ベクトルの直交
$2$ つのベクトルの内積の値が $0$ であるとき、これらのベクトルは直交するといいます。
計量ベクトル空間の正規直交基底を導入する準備として、ベクトルの直交という概念を定義します。また、定義から直ちに導かれることとして、互いに直交するベクトルの組が線型独立であることを示します。
ベクトルの直交
まず、計量ベクトル空間において、ベクトルの直交という概念を定義します。
定義 7.4(ベクトルの直交)
$V$ を $K$ 上の計量ベクトル空間とする。任意の $\bm{x}, \bm{y} \in V$ について、$\bm{x} \cdot \bm{y} = 0$ が成り立つとき、$\bm{x}$ と $\bm{y}$ は直交する($\text{orthogonal}$)という。
解説
ベクトルの直交とは
内積の値が $0$ となるような $2$ つのベクトルを、互いに直交するベクトルといいます。
幾何ベクトルの直交の一般化
計量ベクトル空間における、ベクトルの直交という概念は、平面(または空間)における、幾何ベクトルの直交($2$ つのベクトルのなす角が直角であること)の概念を拡張したものとみなせます。
そのような意味で、計量ベクトル空間においても、$2$ つのベクトル $\bm{x}$ と $\bm{y}$ が直交するとき、これを $\bm{x} \perp \bm{y}$ のように表す教科書もあります( [2], [6] など)。
なす角に依存しない概念
一方で、計量ベクトル空間における直交の概念は、ベクトルの なす角に依存しません。
前項に定義した、ベクトルの なす角は実計量ベクトル空間($K = \mathbb{R}$ の場合)に限られた概念でした。これに対して、ベクトルの直交の概念は複素計量ベクトル空間($K = \mathbb{C}$ の場合)でも定義されます。上記の 定義において、内積の値が実数であることを求めていないためです。
直交系と正規直交系
直交系とは
互いに直交するベクトルの組を直交系($\text{orthogonal}$ $\text{system}$)といいます。
$V$ を計量ベクトル空間として、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{r}$ が直交系であるということは、$1 \leqslant i, \, j \leqslant r$ について、次が成り立つことに他なりません。
正規直交系とは
あるベクトルの組が直交系で、更にどのベクトルのノルムも $1$ であるとき、このベクトルの組を正規直交系($\text{orthonormal}$ $\text{system}$)といいます。
$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{r}$ が正規直交系であるとき、 (7.2.1)式に加えて、次の (7.2.2)式が成り立ちます。
直交するベクトルの性質
次に、 直交の定義から直ちに導かれる性質として、互いに直交するベクトルの組が線型独立であることを示します。
定理 7.8(直交系をなすベクトル)
$V$ を $K$ 上の計量ベクトル空間とする。いずれも零ベクトルでない $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{r} \in V$ が互いに直交するならば、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{r}$ は線型独立である。
解説
直交系の線形独立性
定理 7.8(直交系をなすベクトル)は、直交系をなすベクトルの組が線型独立であることを示しています。
ただし、 定理 7.8には、「$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{r} \in V$ はいずれも零ベクトル $\bm{0}$ ではない」という前提があることに注意が必要です。
すなわち、 定理 7.8(直交系をなすベクトル)は、より詳しくは、零ベクトルを含まない直交系が線型独立であることを示しているといえます。
零ベクトルを除く理由
仮に、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{r}$ のなかに $\bm{v}_{i} = \bm{0}$ となるものが存在するとすると、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{r}$ は自明でない線型関係を持つことになります。つまり、零ベクトルを含むベクトルの組は必ず線型従属となります。
したがって、 定理 7.8(直交系をなすベクトル)が成り立つ前提として、零ベクトルを除く必要があるということです。
証明
$c_{1}, \cdots, c_{r} \in K$ として、$c_{1} \bm{v}_{1} + \cdots + c_{r} \bm{v}_{r} = \bm{0}$ と $\bm{v}_{i}$ の内積をとると、$c_{i} \, (\bm{v}_{i} \cdot \bm{v}_{i}) = 0$ が成り立つ。いま、$\bm{v}_{i} \neq \bm{0}$ であることから $\bm{v}_{i} \cdot \bm{v}_{i} \neq 0$ であり、したがって $c_{i} = 0$ となる。このことは、$1 \leqslant i \leqslant r$ に対して成り立つので、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{r}$ は自明でない線型関係を持たず、線型独立である。$\quad \square$
