわち、第 $2$ 変数がベクトルのスカラー倍($d \, \bm{y}$)であった場合、内積はもとのベクトルの内積の $\overline{ \, d \, \vphantom{Z}}$ 倍になります。
    • ($3$) ノルムの定義より、$\bm{x} \cdot \bm{x} = \lVert \, \bm{x} \, \rVert$ とします。また、$c \in K$ については、$K = \mathbb{C}$ である場合を考慮し、複素数の絶対値を用いて表します。

      $$ \begin{gather*} {\lvert \, c \, \rvert}^{2} = c \, \overline{\, c \, \vphantom{i}} \end{gather*} $$

      • もちろん、特に、$K = \mathbb{R}$ に限定した場合、絶対値の記号は不要となります。

($\text{iii}$)の証明

  • ノルムの定義より、次が成り立ちます。

    $$ \begin{align*} {\lVert \, \bm{x} + \bm{y} \, \rVert}^{2} + {\lVert \, \bm{x} - \bm{y} \, \rVert}^{2} &\overset{(1)}{=} (\, \bm{x} + \bm{y} \,) \cdot (\, \bm{x} + \bm{y} \,) + (\, \bm{x} - \bm{y} \,) \cdot (\, \bm{x} - \bm{y} \,) \\ &\overset{(2)}{=} {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} + \bm{x} \cdot \bm{y} + \bm{y} \cdot \bm{x} + {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \\ &\quad + {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} - \bm{x} \cdot \bm{y} - \bm{y} \cdot \bm{x} + {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \\ &\overset{(3)}{=} 2 \, \big(\, {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} + {\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2} \, \big) \end{align*} $$

    • (1) 定義の通り。

    • (2)内積の 共役線型性によります( 内積の公理($\text{ii}$)定理 7.1(内積の基本的性質)($\text{iii}^{\prime}$))。

      $$ \begin{alignat*} {3} (\text{ii}) \, && \quad \quad && (\bm{x} + \bm{y}) \cdot \bm{z} = \bm{x} \cdot \bm{z} + \bm{y} \cdot \bm{z} \\ (\text{ii}^{\prime}) && \quad \quad && \bm{x} \cdot (\bm{y} + \bm{z}) = \bm{x} \cdot \bm{y} + \bm{x} \cdot \bm{z} \end{alignat*} $$

      • すなわち、ベクトルの和の内積に関して分配法則が成り立ちます。
    • ($3$)展開した式を整理すると、${\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2}$ と ${\lVert \, \bm{y} \, \rVert}^{2}$ の和にまとめられます。


まとめ

  • $V$ を $K$ 上の計量ベクトル空間とする。任意の $\bm{x} \in V$ に対して $\sqrt{\bm{x} \cdot \bm{x} \; \vphantom{()}}$ を $\bm{x}$ のノルム($\text{norm}$)といい、$\lVert \, \bm{x} \, \rVert$ と表す。

    $$ \begin{align*} \lVert \, \bm{x} \, \rVert = \sqrt{\bm{x} \cdot \bm{x} \; \vphantom{()}} \end{align*} $$

    • 計量ベクトル空間の任意のベクトルに対して、そのノルムを求めることができ、ノルムの値は負でない実数となる。
    • ベクトルのノルムは、幾何ベクトルにおける長さの概念を一般化し、抽象的なベクトル空間に持ち込んだものといえる。
  • 任意の $\bm{x}, \bm{y} \in V$ と $c \in K$ に対して次が成り立つ。

    $$ \begin{equation*} \begin{alignat*} {2} & \; (\text{i}) && \lVert \, \bm{x} \, \rVert \geqslant 0 \\ & \, (\text{ii}) && \lVert \, c \, \bm{x} \, \rVert = \lvert \, c \, \rvert \, \lVert \, \bm{x} \, \rVert \\ & (\text{iii}) & \quad &{\lVert \, \bm{x} + \bm{y} \, \rVert}^{2} + {\lVert \, \bm{x} - \bm{y} \, \rVert}^{2} = 2 \, \big(\, {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} + {\lVert \, \bm{x} \, \rVert}^{2} \, \big) \\ \end{alignat*} \end{equation*} $$


参考文献

[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] 三宅敏恒. 線形代数学 初歩からジョルダン標準形へ. 培風館. 2008.
[6] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[7] T. Miyake. Linear Algebra From the Beginnings to the Jordan Normal. Springer. 2022.
[8] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[9] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[10] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[11] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[12] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[13] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2002.
[14] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[15] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.


初版:2023-10-26   |   改訂:2025-02-22