エルミート行列の定義
随伴行列がもとの行列に等しくなるような正方行列を、エルミート行列といいます。
ここでは、エルミート行列を定義し、エルミート行列のすべての固有値が実数となることを示します。
エルミート行列の定義
まず、エルミート行列や関連する行列(実対称行列、歪エルミート行列)の定義を示します。
定義 7.12(エルミート行列と実対称行列)
正方行列 が次の式を満たすとき、 をエルミート行列( )という。すべての成分が実数であるエルミート行列を、特に、実対称行列( )という。
解説
エルミート行列とは:随伴行列がもとの行列に等しい正方行列
正方行列 が、次を満たすとき、 をエルミート行列といいます。
ここで、 は、行列 の随伴行列を表します。
すなわち、エルミート行列とは、随伴行列がもとの行列に等しくなるような正方行列であるといえます。
実対称行列とは:すべての成分が実数のエルミート行列
すべての成分が実数であるエルミート行列を、特に、実対称行列といいます。
言い換えると、実対称行列とは、実行列かつエルミート行列である行列のことです。つまり、正方行列 について、 であり、かつ が成り立つとき、 は実対称行列であるといえます。
対称行列と実対称行列の違い
ここで、実対称行列は、対称行列とは異なる行列であることに注意が必要です。
対称行列とは、 を満たすような行列であり、これは複素行列を含みます。これに対して、実対称行列は、実行列に限られます。
対称行列であるが、実対称行列(エルミート行列)ではないような行列の例については、下記の対称行列の例を参照ください。
エルミート行列、対称行列、実対称行列の関係
エルミート行列と対称行列、実対称行列の関係は、次のように表すことができます。

エルミート行列の例
まず、簡単なエルミート行列の例として、次のような行列 が考えられます。
ここで、 が成り立つことは、次のようにして確かめられます。
実対称行列の例
次に、簡単な実対称行列の例として、次のような行列 が考えられます。
ここで、 かつ が成り立つことは明らかです。
対称行列の例
最後に、簡単な対称行列の例として、次のような行列 が考えられます。
ここで、 が成り立つことは明らかです。
また、 であるため、 はエルミート行列ではなく、当然、実対称行列でもありません。このことは、次のようにして確かめられます。
歪エルミート行列とは:随伴行列がもとの行列の 倍に等しい正方行列
正方行列 が次の式を満たすとき、 を歪エルミート行列( )といいます。
すなわち、歪エルミート行列とは、随伴行列 がもとの行列 の 倍に等しくなるような正方行列であるといえます。
エルミート行列の固有値
次に、エルミート行列の固有値はすべて実数であること、歪エルミート行列の固有値はすべて純虚数であることを示します。
定理 7.29(エルミート行列の固有値)
をエルミート行列とすると、 の固有値はすべて実数である。
解説
エルミート行列の固有値は実数
定理 7.29(エルミート行列の固有値)は、エルミート行列の固有値がすべて実数であることを示しています。また、これは、エルミート行列により定義される線型変換の固有値がすべて実数であることも意味します。
この定理は、エルミート行列の基本的な性質を示すとともに、エルミート行列の対角化について考える際に重要な役割を果たします。
証明
を 次のエルミート行列として、 を の固有値、 を に属する の固有ベクトルとすると、次が成り立つ。
このとき、 の標準的内積について、次が成り立つ。
また、定理 7.22(標準的内積と随伴行列)と がエルミート行列であることから、次が成り立つ。
以上から、
となるが、 であるから、
が成り立つ。したがって、 は実数である。
証明の考え方
定理 7.22(標準的内積と随伴行列)とエルミート行列の定義を利用して、 と の標準的内積を 通りの表し方をすることで、 の固有値 が実数であることを導きます。
前提事項の整理
を 次のエルミート行列とすると、定義より、次が成り立ちます。
また、 を の固有値、 を に属する の固有ベクトルとすると、次が成り立ちます(固有値と固有ベクトルの定義)。
このとき、 の固有ベクトル は の元()であり、定義より、零ベクトルではありません()。
また、定理 7.2(標準的内積)より、任意の数ベクトル空間において標準的内積が定義できるので、 の固有ベクトルについても、その標準的内積を考えることができます。
固有ベクトルの標準的内積
- 定理 7.22(標準的内積と随伴行列)とエルミート行列の定義を利用して、 と の標準的内積を 通りの方法で表します。
固有値と固有ベクトルの定義そのもの
- 固有値と固有ベクトルの定義の定義をそのまま適用すると、 と の標準的内積は次のように表せます。
標準的内積と随伴行列の性質を利用したもの
定理 7.22(標準的内積と随伴行列)と