証明の考え方
直交の定義から直ちに導くことができます。
$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{r}$ が線型独立であることを確かめるために、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{r}$ が自明でない線型関係を持たないことを示します。
$c_{1} \bm{v}_{1} + \cdots + c_{r} \bm{v}_{r} = \bm{0}$ として、$\bm{v}_{i}$ との内積をとると、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{r}$ が直交系であることより、次が成り立ちます。
$$ \begin{alignat*} {2} && (\, c_{1} \bm{v}_{1} + \cdots + c_{r} \bm{v}_{r} \,) \cdot \bm{v}_{i} &= \bm{0} \cdot \bm{v}_{i} \\ & \Leftrightarrow \; & c_{i} \, (\bm{v}_{i} \cdot \bm{v}_{i}) &= 0 \\ \end{alignat*} $$いま、定理の仮定より $\bm{v}_{i} \neq \bm{0}$ であるため、$\bm{v}_{i} \cdot \bm{v}_{i} \neq 0$ となります。したがって、$c_{i} = 0$ が成り立ちます。
以上の考察は、$1 \leqslant i \leqslant r$ について成り立ちます。
したがって、$c_{1} \bm{v}_{1} + \cdots + c_{r} \bm{v}_{r} = \bm{0}$ ならば $c_{1} = \cdots c_{r} = 0$ が成り立ちます。
これは $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{r}$ が自明でない線型関係を持たない、すなわち、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{r}$ 線型独立であるということに他なりません。
まとめ
$V$ を $K$ 上の計量ベクトル空間とする。任意の $\bm{x}, \bm{y} \in V$ について、$\bm{x} \cdot \bm{y} = 0$ が成り立つとき、$\bm{x}$ と $\bm{y}$ は直交するという。
互いに直交するベクトルの組を直交系という。$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{r}$ が直交系であるとき、次が成り立つ。
$$ \begin{gather*} i \neq j & \Rightarrow & \bm{v}_{i} \cdot \bm{v}_{j} = 0 \end{gather*} $$あるベクトルの組が直交系で、更にどのベクトルのノルムも $1$ であるとき、これを正規直交系という。$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{r}$ が正規直交系であるとき、上式に加えて、次が成り立つ。
$$ \begin{gather*} \lVert \, \bm{v}_{i} \, \rVert = 1 \end{gather*} $$
いずれも零ベクトルでない $\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{r} \in V$ が互いに直交するならば、$\bm{v}_{1}, \cdots, \bm{v}_{r}$ は線型独立である。すなわち、零ベクトルを含まない直交系は線型独立である。
参考文献
[1] 齋藤正彦. 線型代数入門. 東京大学出版会. 1966.
[2] 永田雅宣 他. 理系のための線型代数の基礎. 紀伊國屋書店. 1986.
[3] 川久保勝夫. 線形代数学 [新装版]. 日本評論社. 2010.
[4] 松坂和夫. 線型代数入門 [新装版]. 岩波書店. 2018.
[5] 三宅敏恒. 線形代数学 初歩からジョルダン標準形へ. 培風館. 2008.
[6] S. Lang. Linear Algebra Third Edition. Springer. 1987.
[7] T. Miyake. Linear Algebra From the Beginnings to the Jordan Normal. Springer. 2022.
[8] 雪江明彦. 代数学 $1$ 群論入門. 日本評論社. 2010.
[9] 雪江明彦. 代数学 $2$ 環と体とガロア理論. 日本評論社. 2010.
[10] 桂利行. 代数学 $\text{I}$ 群と環. 東京大学出版会. 2004.
[11] 松坂和夫. 代数系入門. 岩波書店. 1976.
[12] 高木貞治. 代数学講義 [改訂新版]. 共立出版. 1965.
[13] S. Lang. Algebra Revised Third Edition. Springer. 2002.
[14] M. Artin. Algebra Second Edition. Pearson Education Limited. 2014.
[15] 青本和彦 他. 数学入門辞典. 岩波書店. 2005.