エルミート行列の固有ベクトル
エルミート行列の相異なる固有値に属する固有ベクトルは互いに直交します。
これは、エルミート行列、およびエルミート行列により定義される線型変換について成り立つ、基本的な性質です。
エルミート行列の固有ベクトル
定理 7.31(エルミート行列の固有ベクトル)
エルミート行列の相異なる固有値に属する固有ベクトルは互いに直交する。
解説
エルミート行列の相異なる固有値に属する固有ベクトルは直交する
定理 7.31(エルミート行列の固有ベクトル)は、エルミート行列の固有値と固有ベクトルに関する基本的な性質を表しています。
いま、 をエルミート行列として、 を の固有値、 をそれぞれ に属する固有ベクトルとすると、次が成り立ちます(固有値と固有ベクトルの定義)。
このとき、「 ならば 」が成り立つというのが、定理 7.31の主張です。
正規行列に関する性質との関係
定理 7.31(エルミート行列の固有ベクトル)が示すエルミート行列の性質は、後に、正規行列の基本的性質として一般化されます。
これは、エルミート行列が正規行列の 種であることによります。
証明
を 次のエルミート行列として、 を の固有値、 をそれぞれ に属する固有ベクトルとすると、次が成り立つ。
このとき、 の標準的内積について、次が成り立つ。
また、 がエルミート行列であることから、定理 7.22(標準的内積と随伴行列)と定理 7.29(エルミート行列の固有値)より、次が成り立つ。
以上から、
となるが、いま、 であるから、
が成り立つ。したがって、 の相異なる固有値に属する固有ベクトルは互いに直交する。
証明の考え方
定理 7.22(標準的内積と随伴行列)と定理 7.29(エルミート行列の固有値)を利用して、 と の標準的内積を 通りの表し方をすることで、 を導きます。
前提事項の整理
を 次のエルミート行列とすると、定義より、次が成り立ちます。
また、 の固有値を として、それぞれの固有値に属する固有ベクトルを とすると、次が成り立ちます(固有値と固有ベクトルの定義)。
このとき、 の固有ベクトル は の元()であり、定義より、零ベクトルではありません。
また、定理 7.2(標準的内積)より、任意の数ベクトル空間において標準的内積が定義できるので、 の固有ベクトルについても、その標準的内積を考えることができます。
固有ベクトルの標準的内積
- 定理 7.22(標準的内積と随伴行列)と定理 7.29(エルミート行列の固有値)を利用して、 と の標準的内積を 通りの方法で表します。
固有値と固有ベクトルの定義そのもの
- 固有値と固有ベクトルの定義をそのまま適用すると、 と の標準的内積は、次のように表せます。
標準的内積と随伴行列の性質を利用したもの
定理 7.22(標準的内積と随伴行列)と定理 7.29(エルミート行列の固有値)を利用すると、
とA x 1 A \bm{x}_{1} の標準的内積は、次のようにも表せます。x 2 \bm{x}_{2} A x 1 ⋅ x 2 = ( i ) x 1 ⋅ A ∗ x 2 = ( ii ) x 1 ⋅ A x 2 = ( iii ) x 1 ⋅ λ 2 x 2 = ( iv ) λ 2 ( ) ‾ x 1 ⋅ x 2 = ( v ) λ 2 x 1 ⋅ x 2 \begin{align*} A \, \bm{x}_{1} \cdot \bm{x}_{2} &\overset{(\text{i})}{=} \bm{x}_{1} \cdot A^{\ast} \, \bm{x}_{2} \\ &\overset{(\text{ii})}{=} \bm{x}_{1} \cdot A \, \bm{x}_{2} \\ &\overset{(\text{iii})}{=} \bm{x}_{1} \cdot \lambda_{2} \, \bm{x}_{2} \\ &\overset{(\text{iv})}{=} \overline{\lambda_{2} \vphantom{\big(\big)} \! \!} \; \, \bm{x}_{1} \cdot \bm{x}_{2} \\ &\overset{(\text{v})}{=} \, \lambda_{2} \, \bm{x}_{1} \cdot \bm{x}_{2} \tag{ } \end{align*}∗ ∗ \ast \ast - (
)定理 7.22(標準的内積と随伴行列)より、i \text{i} 次の正方行列n n と任意のA A について、x , y ∈ K n \bm{x}, \bm{y} \in K^{n} が成り立ちます。A x ⋅ y = x ⋅ A ∗ y A \, \bm{x} \cdot \bm{y} = \bm{x} \cdot A^{\ast} \, \bm{y} - (
)いま、ii \text{ii} はエルミート行列であるので、定義より、A A が成り立ちます。A = A ∗ A = A^{\ast} - (
)固有値と固有ベクトルの定義より、iii \text{iii} が成り立ちます。A x 2 = λ 2 x 2 A \, \bm{x}_{2} = \lambda_{2} \, \bm{x}_{2} - (
)内積の共役線型性によります(定理 7.1(内積の基本的性質))。iv \text{iv} - (
)定理 7.29(エルミート行列の固有値)より、エルミート行列の固有値はすべて実数であるので、v \text{v} が成り立ちます。λ 2 ( ) ‾ = λ 2 \overline{\lambda_{2} \vphantom{\big(\big)} \! \!} \; \, = \lambda_{2}
- (
証明のまとめ
上記の(
)式と(∗ \ast )式より、∗ ∗ \ast \ast とA x 1 A \bm{x}_{1} の標準的内積について、次が成り立ちます。x 2 \bm{x}_{2} λ 1 x 1 ⋅ x 2 = λ 2 x 1 ⋅ x 2 ⇒ ( λ 1 − λ 2 ) x 1 ⋅ x 2 = 0 \begin{gather*} & \lambda_{1} \, \bm{x}_{1} \cdot \bm{x}_{2} = \lambda_{2} \, \bm{x}_{1} \cdot \bm{x}_{2} \\ \Rightarrow & (\, \lambda_{1} - \lambda_{2} \,) \, \bm{x}_{1} \cdot \bm{x}_{2} = 0 \\ \end{gather*} いま、定理の前提より、
とλ 1 \lambda_{1} はλ 2 \lambda_{2} の異なる固有値であり、A A であることから、λ 1 ≠ λ 2 \lambda_{1} \neq \lambda_{2} が導かれます。x 1 ⋅ x 2 = 0 \bm{x}_{1} \cdot \bm{x}_{2} = 0 x 1 ⋅ x 2 = 0 \begin{gather*} \bm{x}_{1} \cdot \bm{x}_{2} = 0 \end{gather*} したがって、
の異なる固有値に属する固有ベクトルA A とx 1 \bm{x}_{1} は互いに直交するといえます。また、ここまでの考察は、x 2 \bm{x}_{2} のすべての固有ベクトルについて成り立ちます。A A 以上から、エルミート行列の異なる固有値に属する固有ベクトルが互いに直交することが示されました。
まとめ
- エルミート行列の相異なる固有値に属する固有ベクトルは互いに直交する。
- すなわち、
をエルミート行列として、A A をλ 1 , λ 2 \lambda_{1}, \lambda_{2} の固有値、A A をそれぞれx 1 , x 2 \bm{x}_{1}, \bm{x}_{2} に属する固有ベクトルとすると、次が成り立つ。λ 1 , λ 2 \lambda_{1}, \lambda_{2} λ 1 ≠ λ 2 ⇒ x 1 ⋅ x 2 = 0 \begin{gather*} \lambda_{1} \neq \lambda_{2} & \Rightarrow & \bm{x}_{1} \cdot \bm{x}_{2} = 0 \end{gather*}
参考文献
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