がエルミート行列であることから、A A とA x A \bm{x} の標準的内積は、次のようにも表せます。x \bm{x} A x ⋅ x = ( i ) x ⋅ A ∗ x = ( ii ) x ⋅ A x = ( iii ) x ⋅ λ A x = ( iv ) λ A ( ) ‾ x ⋅ x \begin{align*} A \, \bm{x} \cdot \bm{x} &\overset{(\text{i})}{=} \bm{x} \cdot A^{\ast} \, \bm{x} \\ &\overset{(\text{ii})}{=} \bm{x} \cdot A \, \bm{x} \\ &\overset{(\text{iii})}{=} \bm{x} \cdot \lambda_{A} \, \bm{x} \\ &\overset{(\text{iv})}{=} \overline{\lambda_{A} \vphantom{\big(\big)} \! \!} \; \; \bm{x} \cdot \bm{x} \tag{ } \end{align*}∗ ∗ \ast \ast - (
)定理 7.22(標準的内積と随伴行列)より、i \text{i} 次の正方行列n n と任意のA A について、x , y ∈ K n \bm{x}, \bm{y} \in K^{n} が成り立ちます。A x ⋅ y = x ⋅ A ∗ y A \, \bm{x} \cdot \bm{y} = \bm{x} \cdot A^{\ast} \, \bm{y} - (
)いま、ii \text{ii} はエルミート行列であるので、定義より、A A が成り立ちます。A = A ∗ A = A^{\ast} - (
)固有値と固有ベクトルの定義より、iii \text{iii} が成り立ちます。A x = λ A x A \, \bm{x} = \lambda_{A} \, \bm{x} - (
)内積の共役線型性によります(定理 7.1(内積の基本的性質))。iv \text{iv}
- (
証明のまとめ
上記の(
)式と(∗ \ast )式より、∗ ∗ \ast \ast とA x A \bm{x} の標準的内積について、次が成り立ちます。x \bm{x} λ A x ⋅ x = λ A ( ) ‾ x ⋅ x ⇒ ( λ A − λ A ( ) ‾ ) x ⋅ x = 0 \begin{gather*} & \lambda_{A} \, \bm{x} \cdot \bm{x} = \overline{\lambda_{A} \vphantom{\big(\big)} \! \!} \; \; \bm{x} \cdot \bm{x} \\ \Rightarrow & (\, \lambda_{A} - \overline{\lambda_{A} \vphantom{\big(\big)} \! \!} \; \; ) \, \bm{x} \cdot \bm{x} = 0 \\ \end{gather*} ここで、内積の公理より、
であるから、x ⋅ x ⩾ 0 \bm{x} \cdot \bm{x} \geqslant 0 が導かれます。λ A = λ A ( ) ‾ \lambda_{A} = \overline{\lambda_{A} \vphantom{\big(\big)} \! \!} λ A − λ A ( ) ‾ = 0 ⇒ λ A = λ A ( ) ‾ \begin{gather*} & \lambda_{A} - \overline{\lambda_{A} \vphantom{\big(\big)} \! \!} \; \, = 0 \\ \Rightarrow & \lambda_{A} = \overline{\lambda_{A} \vphantom{\big(\big)} \! \!} \end{gather*} これは、
が実数であることを示す式に他なりません。λ A \lambda_{A} また、以上の考察は、
のすべての固有値について成り立ちます。A A 以上から、エルミート行列の固有値が実数であることが示されました。
定理 7.30(歪エルミート行列の固有値)
解説
歪エルミート行列の固有値は純虚数
定理 7.30(歪エルミート行列の固有値)は、歪エルミート行列の固有値がすべて純虚数であることを示しています。また、これは、歪エルミート行列により定義される線型変換の固有値がすべて純虚数であることも意味します。
この定理は、歪エルミート行列の基本的な性質を示すものであり、エルミート行列における定理 7.29(エルミート行列の固有値)に対応するものです。
証明
このとき、
また、定理 7.22(標準的内積と随伴行列)と
以上から、
となるが、
が成り立つ。したがって、
証明の考え方
定理 7.29(エルミート行列の固有値)の証明と同じ考え方で証明できます。
すなわち、定理 7.22(標準的内積と随伴行列)と歪エルミート行列の定義を利用して、
まとめ
正方行列
が次を満たすとき、A A をエルミート行列という。A A A = A ∗ \begin{align*} A = A^{\ast} \end{align*} - 特に、すべての成分が実数であるエルミート行列を、実対称行列という。
また、正方行列
が次を満たすとき、A A を歪エルミート行列という。A A A ∗ = − A \begin{align*} A^{\ast} = -A \end{align*} エルミート行列の固有値は、すべて実数である。
歪エルミート行列の固有値は、すべて純虚数である。
参考文献
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